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「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」(1) メディア周辺のことを考えてみよう

2014年04月26日 14時27分 JST | 更新 2014年04月26日 14時30分 JST
mattscutt via Getty Images

 日本のメディアについての不平不満や批判をネット空間でよく目にする。

 何かについての批判、不平不満が表明されることは普通だろうが、時として、いわゆる既存メディア(ここでは新聞や大手テレビ局)とネット空間とを必要以上に敵対させるような議論が目に付く。あたかも二者択一の問題であるかのような論の進め方がある。

 つくづく、つまらないなあと思う。

 ほかの国でも新興メディアとしてのネット空間、あるいはネットメディアを既存メディアと対比させることはあるが、いまや、大手メディアがネットメディア化しているので、切れ目がなくなっている。(先般も、米国でテレビの広告費をネットが抜いた・抜かないという報告が大きな注目を集めた。ほぼすべてのメディアがデジタルなのだから、広告もでかくなるのである。)

 伝統的な大手メディアのジャーナリズムに対するネット上の怒りは、日本の外から見ると、大きな期待感の裏返しのようでもある。エスタブリッシュメントに対する怒りや反発、政治が何十年もほとんど同じ政党によって独占されていることや、一生一つの会社に勤めることができないことへの怒りなども背後にあるのだろうか?なぜ?を考えると、さらに次の疑問がわいてくる。

 いまや、私たちみんなが経験しているように、メディア=デジタルメディアである。いろいろな言論がネットにも紙にも、いろんなところに出ている。好きなものを読んで、自分で「これはためになる」と思ったものを選択していこうではないか。テレビ番組がつまらなかったら、自分たちで作れないか、考えていこう。新聞がつまらなかったら、自分で言論の場を作ってみよう。

 昨年末、「マスコミ倫理懇談会」の全国協議会、第12期「メディアと法」研究会の第5回の場で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題でお話をさせて頂く機会があった。

 私自身がメディア報道にがっかりしたことも話してみた。ただ、「メディアだけ」の問題ではない。メディアは私たちの外に独立して存在しているのではない。メディア=私たちなのである。メディアに対する不満は自分たち自身の、そして自分たちが生きる社会への不満であり、もし不満な部分があったら、私たちは変えられるのであるーーという思いを最後の段落にこめてみた。

 以下は講演記録を若干修正したものである。長いので、何回かに分けた。

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メディアの構成図

 今日は、イギリスの国家機密と報道の自由についてお話をさせていただくということですが、ちょうど日本で特定秘密保護法案が成立するときと重なりまして、海外ではどういうふうに国家機密を保持して、これが報道の自由とはどういう関係にあるのかということについても関心が高いのではないかと思います。それで、今日はそのことについてもお話ししたいと思います。

 イギリスのメディアの構成は、日本も同じですが、新聞とか雑誌の出版業と、それから放送業があります。

 放送業では、「公共サービス放送」という概念がとても強いのがイギリスの特徴です。これは、公共の電波を使っているので公共サービスという意味ではなくて、いろいろな視聴者の方、公共のためになるように番組の内容とか、例えば必ず地方ニュースを入れるとか、独立プロダクションを使うとか、いろいろ決まっています。そういう意味で、公共のために価値のある番組をつくるよう、地上波のテレビにはそういう規則が課せられています。

 出版業、放送業に加え、グーグルやヤフー、ソーシャルメディアといったネットサービスがたくさんその周辺にあるわけです。

新聞は自主規制の長い歴史

 規制の仕組みは、短い言葉で言いますと、新聞業に関しては基本的に自由で、いろいろやっていいということになっています。事前に何かを印刷し、それを当局や政府に見せて出版するという事前検閲制度が17世紀に失効しました。いまは全部原則自由です。

 ただ、アメリカでは憲法の修正第1条で言論や表現の自由が保障されていますが、イギリスではそういうものがありません。

 事前検閲制度はない、つまり公権力による規制というのはなく、原則自由ですけれども、個々の法律によっていろいろと規制がかけられています。例えば、法廷侮辱罪、これは司法審理を乱した、つまり、まだ裁判の結果が出ていないのにある人を犯人視して書いたりすることを含みます。他にも、名誉毀損罪や公務員に対してかかる公務秘密法、人種差別禁止法などたくさんあります。

倫理規定も

 倫理規定による抑制というものもあります。「報道苦情処理委員会」、PCCと呼ばれる組織があります。イギリス新聞界の規制・監督団体というふうに思われている方もいらっしゃるかもしれないですが、これは単にいわゆる業界団体で、新聞報道に読者の方から不満が来れば調査して行動を起こすということですので、自分たちから何か規制を課したりとか、監督したりという機能はありません。

 ただ、加盟している新聞社の編集幹部が集まり、倫理規定をつくっています。例えば、未成年者を保護する規定や性犯罪の犠牲者個人を特定できるような報道をしないといった規定があり、これは日本や他の国も同じだと思います。

 また、裁判所が報道停止令を出すこともあります。例えば、ニュースキャスターが愛人をつくって子どもができ、愛人が子どもの養育費を欲しいというので裁判を起こしたとします。著名キャスターが、自分の名前が報道されると仕事にも影響がありますので、名前を出さないようにしてほしいということを裁判所に頼むことがあります。著名なキャスターの方は非常に高額の報酬を受け取る、やり手の弁護士を雇いますので、時によっては、その人の名前が出ない、そして事件そのものも報道されないようなこともあります。

 これは最近、非常に問題になっていまして、ただ名前だけが出ないのでしたら事件そのものは報道されます。しかし、非常に有力な弁護士を雇って事件そのものを、裁判が起きているということそのものを報道できないようにする動きも一部であります。

放送・ネットはトラストとオフコム

 放送やネット業の規制ですが、BBCの場合、「BBCトラスト」という、日本で言うとNHKの経営委員会のようなものがあります。放送内容や経営陣の給与体系などを規制・監督しています。

 ほかの放送局は、「情報通信庁」などと言っておりますが、オフィス・オブ・コミュニケーションズ、略して「オフコム」というところが規制・監督しておりまして、ネットサービスもオフコムによって規制・監督されています。「放送と通信の融合」という表現がありますが、イギリスでは放送と通信がもう融合しており、一つの規制・監督機関の下に放送、通信、ネット業界が入っています。ただ、ネットサービスのツイッターでも、発言内容によって名誉毀損に問われる場合もあります。つまり、新聞業にも適用されるさまざまな法律がネットサービス及び放送業にも適用されます。

最初の立ち位置が反権力

 そして、実際にさまざまな法律とメディアがどう関わっているかですが、まず頭に入れておきたいのは、イギリスのメディアの報道とか取材スタイルが、少し日本とは違うということです。それは反権力といいますか、反骨精神を非常に表にはっきり出しており、外国の政府なり、自国の政府なり、あるいは議員や官僚など、いわゆる大きな権力を持っている人、あるいは高い地位にいる人について、説明責任を果たさせるようにしております。

 例えば、BBCの職員ならBBCの中で何か不祥事があったとして、その説明責任のためにBBCの社長がBBCのニュース番組に出て、キャスターがいろいろ質問する。そういった場合にも、自分が勤めている会社のトップに対して非常に厳しい質問をしないと、ちゃんとしたジャーナリズムの役割を果たしていないと思われてしまいます。

 また、非常に能動的な取材を行う場合があります。例えば、病院で不正が行われている可能性があれば、病院の中に臨時の看護婦として雇われて潜伏取材をするなど、誰かになりすまして取材をすることがあります。あるいは、ある偉い人が税金逃れをしている疑惑が浮上したら、例えば親類のふりをして役所から情報をとったり、探偵事務所を使ったりします。隠しカメラを使ったりするときもあります。調査報道のためにこのような取材方法を用いる場合もありますが、有名人を追うパパラッチがそのような取材方法を用いて報道被害者をつくるという場合も非常によくあります。

 放送局の報道にはバランスが求められますが、新聞は必ずしも要求されません。中立とか、不偏不党という姿勢が新聞にはあまり要求されておらず、つくるほうもそうですし、読むほうも新聞は必ずしも客観的ではないということを知りながら読んでおります。

新聞界に新たな規制機関ができる?

 マスコミ倫理懇談会の機関誌「マスコミ倫理」に、(2013年年頭に)書かせていただいたのですが、イギリスでは今、新聞報道に規制がかかるかもしれない動きがあります。それは、新聞報道についての大掛かりな調査をした委員会、通称「レベソン委員会」の動きです。

 きっかけは、もう廃刊になってしまいましたが、いろいろなゴシップや中傷記事、あるいはテレビ番組やスターの動向を載せるような親しみやすい大衆紙の一つが、たくさんの有名人の携帯電話の留守番サービスを利用して、そこに残した伝言を、携帯電話の持ち主が知らないようにして盗聴していた、聞いていたという事実が発覚したことです。

 2005年ごろのことですが、当初は一部の有名人を対象としたと思われていましたが、その後、政治家も含めてたくさんの人の携帯電話が盗聴されていたことがわかってきました。留守番電話の伝言を聞いたことを盗み聞きや盗聴ということになるのかわからないですが、話を簡単にするために「盗聴」という言葉を使わせていただきます。

 結局この大衆紙は廃刊になりましたが、これを機会に新聞報道のあり方を検証するため、イギリスのキャメロン首相がブライアン・レベソン判事が率いる独立調査委員会を発足させました。委員会は、数か月かけて新聞関係者や政治家、記者や報道の被害者などを集め、公開でいろいろな証言をとりました。そこで初めて一般の人は、一部の有名人だけではなくさまざまな人が犠牲になっていたことを知りました。

 例えば、有名人の一人としては、『ハリー・ポッター』を書いた小説家の方が証言をしました。しつこく新聞記者やパパラッチなどに追われたために、引っ越しをしたり、自分の娘が学校に持っていくランドセルの中に取材希望のメモが入っていたり、いろんなことがあった。過剰取材による報道被害に遭った人の生の声がここでかなり出ました。

 その結果、レベソン委員会は12年11月末に新聞界の悪しき慣行をなくするための2,000ページにわたる報告書を提出したのです。

 報告書には様々な提言が含まれていました。例えば、PCCは新聞業界に近過ぎてしまい、こういった報道被害を何も防ぐことができなかったため、本当に独立した規制・監督機関をつくることを提案しました。また、報道被害者が利用できる簡易裁判所を設置しましょうと提案しました。

 さらに、報道の訂正記事についても提言がありました。通常、新聞は事実の間違いがある記事を出したとき、訂正記事は後ろのほうのページに小さく載せるだけです。それでは名誉を回復することになりませんので、少なくとも目立つところ、あるいは最初に記事が掲載されたページに訂正記事を掲載するよう提言しました。

 そして、警察をはじめ権力との癒着を防ぐため、取材をした場合には全てオンレコにするということも提案しました。これはちょっと現実的ではないと思いますが、このような提案を含む、報道被害者の側に立った報告書でした。

 しかし、2,000ページもある報告書に対して、インディペンデントという新聞は、報告書が出た翌日、新聞の一面とウェブサイトに報告書の表紙をポテトチップスを包む紙にした写真を載せました。長過ぎて誰も読まず、出た翌日にはもう捨てられてしまうごみと同じだ、意味がないということを表したのです。

 現状ですが、報告書が出てから1年経ってもまだ規制・監督機関はできておりません(注:2014年6月、設立予定)。なぜかというと、これまでにそういう新聞界を規制するような規制・監督機関がなく、各新聞社の足並みがそろわないためです。

 報告書は組織の独立性を保障するため、外部機関にこの組織を認定させることを提唱しましたが、これをどう作るかで議論がたくさん出?