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小林恭子 Headshot

「ロンドンを市民の手に取り戻す──Take Back the City」第2回

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津田大介さんのメルマガに掲載された筆者の記事の転載です。)

今年5月のロンドン市長選・市議選に向けて、草の根運動を続ける「Take Back the City」の動きを追った連載の第2回です。第1回目はこちらからご覧ください

市議選・市長選がまじかに迫り、マニフェストづくりで意見沸騰


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規制の政党には所属せず、市民一人一人を代表する政治を自分たちで実現するために立ち上げられた、英国の草の根政治グループ「Take Back the City」(「都市を取り戻せ」)。ここでの「都市」とは世界的な金融センター「シティ」があるロンドンだ。

Take Back the Cityの本格的な発足は昨年だ。共同創設者はロンドンに住む公立校の教師ジェイコブ・マカジャー氏と同じく教師のエド・ルイス氏。マカジャー氏は、自らが生活するロンドンが「超富裕層やその利益をかなえるための政治家に乗っ取られた」と感じる市民がたくさんいることを指摘している。

グループの発足までの経緯や参加者の声については前回のコラムの中で紹介した。ここで若干振り返っておこう。

ロンドンは世界の中でも貧富の差が激しい都市の一つだ。Take Back the Cityによれば、「富裕度でトップの10%が所有する資産は、最下位の10%の資産の273倍に達」っし、ロンドン市内の住宅の賃貸料は平均で月1500ポンド(1ポンド=160円計算では約24万円)を超えている。住宅価格の高騰が続き、低・中所得者にとって住みにくい都市になっている。生まれ育った地域を出てゆかざるを得なくなった人もいる。

低・中所得者の声が届かない現状を変えるため、Take Back the Cityは政治の場に市民の代表を送り込むことを1つの目標とした。そこで市民一人一人の声にまず耳を傾け、声を集約した形で選挙に向けたマニフェスト(選挙公約)を作ろうとしている。

昨年末、筆者が参加者に聞いた時点では、Take Back the Cityは学校、地域の様々な組織、移民を対象にワークショップを開いていた。テーマは、いかに自分たちで政治を変えられるか。参加者から政治についての不満を聞き、政治家に何をしてもらいたいか、要望を集めた。

今年5月5日に行われるロンドン市長選・市議選に向けて、「ロンドン市長をここから出そう」が掛け声となった。1月にはクラウンドファンディングで資金集めを開始した。

選挙まで1か月余の3月末から、グループの活動の進展ぶりを追ってみた。

人懐こい笑顔で人々を巻き込む


3月末の土曜日。ロンドン東部を走るモノレール「ドックランド線」に乗ってキングジョージ5世駅で下車する。

無人駅の改札口から出ると、キリスト教のパンフレットを抱えた女性が寄ってくる。「ハッピー・イスター(復活祭、おめでとう)」。翌日はイースターとなり、教会では特別のミサが行われることになっている。何人もの女性たちがパンフレット配りに精を出していた。

女性に「ロイヤル・ドック・コミュニティ・マーケット」の場所を聞くと、「まっすぐ行って右ですよ。神のご加護がありますように」と言われた。

歩いて数分の場所にあったのは、高層アパートと地域の図書館に囲まれた空き地で、白いテントの中には界隈に住む人がおもちゃや食べ物を売る準備をしていた。テントの外では八百屋が野菜を並べる台を置いており、ラジカセから大音響でロックを流している。Take Back the Cityのストールはテントの隣に設置されていた。

Take Back the Cityのイベントは昼12時から始まると聞いていたが、猫の額のような空き地には時間が過ぎても、訪問客は誰もいない状態だった。

こんな小さなところで一体どれだけの支持者を集めることができるのだろう?

一瞬、気持ちが縮んだが、近くのカフェで時間をつぶし、改めて広場に戻ってみた。すでに子供と大人の小さな人の輪ができていた。前に会ったことがある、合唱を教えるアミナ・ギチンガ氏、大学院生のサイモン・ソープ氏が輪の中にいた。ソープ氏以外は全員が有色人種だ。ギチンガ氏がアフリカ流ダンスを教え、歌の手ほどきをしている。

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(歌とダンスを教えるギチンガ氏、中央)

輪の中に入って、子供たちとジャンプしたり、体を思いきり小さくしたり、歌を歌ってみる。子供たちはくすくす笑いながらも、素早いダンスのスピードを十分に楽しんでいるようだった。大人もそんな子供たちの様子を見ながら、体を動かす。寒い風が吹き飛んでゆくようだ。

しばらくしてストールに行き、番をしていた男性たちに声をかけてみた。二人とも白人男性だ。ともに地域住民への支援サービスに携わってきたという。労組と協力したこともあったが、「上からの指示が多くて、嫌気がさした。ここはみんなが平等だからいい」と「グレン」という名の男性が言う。

Take Back the Cityは市長候補を出すという目的をあきらめ、市議選に候補者を当選させる方向にシフトしていた。グレン氏は理由を説明しなかったが、候補者を出すための準備金の額が市長選の場合と市議選の場合、大きく異なるのも理由だったのかもしれない。

1月のクラウドファンディングによって、市議選に候補者を出すための「資金は十分に集めた」という。

英選挙委員会によると、市長選の候補者になるには1万ポンド(1ポンド=160円計算で160万円)を委員会に預ける必要があるが、市議選の場合はその10分の1の1000ポンドになる。

Take Back the Cityが推す市議選候補者は、昨年時点では市長選の候補者の一人だった、アミナ・ギチンガ氏だった。

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(ギチンガ氏の宣伝用チラシ)

風がますます強くなり、広場に響く八百屋のラジカセから流れるロックの音が反響する。

八百屋の屋台の前にできたダンスの輪を指導するギチンガ氏の一挙一動を子供たちや大人が見つめている。笑い声と歓声でいっぱいだ。

ダンス教室が終わっても、ギチンガ氏を囲む人は絶えない。子供たちがやってきて「どこでもっとダンスを学べるの?」と聞く。大人たちは教わったばかりのダンスと歌をもう一度再現している。生活の悩み事を話す大人もいる。

午後3時を回った。大人数人に囲まれて、話を熱心に聞くギチンガ氏。人を引き付けるという意味では、抜群の力を持った女性のようだ。

この光景がどうやったら票につながるだろう?

ギチンガ氏が候補者となっているのはロンドンの14に分かれた選挙区の1つで、東部の「シティー&イースト」地区。ここは金融街「シティ」のほかに、「バラ」と呼ばれるロンドンの区域が入る。バラとしてここに入るのがバーキング&ダゲナム、ニューアム、タワー・ハムレッツ。ニューアムやタワー・ハムレッツはロンドンの中でも貧困度が最も高い地域として知られている。裕福なシティと最貧困地域が混在するため、最も不平等感が感じやすい場所だ。

この選挙区は2000年以来、労働党のジョン・ビッグス氏が市議として当選している(現在4期目)。今年、ビッグス氏は市議選に立候補していない。現在候補者は8人で、全員が今回市議としての初立候補。ほとんどが既存政党が推薦する候補者だ。

過去のこの地区の選挙傾向を見ると、当選者の得票数は増加している。ビッグス氏は2008年では約6万3000票、前回12年では約10万票を得た。

どれぐらいの票を集めることができればギチンガ氏は当選できるのか?推測は難しいが、2000年以降の数字を見ると、少なくとも4万票以上が必要なようだ。

全員が初立候補の場合、知名度が鍵になりそうだ。

Take Back the Cityのマニフェストづくりはどこまで進んでいるのか、票獲得のためにどんな戦略を持っているのかー。

核となるメンバーが集まる毎週木曜夜のミーティングに参加してみた。

マニフェストづくりで喧々諤々


Take Back the Cityの秘書役クレアさんに教えられ、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(通称 SOAS)に向かったのは4月中旬のことだった。

ロンドン市議選まで、ちょうど3週間となった。

午後7時のスタートに集まったのは12人ほど。20代とみられる若者たちだ。グループの共同創設者マカジャー氏の顔も見える。椅子を丸く円を描くようにして並べて、座る。ミーティングが進むにつれて、数人がジョインしてゆく。

出席者は大学生か仕事を持っている人で、人種的には混在していた。白人もいれば有色人種の人も。東アジア系は筆者一人だ。

「前は20人は必ず来たのだけれどー。うちの子供持つ連れてきたかったけど、今日は行かないと言っていた」とレベッカさん。「参加してゆく意思を持ち続けるのは並大抵ではない」。レベッカさんはこれまで市民デモに参加してきたが、「ここは上下のヒエラレルキーになっていないので、気に入った」という。

後から入ってきて、隅っこの椅子に座ったのが銀髪で60歳は超えていそうな男性だ。髪をゴムで後ろにまとめ、上下のジャージを着た姿はほかの人と比べるとちょっと異質だった。

椅子に座った参加者が一通り自己紹介をした後、クレアさんが今日の議題を説明し、マニフェストについて話し始めた。グループの共同創設者エド・ルイス氏が印刷してきた紙を配る。マニフェストの原案だ。裏表に印刷して4ページ分。6つの大きな要求を入れている。

1つ目は「空になっている不動産物件を市が引き受け、廉価で提供できるようにする。
 
2つ目は「収入にかかわらず、ロンドンで学ぶ権利を保障する」

3つ目は「ロンドンの最低賃金を10ポンドにする」

4つ目は「政治家よりも市民の権力を拡大する」

5つ目は「人種差別による警察の捜査を止めさせる」
 
6つ目は「すべての交通費の20%削減」。

最初の項目から意見や質問がたくさん出る。「空き家を廉価で提供する方策よりも、既存の賃貸住宅の賃料の上昇を抑えるほうに力を入れるべきではないか?」「誰がこうした廉価の住宅を利用できるのか?」。6つ目の交通費削減の資金源は何にするかでも意見が割れた。

一つ一つの意見が次の意見を生み出し、一つの項目から次の項目に移るまでにだいぶ時間を要した。クレアさんが丁寧にメモを取る。書き手のルイス氏もそれぞれの意見をメモに書き取っている。マニフェスト原案はこれからもどんどん変わりそうだ。

しかし、後3週間もない段階で、マニフェストを書き直しているようでは、一体間に合うのだろうか?そんなことを思ったが、ぎりぎりで出すのはそれほど珍しくはないとほかの参加者が言う。

マニフェストの話の後は、投票日までどこでどんなイベントを開催してゆくのか、細かい話が続く。持ってきたビスケットやブドウの包みをグループで回し、それぞれが少しずつ、とってゆく。食べながら、話しながら、7時過ぎに始まったミーティングは9時過ぎまで続いた。

最後の方で説明をしたのが、さきほどのジャージ姿の男性だ。ロジャー・ハルム氏は学生だが、選挙運動の戸別訪問のプロだという。「もう30年もやっている」。

マニフェストづくりで活発に意見を出してきた参加者だったが、実際に有権者の家を訪れ、ドアをノックする戸別訪問となると、多くが及び腰で、不安感がいっぱいのようだった。そこでハルム氏のアドバイスを出す。

「ポイントは相手に話してもらうようにすることだ。最初の2秒ですべてが決まる。ノックをしたら、すみませんがこんなことをしていますと説明して、相手の状況を聞いてみることだ」。ハルム氏の言葉をじっと聞く参加者たち。

筆者は保守党の候補者とともに戸別訪問をしたことがあるが、慣れるとそれほど難しいことではない。ここの参加者は戸別訪問をしたことがなく、知らない人に政治行動を聞く、候補者への投票をお願いするという行為をやや怖がっているようにも見えた。

この日、候補者ギチンガ氏はいなかった。米国で大統領選の選挙運動を見学しに行っていたのである。

果たして、このメンバーで当選まで行きつけるだろうか?少々の不安感が出てきた。

ミーティングが終了し、参加者がバラバラと帰ってゆく中、レベッカさんがこう言った。「市長選・市議選の後のことも考えないとね」。そうだ、ギチンガ氏が当選しようとしまいと、Take Back the Cityは続くのである。「この先があるのだからー」。

バルセロナの刺激


2日後の週末、筆者は労組の関連組織「コンパス」が主催する「Good London」(「良いロンドン」)というイベントに参加してみた。

将来のロンドンを自分たちが望む方向に作っていくため、意見を出し合うイベントだ。市長選・市議選が近いため、各政党から市長選あるいは市議選への立候補を集め、参加者が意見を述べるコーナーも設けられた。

ファリンドン駅近くのカフェ「フリー・ワールド」で開催されたイベントで、参加バッジをもらうと、「彼女」として呼ばれたいか、「彼」として呼ばれたいかを聞かれる。男性として生まれてきても女性という自己認識がある、あるいはその逆も含める「トランスジェンダー」の人も歓迎するというメッセージだ。

最初のセッションの第1部は、車椅子に乗った女優と詩人による詩の朗読で始まった。人は性、年齢、人種、心身の障害のあるなしによって差別されない、イベントはすべての人にオープン――これがイベントの方針なのだ。

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(バルセロナの市民運動について話すシアベアド氏)

第2部では世界の都市で起きた政治変革の事例が紹介された。登壇者の一人がスペイン・バルセロナ在住のケイト・シアベアド氏。その話は衝撃的だった。

シアベアド氏はバルセロナの市民政党「バルサローナ・アン・クムー」(意味は「共通のバルセロナ」)の広報担当者の一人。生まれ育ったのはロンドンだ。

同氏によると、昨年3月の地方選で、スペインではその大部分の都市で市民プラットフォームが政権を取ったという。バルセロナのほかにはマドリードで、「アオーラ・マドリード」 (「マドリード、今」)がその一例だ。社会運動アクティビスト、進歩的な政党、政治運動アクティビストたちが中心になり、政治に市民の声をもっと入れようとした動きが形になったものだという。

それぞれの運動は文脈や活動の広がりが異なるが、いくつかの共通点もあった。

まず第1に「地方政治こそが市民参加や民主主義の再生の実験場であるべきという考えがあった」。

第2として、「参加組織の利害を超え、政治目的を共有した」。

第3は「マニフェストをオープン形で作り上げた」。

第4は「政治のプロ化を防ぎ、職務に就いた人の説明責任を果たさせるために、給与や待遇について厳しい倫理観を維持した」。

イベント終了後、シアベアド氏と話してみた。彼女はTake Back the Cityのことを知っていた。何度かアドバイスをしたこともあったという。「お金もネットワークも、スキルもない、ゼロからのスタートだったわね。まだまだ・・」といってため息をつく。

なぜスペインで市民運動が次々と政権を担うまでになったのか、なぜロンドンはそうではないのかを聞いてみると、こんな答えが返ってきた。「2008年の世界金融危機以降、スペインは経済がめちゃくちゃになった。若者の失業率は50%近くになった。もうどうしようもなくなって、新しい政治の波ができた。ロンドンはまだそこまで落ちぶれていないから、市民運動の政治化が進まないのではないか」。

確かに、英国の経済はそれほど悪くなく、失業率も4%ほど。日本とあまり変わらないが、欧州では非常に良いほうに入る。若者の失業率は貧困地区では高くなるが、スペインほどではない。

5月5日のロンドン市長・市議選で、Take Back the Cityはどこまで票を集められだろうか。直前と直後の様子をレポートしてゆきたい。

(2016年7月2日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)