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小林恭子 Headshot

英FTの金融コラムニストに聞く、FTのジャーナリズムとは(上)「また金融危機はある」

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昨年末、日本経済新聞社の傘下に正式に入った英フィナンシャル・タイムズ(FT)グループ。英国の経済・金融専門紙として長い間読まれてきたFTのジャーナリズムとは、一体どういうものなのか。

拙著『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社、今年1月出版)の執筆のため、FTのジャーナリストや関係者複数に「FTのジャーナリズムとは」を聞いてみた。インタビューの一部は本の中にコメントとして入っている。

一人一人の方の話のトピックは資本主義、金融危機、日英ジャーナリズムの違い、権力との戦い方など多岐にわたった。何回かに分けて全体像を紹介してみたい。読みやすさの点から若干、整理・編集している。

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今回登場するのはFTの金融コラムニスト、ジョン・プレンダー氏だ。ジャーナリスト歴はほぼ半世紀にもなる。専門はコーポレート・ガバナンス。

オックスフォード大学を卒業し、Deloitte, Plender, Griffiths & Co社に勤務するが、金融からジャーナリズムに転職。ニュース週刊誌「エコノミスト」の金融エディター、外務省の計画立案スタッフとなった後、FTの社説執筆記者及びコラムニストになった。BBCやチャンネル4などで番組作りに参加する一方で、コーポレートガバナンス、年金運用についての複数の団体でコンサルタント役も務める。ピアソングループ年金ファンドのトラスティーの一人。著作も多数ある。

筆者がプレンダー氏のコラムを読みだしたのは十数年前になる。そのうちの一つを読んでメールを出したところ、返事が返ってきた。2011年、「東洋経済オンライン」用に一度取材し、今回が2回目のインタビュー取材だ。

インタビューは2015年9月、ロンドンのサザクブリッジにあるFT本社のレストランで行われた。社内ではプレンダー氏を知っている人が多く、二人で紅茶の入った紙コップを持ってテーブルに向かうまで、何人もが声をかけてくる。何度も長い立ち話になりそうなのを「今、インタビューがあるから」と振り切って、ようやく腰を落ち着けた。

まず最初に取り上げたのが、プレンダー氏の最新作『資本主義―お金、モラル、市場(Capitalism: Money, Morals and Markets )』(Biteback Publishing)だった。昨今、資本主義について厳しい視線が向けられている。これを歴史的文脈でとらえ、エコノミスト、企業経営者、哲学者、政治家、小説家、詩人、アーチストなどの発言をたどりながら、資本主義とは何かを問う著作だ。

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―執筆までの経緯を教えてほしい。

プレンダー氏:一つのきっかけは、世界金融危機を受けて資本主義への大きな批判が出たことだ。どこか根本的なところがおかしいのではないか、と。グローバル化に反対する「占拠せよ」運動がロンドンや世界の各地で発生したことを見てもわかる。

資本主義は素晴らしいことを達成できる。人々を貧困から救い出す。日本の戦後から現在までの歴史を振り返れば、うなずけるだろうと思う。そんな事例がほかのアジア諸国でも起きた。最も顕著なのは中国だろう。これにまでにないほどの成長を達成し、生活水準も大きく向上した。しかし、生活水準が上がった一方で、人は基本的な部分で不幸にもなった。

なぜ資本主義が発展することで人が不満を感じるようになるのかについては、様々な理由がある。資本家が労働者を搾取する、環境に負荷をかける、不平等が広がるという指摘がある。金が金を生むこと自体に疑問を呈する人もいる。

産業革命が転機に


資本主義についての人々の意識を大きく変えたのは産業革命だった。

産業革命以降、生産性が大きく高まり、生活水準もこれまでにないほど上がった。欧州経済の規模が拡大した。商行為はポジティブな行為として見なされるようになった。産業革命こそが資本主義を表すものだと思う。

しかし、アブラハムの宗教(創世記のアブラハムを重要視する宗教。主にユダヤ教・キリスト教・イスラム教)観がある国では商行為への敵意が基本的に存在していた。私たちの多くの中に染みついているし、儒教文化の中でもそうだろうと思う。

そして今、資本主義の合法性について新たな問いが生まれている。果たして、本当に良い体制なのか、と。

―執筆にはどれぐらいの時間がかかったのか。

資本主義について私がジャーナリストとして働き出したころから考えてきたことの集大成だ。

今70歳で、これまでを振り返りながら書いたので、何十年もかかったとも言える。

―今回の金融危機が発生して、衝撃を受けたか?

衝撃ではなかった。2003年に出した本(『脱線する』Getting off the Rail)ですでに発生の可能性を指摘していた。

また、2007年までに警告を発する記事がFTに出ていた。クレジットクランチが始まり、貸し付け体制が崩壊していた。規制監督機関は規制遵守の役目の大部分を銀行にゆだねるという愚かな方法を行っていた。

したがって、金融危機が発生したこと自体には衝撃を感じなかった。しかし、危機の規模には驚いた。米国をはじめとして世界中にあれだけ広がるとは思わなかった。

金融市場が比較的安定していたのは1929年の米ウオール街の株暴落(1929年10月末)とそれに続く世界大恐慌の後からブレトン・ウッズ体制(1944年から1971年のニクソンショックまでの間、世界経済を支えてきた国際通貨体制)が崩壊した1970年代までだ。

この間、金融市場が安定していたのは株価大暴落とその後の銀行危機に対応するための規制が非常に厳しいものだったから。金融システムの悪用に対する米国側の規制体制は非常に厳しいもので、銀行をまるで公共事業者のようにしてしまった。リスクを取り、利益を上げることを最大目的とする事業ではなくなった。銀行業は非常に退屈なものになり、起業家精神にあふれた人材は業界を離れた。

現在の状況を見てみよう。先の金融危機以降、規制監督者や政策立案者たちが銀行業を公共事業者にしていないことが分かる。銀行業は多くのリスクを取るビジネスになっている。

私が見るところでは、銀行はいまだに資本不足だと思う。グローバルに非常に大きな存在となったために、銀行の経営トップでさえ何が起きているのかを十分に把握していない。業務が非常に複雑化しているために、行内で何をやっているかのすべてを知っている人はほとんどいない。

銀行が破綻すると、その国の政府が処理にあたるが、銀行の業務は国内だけではなくグローバルに広がっている。国際決済銀行や世界の中央銀行によってさまざまな対策が講じられ、秩序立てた債務整理が行われるように努力が続けられているが、グローバルな規制監督機関がないので、完全な対策を繰り出すことができない。

銀行を公益事業体のようにしてしまうか、小規模に分割してしまうかなどの手段を行わない限り、また金融危機は起きる。

批判をしても相手から尊敬されるには


―プレンダー氏の記事を読むと、銀行規制の仕組みをかなり批判している。金融業界との関係が壊れるということはないのか?

私のジャーナリストとしての経験から言うと、物事が間違った方向に行ったとき真実をそのまま相手(間違った人・組織)に述べると、相手から尊敬され、恐れられる。相手に優しすぎて批判をしない場合よりも、だ。

敬意を保つ距離感を持つほうがいい。自分の言うことが事実に基づいて、真実であることを相手も知っている限り、その人はあなたに話しかけることを止めない。

非常に慎重に動いた場合、だからと言って間違いをした相手があなたを尊敬してくれるとは限らない。

人がFTを尊敬するのは、世界に向かって何が起きたのか、どこで間違ったのかを伝えるからだと思う。

金融危機の前後、FTは銀行や規制組織について非常に批判的な記事を出してきた。

―FTのジャーナリズムの特徴を知りたい。例えば、米国の経済紙ウオール・ストリート・ジャーナルと比べて、どこが違うのか。

米国と英国のジャーナリズムには大きな違いがある。米国ではニュースと論説(コメント)の間の線引きがはるかに厳しい。

英国ではしばしばニュース記事に意見が入っている場合がある。事実から外れた事を書くのは許されないが、もっと個人の思いが入った記事を書く。

また、英国には経済学のジャーナリズムの伝統があると思う。

ウオール・ストリート・ジャーナルを見てみると、経済についての論考記事は外部の人が書いていることが分かる。著名な経営者、連邦準備制度理事会の委員など。エスタブリッシュメントに属する有名な人を招いている。経済学の知識が入った良いリポート記事はたくさんあるが、論説となるとどうだろう?

FTでは社内の記者が世界経済で起きているどの事柄についても、書き手の意見が入った、十分に練られたかつ面白い論考記事を書いている。(続く)

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ご関心がある方は、「英国ニュースダイジェスト」のFTについての連載もご覧ください。

(2016年8月14日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)