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北京の「大開幕式」でわかった「一帯一路」「AIIB」の五里霧中--田中直毅

2017年06月01日 16時33分 JST

5月14日の日曜日に、北京のオリンピック会場に設置された国際会議所で、一帯一路の国際会議の開幕式が行われた。当日の招待者としては各国首脳をはじめとした国家の代表団に加えて、内外のシンクタンクからも数十名が名を連ねた。私もその一員として3時間を超える開幕式を観察する機会があった。率直な感想を2つ述べる。

「皇帝モデル」

第1は習近平国家主席が臨席する会議は全てそうであろうが、完全な「皇帝モデル」をとっていることだ。開幕式のスタートは9時が想定されていたようだが、会場に向かうホテルからのバスの最終出発時間は6時30分と申し渡されていた。私に割り当てられたホテルから会場までは30分程度とされていたが、当日は北京の中心部への車の乗り入れはすでに厳しく制限されていたので、予定より早く会場に到着した。

会場の前列は各国首脳に、その後ろは60カ国以上の政府関係者が国ごとに区分けされたテーブル付の席に陣取ることになっていた。シンクタンクなどの非政府部門の人々は、その後ろの、テーブルのない席に勝手に着くという方式であった。会場で分かったことだが、この最後方の席から埋まっていったので、集合時間も政府部門と非政府部門で仕分けられていたのであろう。

2時間以上も待つことを実質上承諾しなければ、会場に入れないのが非政府関係者である。中国ではこんな状況に苦情をいっても始まらない。2時間以上の待機組の中に、米国人ソーントンを見かけた。

ゴールドマンサックスの経営責任者を終えた後、清華大学に多額の寄付を行い、かつ米国のブルッキングス研究所にも中国研究のための寄付金を提供している彼も、非政府の一般席に私よりも早くから着席していた。そしてその後のシンクタンク会合で、中国の新シルク・ロード・プロジェクトに好意的な挨拶を行った彼でさえ、「皇帝モデル」を受け入れていたのだ。

「雄安新区」開発は成功するか

当初、時間の無駄を強いられると受け止めた私だったが、旧知の中国人研究者を見つけて、彼の隣の席に着くことができたのは幸運だった。習近平体制の今後を占う上で極めて有力な材料を入手することができたからだ。

彼はすぐに河北省の「雄安新区」という新都市開発の成功の可能性について私の見解を求めた。その6週間ほど前に発表された新都市開発構想とは、「核心」と位置付けられるに至った習近平総書記が唱えるもので、鄧小平の「深圳」、江沢民の「上海浦東」に相当するものとの触れ込みだ。

彼との意見交換においては遠慮は無用だ。すぐ核心に入ればよい。私は新都市開発の成功条件を「雄安新区」は満たしていないと述べた。理由は2つ。1つは北京から100キロメートルという近接性にもかかわらず、河北省という土地柄が21世紀の新都市開発に不向きだ、という点である。

深圳は香港に隣接し、広東省という中国のなかで歴史的に最も資本主義型の企業群が生まれた場所にあった。また上海浦東は揚子江沿いの都市連携のなかで、海外企業の新規の受け入れ拠点となりうる可能性があった。しかし河北省は中国の歴史的発展のなかでは民間活力に乏しく、解放前の中国における軍閥領袖の跳梁跋扈の地であった。自律的都市形成の基盤が乏しすぎる。

習近平時代はあと15年続く?

もう1つの理由は、今後の中国経済の発展に求められるのは都市基盤の不足ではなく、経済活動の新結合を含む内部的な革新機運であり、鉄骨やコンクリートの塊ではないという点である。すでに中国全域において鬼城(ゴーストタウン)が山をなすほど広がっているのに、この上さらに物理的な都市設備を増大させる内部的誘因が乏しすぎる。「皇帝」の気紛れに付き合うことなど御免だというのが経済人の本音のはず、と述べた私に対して、意外にも、彼の答えは次のようなものだった。

「私も雄安新区の成功確率は限りなく小さいと最初は思った。しかし、1カ月ほどの間に仲間(注・いずれも共産党員である知識人)の意見を聞いて回ると、秋の党大会で次の5年が保証されるだけでなく、その後さらに10年は習近平時代が続くだろうとの意見が圧倒的だった。計算高い中国人であるがゆえに、あと15年続く体制との間の折り合いのつけかたを半端にするわけにはいかない、との結論にならざるをえない。諸大学に対する共産党教育部からの介入が強まっていることを考えれば、たとえば清華大学の主要部分が雄安新区に移転することだってありうる、との見解さえある」

習近平時代はさらに15年続くと中国人は覚悟し始めているというのだ。彼は習近平時代の長期的持続を前提に、一帯一路プロジェクトも考えざるをえないとの見解を示してくれた。今日という時点においては中国の知識人との率直な対話の機会は著しく困難になっている。

ところが「皇帝モデル」のおかげで偶然にも旧知の知識人から習近平体制の今日と明日についての手掛かりが得られた。こうした出合い頭での私的会話に依存せねばならない意見交流の現実は、彼らにとっても、またわれわれ日本人にとっても幸福な状況とはいえない。

プロジェクトの詰めはこれから

「皇帝モデル」の開幕式典と並んでもう1つの感想は、一帯一路のプロジェクトの詰めは依然として残ったままだ、という点だ。

2013年秋の提唱から3年半以上を経過しているが、はっきりしているのは「新シルクロード」という考え方は上からの構図づくりであり、下からの対応とかみ合っていないということである。鉄鋼やアルミニウム、セメントなどの基礎資材の過剰供給能力に悩む商務部など現場の役所部門は、製品のさばき先づくりを急ごうとする。

そこで様々なプロジェクトは浮上するのだが、誰もが納得できるプロジェクト間の関連付けがないのである。薄皮饅頭に肝腎な真ん中のあんこの部分が欠けたままなのだ。中間においてあるべきプロジェクトの相互関連性を欠いたまま、上側と下側だけを突出させて、とにもかくにもここまで走ってきた、というのが現状なのだ。

内外のシンクタンクへの呼びかけは、単なる教宣活動の片棒担ぎ要請というよりは、中間における関連づけや意味づけへの貢献期待にあるといわねばならない。おそらくシンクタンク会合は一帯一路プロジェクトにとって欠かすことのできないものとの位置づけがあるといえよう。

開幕式冒頭の約50分の習近平演説にも、いまだ中身のところでの模索が続いていることを示す材料があった。それは一帯一路プロジェクトのもつリスク評価に関わるものである。PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)についての言及は、プロジェクトへの投資や融資に関連してなされた。先行きのリスクへの対応を巡って、他の国際金融機関との協調や民間からの関与歓迎という意味合いを含めて、PPPという概念が多分初めて提示されたのである。

もちろんシルクロードファンドへの中国の増額にも触れたが、この金額は国際的なM&A事例でいえば、わずか1件に相当する程度の金額(1千億元、日本円で約1兆6千億円)に過ぎなかった。中国の内部においても投融資の基本は依然として煮詰まってはいないといわねばならない。

AIIB本格稼働も相当先

AIIB(アジアインフラ投資銀行)は融資を増やそうにも国際的な社債発行に踏み切れないでいる。それは債券発行時に求められる格付けの取得ができないからだ。

AIIBにおけるガバナンス(統治)は、依然として投資家や格付け機関に発表できるほどのものになっていない。また融資の実施にあたって、当該プロジェクトの遂行時の基本、たとえば公開入札があるのかどうか、関連分野における需給状況はどのように反映されるのか、そして収益環境はどうか、また融資にかかわって、その利払いや返済に問題が生じたとき、AIIBはどのようにして貸金の保全を図るのか、などの基本のところで、依然として投資家の納得がえられるようなものは提示されていない。

ということはAIIBが貸出しを大幅に増大させることができる時期は相当に先のことと考えるべきであろう。

結局のところ秋の党大会の人事を前に、北京に相当数の各国首脳を集めること自体が目的化した催事だったのでは、という総括が今年の暮れの時点でなされる可能性が高いのだ。そして構想の中身の充実に中国のシンクタンクは今後懸命にならざるをえないだろう。

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田中直毅

国際公共政策研究センター理事長。1945年生れ。国民経済研究協会主任研究員を経て、84年より本格的に評論活動を始める。専門は国際政治・経済。2007年4月から現職。政府審議会委員を多数歴任。著書に『最後の十年 日本経済の構想』(日本経済新聞社)、『マネーが止まった』(講談社)などがある。

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(2017年5月31日「フォーサイト」より転載)