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制裁をすり抜ける「秘密工作」ネットワーク:北朝鮮、アジア、中東、アフリカに--春名幹男

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「彼はいい人だ」――中国の習近平国家主席のことをそう繰り返し評価するトランプ米大統領。北朝鮮の核ミサイル開発の抑止を習主席に頼り、安心しきっているかに見える大統領の「賭け外交」に対して、米政府内でも不安が強まっている。

国連安保理が6月2日、対北朝鮮制裁強化決議を全会一致で採択して、日米を含む関係諸国はひと息ついたかもしれない。だが、実は「中国頼み」はアテにならないし、安保理制裁決議の効果も全く期待できないのが現実だ。北朝鮮秘密工作機関「偵察総局」所属の高官を含む14個人・4団体を資産凍結・渡航禁止の対象に追加した新たな安保理決議だが、多くの国連加盟国が制裁を真剣に履行しようとしないため、効果は期待できないのだ。

制裁決議を尻目に、北朝鮮がアジアからヨーロッパ、アフリカに至るまで世界に張り巡らせた秘密工作のネットワークが機能し続けるだろう。さらに、北朝鮮スパイが操る偽装会社が制裁を破り、武器輸出から金融、出稼ぎ、犯罪に至るまで、多様な工作で外貨収入を積み増し、本国に送金しているのだ。その全体像を掴んで対策を急がなければ、制裁の効果など夢のまた夢だろう。

マレーシアに偵察総局の拠点


その一端は時折、日本のメディアでも報道される。今年2月、金正恩(キム・ジョンウン)委員長の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)氏が神経性化学兵器「VX」で暗殺されたマレーシア。同月に公表された国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル報告書で、北朝鮮人民軍の対外情報・特殊工作機関「偵察総局」が傘下に置く「グローバル・コミュニケーションズ社(グローコム)」がアフリカなどへの軍事通信機器輸出を行っていたことが判明した。

同社はシンガポールに本社を置く「パン・システムズ」社の平壌支店が運営しており、平壌支店長リャン・スー・ニョ氏は偵察総局第519連絡室の所属とされている。また、グローコムのビジネスパートナーには、マレーシア政府与党の大物もいるといわれる。

地元紙の報道などによると、マレーシアとシンガポールには偵察総局の拠点が置かれ、工作員らは技術者などを装って滞在、レストランを経営する者もいるという。インドネシアでは偵察総局の工作員が繊維工場を経営しているとの情報もある。

1983年、ミャンマーで起きた「ラングーン爆破事件」(韓国政府閣僚4人を含む21人が死亡)の際、北朝鮮は工作船を派遣したが、金正男氏殺害ではマレーシアなどに駐在する工作員が周到な準備工作を行ったことがうかがえた。

マレーシア警察当局は事実上、金正男氏暗殺を北朝鮮情報機関の犯行と認定しながら、北朝鮮工作員に対する強制捜査ができず、捜査は終結。殺人事件の被告は、実行犯として使われたベトナム人とインドネシア人の女性2人だけ。北朝鮮工作員の容疑者、8人の名前が浮上したが、いずれも帰国し、「お咎めなし」で終わった。

北朝鮮に「ビザなし渡航」を認め、北朝鮮機関の秘密工作を容認してきたマレーシア。一体、両国間にどんな取り決めがあったのだろうか。

南アフリカでも


また、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のアンドレア・バーガー准研究員は、マレーシアに設置された別の工作組織の存在を明らかにしている。北朝鮮の元工作員ハン・フンイル(別名エドワード・ハン)氏とマレーシア人ビジネスマン、ヨン・コクイェップ氏が作った「マレーシア・コリア・パートナーズ(MKP)」と称する、造船、金融、建設のネットワークだ。

MKPは、南アフリカで元南アフリカ軍人グループとともに「オメガ・リスク・ソリューションズ」というセキュリティ部門の事業を立ち上げていた。各種イベントのセキュリティから、銀行の現金輸送警備のほか、国連平和維持活動(PKO)の警備まで担当したケースもあったという。

バーガー氏はまた、北朝鮮の武器輸出が禁止されているにもかかわらず、北朝鮮からイランやシリア、ミャンマーのほかアフリカ諸国への武器輸出が後を絶たない現状を研究中だ。2004年当時、北朝鮮高官がナイジェリアを訪問、ミサイル輸出に関してオバサンジョ大統領と協議した事実を記した米国務省の外交電報も情報公開サイト『ウィキリークス』にアップされている。

国連安保理の報告書では、(1)北朝鮮がコンゴ政府に自動拳銃などを輸出(2)北朝鮮がウガンダ空軍パイロットの訓練を行うという2018年3月までの契約――などが明らかにされている。いずれも国連安保理制裁違反だ。

米国などは、北朝鮮がイランと進めた軍事協力に注目している。北朝鮮はマレーシアの造船会社「ケイ・マリーン」を通じて、イランに高速魚雷艇や上陸作戦用ホバークラフト、小型潜水艇の輸出を共謀した形跡があるといわれる。

米シンクタンク「民主主義防衛財団」は、北朝鮮とイランの核開発協力に注目したレポートを昨年1月、発表した。それによると、一部のアナリストは、イランが核兵器開発計画の一部を北朝鮮に「アウトソーシング」している可能性を指摘した。特に注目されているのは、(1)核弾頭小型化の技術でイランが北朝鮮に依存している(2)核開発に必要な部品を調達した際制裁を逃れる方法を北朝鮮がイランに教えた可能性――が挙げられている。

中国にも偽装企業


ワシントンの超党派系シンクタンク「C4ADS」はこのほど、北朝鮮の大量破壊兵器拡散問題に中国が関与している事実を明らかにした報告書を発表した。

それによると、丹東市の「鴻祥実業発展有限公司」や遼寧省の「遼寧鴻祥集団」などは事実上北朝鮮の偽装企業であることを隠して、40数社を傘下に置き、過去5年間に約5億ドルの貿易業務を行っていた。女性経営者、馬暁紅会長が中心になって、中朝合弁企業や貿易、情報技術、レストラン、金融機関を操っていたという。この報告書では大手の偽装企業10社について説明している。

金正恩政権になって以降、北朝鮮は約5万人の出稼ぎ労働者を40カ国に派遣。また北朝鮮の排他的経済水域で操業する中国漁船から入漁料を徴収している。さらに、キューバやロシア、イラン、パキスタンなどとの経済協力も進めているといわれる。

ブッシュ元米政権は2003~2008年、北朝鮮やイランを標的とした、大量破壊兵器の移転阻止を目指す拡散防止構想(PSI)を進めた。はかばかしい成果は挙げられなかったが、少なくとも、北朝鮮側はその動きを警戒した。北朝鮮の核・ミサイル開発を抑止するため、日米韓の情報機関、外交当局が中心になって、新たな抑止策を検討すべき時が来たようだ。

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春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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(2017年6月21日「フォーサイト」より転載)