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「成長戦略2015」は本当にダメなのか

2015年07月10日 23時16分 JST | 更新 2016年07月09日 18時12分 JST

 安倍内閣が6月に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2015」(以下「成長戦略2015」)に対し、マスコミや市場関係者の評価は芳しくない。「小粒な政策ばかり」「弾切れ」などと厳しい見方が示されている。

 本稿では、本当にそんなにダメなのかどうか、検証していきたい。

 振り返ると、安倍内閣になって最初の成長戦略は、2013年6月に決定した「日本再興戦略」だ。このときは、期待の高さに反して「具体策不足」とされ、発表と同時に株価が大きく下がる事態になった。

 これに対し、翌2014年6月の「日本再興戦略 改訂2014」(以下「成長戦略2014」)では、法人税引下げ、農協改革、患者申出療養(混合診療解禁)などの"大玉"が盛り込まれ、内外メディアから高い評価を受けた(例えば、英エコノミスト誌では"Shinzo Abe's fight to reshape Japan's economy and society is entering a new phase."として特集が組まれた)。

「2014」の打ち立てた3つの枠組み

 筆者なりに解釈・整理すると、「成長戦略2014」の大きな特徴は、過去の成長戦略の枠組みを超え、新たな3つの政策方針の枠組みを打ち立てたことだ。

 第1は、「企業・産業に"自由"を与える」という枠組みだ。

 これまで歴代政権の成長戦略の多くでは「企業・産業に"カネ"を与えること」に力点がおかれた。「これからの成長分野」(医療・健康、エネルギー、農業など)を政府が示し、補助金・助成措置を投入したが、数年を経ても「これからの成長分野」のままだった。

"カネ"を与えるより、こうした分野で企業・産業の活動を制約する障害を除去しようというのが「岩盤規制改革」だ。とりわけ、「これからの成長分野」とされてきた医療、エネルギー、農林水産業などの領域には岩盤規制が多い。分野横断的な課題として、労働、外国人就労などの領域の岩盤規制や、高い法人税の問題もある。

「成長戦略2014」では、「法人税引下げ」と「今後2年で岩盤規制を打破」という方針が決定された(後者は、2014年1月のダボス会議で安倍総理が発言した内容を正式に政府決定したもの)。具体策として農協改革など、これまで踏み込むことのできていなかった"大玉"も打ち出された。

 さらに、容易に打ち破れない岩盤規制を突破する仕組みとして、改革の実験場としての「国家戦略特区」が位置付けられた。

 第2は、「企業経営の質を高める」という政策方針だ。

 いかに企業・産業に"自由"を与えても、経営者が活かしきれなければ意味はない。日本企業は海外企業に比べ、技術力は高いが経営力で負けていると指摘されてきた。

「成長戦略2014」は、経営者に対する監視を強め、経営の質を高めるため、「コーポレートガバナンスの強化」に踏み込んだ。これも、過去の成長戦略とは異なる特徴だ。例えば、社外取締役が増えれば、仲間内のぬるま湯経営体質からの脱却に大きな効果をもたらすが、これに対しては産業界から抵抗が強く、なかなか進んでいなかった。

 第3は、「資本の有効活用」だ。

 我が国には、空港、道路、上下水道などをはじめ、これまで整備されてきた莫大な資本が存在する。しかし、これらの多くは国・自治体など公的機関によって運営され、十分に活用しきれていない。

「成長戦略2014」では、PFI・コンセッションなどによる「インフラの民間開放」が打ち出された。

「2014」のもたらした成果

 この1年間で、「成長戦略2014」は、現実にかなりの成果をもたらしている。

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「コーポレートガバナンス強化」では、コーポレートガバナンス・コードの整備・普及などが功を奏し、企業経営に大きな変化が生まれつつある。

 独立社外取締役を選任する上場企業は、2013年:47%から2015年:85%に急増。経営成績を示す指標であるROE(株主資本利益率)をみても、上場企業で2012年末:5.8%から2015年5月:8.5%と約5割増となった。

「インフラの民間開放」では、関西国際空港・大阪国際空港、仙台空港で民間開放のプロセスにすでに入っているほか、上下水道、愛知県の高速道路コンセッションなどの具体的な案件が動きつつある。

「国家戦略特区」も、東京圏、関西圏、新潟市、養父市、福岡市、沖縄県の6区域で、68の特区事業が進められている。

「2015」のプラス材料

 こうした中で作られたのが、今回の「成長戦略2015」だ。

 たしかに、指摘されているように、昨年に比して「タマが少ない」ことは否めない。

 とりわけ、すでに相当の成果を実現済みの「コーポレートガバナンス強化」などはともかく、「岩盤規制改革」に関して大きな前進がなかったことは、期待外れといわれても仕方ないだろう(2015年7月1日拙稿「『理容と美容の縄張り』とは? 進まない『規制改革』の現実」参照)。

 昨年の農協改革などは大きな前進だったが、農林水産業、労働、外国人など、まだ手のついていない課題は少なくない。

 ただ、決してマイナス面ばかりではない。まず、「成長戦略2014」で示された3つの枠組みが明確に再確認されていることは、重要なプラス材料だ。

 また、「国家戦略特区」と「インフラの民間開放」では、派手さには欠けるかもしれないが、着実な前進がなされた。前者では、遠隔診療、近未来技術実証など、規制改革メニュー追加の道筋が示され、後者では、自治体へのインセンティブ付与など実務的な課題が整理された。「改革2020」(2020年までに実現する改革・イノベーションの具体的プロジェクトを示す、成長戦略の附属文書)という形で、改革の成果の将来イメージも示された。

 総じて、「成長戦略2015」は、派手な"大玉"には欠けるが、決して方向性がおかしくなったわけではなく、今後進化できる可能性が十分にある、といったところだろう。

政策前進のための「レバー」

 ただ、今後この成長戦略をさらに進化させることは容易ではない。

 岩盤規制改革などをはじめ、政策は、「これをやるべきだ」と唱えているだけでは(それがいかに正しいことだとしても)何も進まない。

 障害になっている部分を除去する、迂回するなど、どうやって実現していくかという戦略が重要だ。

 例をあげておこう。少子化が進む中で、労働市場改革や外国人就労拡大が課題であることは明らかだ。しかし、これらがなかなか進まないのは、「労働規制を緩和すれば、ブラック企業に悪用される」「外国人就労規制を緩和すれば、不良外国人が増える」といった議論が必ず立ちふさがるからだ。

 そうであれば、ブラック企業対策や不法就労対策を徹底して強化すれば、(もちろん、それ自体としても重要だが、加えて)政策を前進させるレバーになる。例えば、違法駐車の取締りを一部民間委託したように、「労働基準監督署や入国管理局の一部業務の民間委託」(企業に対する定期的な調査を一括して委託するなど)を進めれば、規制の実効性を格段に高め、規制合理化の議論を前進させられるのでないか。

 関係が薄いと思われるかもしれないが、「地方議会改革」も、国政レベルの課題解決のレバーになりうる。安倍内閣が「岩盤規制改革」を唱えても、自民党内では依然として既得権益擁護・改革反対の議論が起こりがちだ。その背景には、国会議員以上に既得権・しがらみと密着した地方議員が、国会議員の選挙を支えている構図がある。例えば、欧米諸国のように、土日・夜間開催にし、ふつうの仕事をもった人がそのまま議員になれるような改革が動き出せば、流れを大きく変える可能性があるだろう。

 公的インフラの民間開放をさらに本格的に進めるうえでは、電力・ガスなどエネルギー部門を含めたインフラ再編が重要であり、そのためには「原発国有化」も検討事項のひとつだ。

「成長戦略2015」をさらに異次元に進化させるには、こうした政策のレバーを検討し、戦略的に動かしていくことが求められる。

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原英史

1966年東京都生れ。東京大学法学部卒、米シカゴ大学院修了。89年通商産業省(現・経済産業省)入省。大臣官房企画官、中小企業庁制度審議室長などを経て、2007年から安倍・福田内閣で渡辺喜美行政改革担当大臣の補佐官を務める。09年7月退官。株式会社政策工房を設立し、政策コンサルティング業を営む。現在、大阪府特別顧問、大阪市特別顧問も務める。著書に『官僚のレトリック』(2010年、新潮社)、『「規制」を変えれば電気も足りる』(2011年、小学館101新書)。

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(2015年7月10日フォーサイトより転載)

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