Huffpost Japan
ブログ

ハフポストの言論空間を作るブロガーより、新しい視点とリアルタイムの分析をお届けします

水島 宏明 Headshot

過呼吸症候群、記憶障害...知られざる「フラッシュバック」の恐怖 他の野島伸司ドラマで同様の体験報告も

投稿日: 更新:
印刷

日本テレビのドラマ「明日、ママがいない」は様々な問題を投げかけている。

注目すべき大きな問題は「フラッシュバック」だ。

全国児童養護施設協議会が行った各地の施設でのアンケート調査でも、このドラマを見た施設の子どもが「フラッシュバック」を起こし「過呼吸症候群」に陥った、というケースが報告されている。

私のところにも施設出身の若者(虐待を受けた経験がある)がドラマを見て「フラッシュバック」を起こしリストカットをしてしまった、 という事例が寄せられたことは別の記事に書いた。

だが、残念なことにテレビ局の関係者やマスコミの記者などにその件を伝えても「リストカットと言っても自殺していないなら、たいしたことはないのでは?」とか「その子どもが過敏なだけでは? 嫌ならテレビを見なければよい」などの反応を示す人が相当いる。一般の人たちからの反応も同じだ。

「心の傷」や「フラッシュバック」の深刻な実態を、テレビ局関係者のほとんどが知らない。

そこで「フラッシュバック」で、どんな症状になるのかなど、今回、私の元に寄せられた体験談から紹介したい。

関東に住んでいるある女性から寄せられた体験談だ。

前回記事にしたリストカットの若者もそうだが、私がここで紹介する体験談のケースは私自身が本人の身元を把握しているなど、事実確認が出来ていたり、事実と信じるに値すると判断したケースだ。できるだけご本人などの言葉をそのまま伝えるようにしている。記者として事実確認はしているので誇張もウソもないことは理解していただきたい。

私は今回のドラマ「明日、ママがいない」で監修をされている野島伸司氏の脚本で放送された「いじめ」を題材にした別のドラマを見てフラッシュバックを起こした経験があります。 当然、そのドラマもフィクションです。 しかし偶然にも、ストーリーの主人公は私が経験ものとそっくりなものでした。 そう聞くと「いじめが題材と知っていたのならば見なければ良いのに」と思われる方もいらっしゃると思います。 ですが、当事者の経験があったからこそ、現在ではどういう問題の解決方法をとるのか、どういう展開になっていくのか、主人公の立場を思って気になってしまったのかもしれません。 個人的には、野島氏の手掛けた当時のドラマは比較的好きでしたし、だからこそ見てしまったとも言えます。 結果は、いじめの経験から10年以上も経ち、心の傷も癒え、幸せに暮らせていると思っていたのにもかかわらず、激しい動悸と過呼吸に襲われることになりました。 それから更に大分経ちましたが、今でもこうして当時を思い出しながら書くことでも不安な気持ちと動悸に襲われます。

前置きが長くなりました。 児童養護施設関係者や里親たちの反対や抗議に対して反論する人々やテレビ局の関係者は、口を揃えて 「フィクションだから」「フィクションと理解出来るのに」と大人である自分がどう感じたかでしか反論をしません。 ですが、そこにかみ合わない議論を続けているような歯痒さを感じてしまいます。 論点が違うように思うのです。

当事者にとって、そのドラマ内容が「フィクション」か「フィクションでない」かは、全く関係のないことだと思います。 たとえフィクションであっても、もしも心のどこかに傷を負っているのであれば、その傷に触れるような事が起こればいつでもそこに心は引き戻されます。 理屈ではないのです。 フィクションと判るから問題ないなどと言うのは、そこに関わる当事者の心情を鑑みない、他人事でしかない人達の無責任な理屈でしかありません。

この女性は養護施設出身ではない。

しかし、中学生時代に激しい「いじめ」を受けた経験がある。

あるドラマを見て、「いじめ体験」がフラッシュバックしてしまい、過呼吸症候群を起こして意識もうろうとなった経験がある。

しかもそうした心の傷が甦ることが「自殺」への引き金になりかねないとも言う。

それは「明日、ママがいない」の脚本監修をした野島伸司脚本のドラマだった。

TBSが1994年に放送した『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』というドラマだ。

私自身も見ていないが、いじめ、体罰、動物虐待、自殺、復讐など陰惨なシーンがこれでもかと出てくるようだ。

名門私立中学校を舞台にした物語で、イジメ、体罰、虐待、自殺、父親の復讐などを描いた。倫理的・道徳的にタブーとされる話題を数多く扱ったことから、「過激で興味本位な内容である」という視聴者からの批判が多かったという。そのため、前半は視聴率で苦戦(第2話は9.8%)したが、徐々に視聴率を上げ、最終回は28.9%にも及んだ。平均視聴率は19.2%。第6話以降は全話視聴率20%以上を記録していたが、序盤の低迷が響き平均視聴率は20%を割った。


出典:Wikipedia

このドラマのあるシーンを見て、この女性は突然、「苦しくなって意識が朦朧」となったという。

かなり前の出来事なので自分が苦しくなって意識が朦朧となった場面をあまりよく覚えておりませんが、少年の自殺の場面後だったと思います。

それ以前のいじめの場面や少年が濡れ衣の誤解を解こうとしても大人が聞く耳を持ってくれない場面なども、苦しくて見ていられなくなったと記憶しています。

ストーリーは私が経験したものとそっくりでした。

中学時代、同じクラスに「ばい菌」のようなあだ名で呼ばれていじめを受けていた女子生徒がいました。
私はシカト」をされ続けていることを問題視して担任に相談しました。

そのことで「担任にチクッた」「良い子ぶりっ子」と今度は私がいじめの標的となりました。
いじめられていた子が、いじめる側の仲間に加わりました。

毎日呼び出されたり待ち伏せされたり、あちこちで私の誹謗中傷を書き連ねられました。

いじめは続き、精神的にも限界だった私は、自殺をはかりましたが、途中で見つかってしまい、今はこうして生きています。

ドラマではいじめを受けていた少年は飛び降り自殺し、その後に父親の復讐劇や黒幕の教師の存在が登場するなど、いかにもフィクションらしいストーリー展開となっていますが、前半までは偶然にもほとんど同じだとお判りただけると思います。

今思えば、もしかすると私が知らないだけで、同じようないじめの実態が多いのかもしれません。

ただそれを野島氏が題材として使っただけなのかもしれません。

今回、児童養護施設にいる子どもたちの中にも、この女性と同じような「過呼吸症候群」のケースが報告されている。

過去の野島ドラマでも同じような「被害」は起きていたのだ。

「フラッシュバック」とはどのようなものか。
調べてみると以下のように説明される。

フラッシュバック (flashback) とは、強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた場合に、後になってその記憶が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様に夢に見たりする現象。心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害に顕著である。 フラッシュバックという用語は過去に起こった記憶で、その記憶が無意識に思い出されかつそれが現実に起こっているかのような感覚が非常に激しいときに特に使われる。フラッシュバックが起きた場合には、必ずしも映像及び音が存在するとは限らない。記憶には様々な要素があるため、フラッシュバックは「恐怖」などといった感情や味覚、痛覚など、感覚の衝撃として発生し得る。 フラッシュバックは、幼児期に経験した外傷体験を言語的に認識する能力を持たないまま記憶し、それでもなお忘れられない場合にも起こる。この、外傷体験を当初から取り込むことに失敗する現象のことを解離という。この記憶はまともに意識に上らないため、時間に抵抗し変造加工が困難である。また、それゆえにフラッシュバック性の記憶はその鮮明さにも拘らず言語化が困難でもある。さらに時間とともに霞がかからずむしろ原記憶よりも鮮明さは増す傾向が強い。

出典:Wikipedia

自分の体験を報告してくれた女性は、自らの症状や知人の症状を以下のように説明している。

症状は、過呼吸症候群や失神など、様々だ。

自分が心に傷を負うような状態と同様の、または類似した状況や他人の話、一言、場面、音、景色などに出くわした時、忘れていた記憶が強烈に、もしくは大きな塊が襲ってくるかのように蘇り経験しているような苦しい感覚にワープしてしまうと言えばいいのでしょうか。

状況によっては文字通りフラッシュのように立て続けにすごく厭だった場面が連続で蘇ってくることもあります。

それは、思い出そうとしたり、思い出さないようにしたりという、自分の意思ではコントロールのしようがないものなのです。

私の知り合いにはドメスティックバイオレンスが原因で、その関連した一言を聞いただけで失神してしまう人がいました。

心療内科で専門の治療を受けていたようですが、そう簡単に治るものではなかったようです。

その場に居合わせて見たことのない方には、聞いただけでは嘘のようにしか聞こえないのかもしれません。

私は「過換気症候群」という症状に出る傾向がありました。

リストカットされた方がもしそのような状況にあって、行動を起こしてしまったとしたら、フラッシュバックによって当時考えた「自分は存在してはいけない」という気持ちだったり「自分なんか消えてしまった方がいいんだ」というような感情も呼び起されてしまったとも考えられます。

私が自殺未遂した時も、虐めた側から後から「死ぬ気もないのに演技だったんじゃないの?」などと言う人もいました。

同じ苦しみを経験したことのない人には、到底その時の当事者の絶望や怒りや苦しみを理解し共感することなど出来ないと思います。

人は決して弱い生き物だとは思いませんが、心を持つ生命体である以上、アイデンティティの崩壊のように心を崩されるような状況に陥れば、打ちひしがれるような状況に誰もが陥る可能性があると思います。

公に向けた強力な発信力を持つメディアは両刃の剣だと思うのです。

どうか「少数の弱者の意見」と切り捨てずに拾い続け、暗部をただ興味本位でセンセーショナルに取り上げるのではなく、光に繋がるように発信していただきたいと願っております。

この女性の体験談を聞く限り、フラッシュバックは自分でも予想できない状態で突然やってくる。

事前にどんなシーンがダメなのかが本人にもよく分からないケースもあるという。

何気なくテレビをつけたら、心の傷にさわるような言葉や記憶が甦るシーンが映っている場合など、事前に避けることも難しいという。

「フィクションだから大丈夫」という多くの人々にフィクションでも当事者に及ぼす影響について知っていただきたいと思います。

フラッシュバックについてあまり知られていないのは、きっと本人が覚えていない、詳細までは思い出したくないということも関係があるのかもしれません。
前述のDVの相手からの嫌がらせによるPTSDとしてフラッシュバックを起こし失神した知り合いの場合は、失神する直前の記憶を全く覚えていませんでした。

何を聞いて失神したのかも。

記憶しないのか、思い出したくないのか、そのあたりもはっきりしません。

ただDVやその相手の話が出て「その話はいや」「あ~まずい・・・」といった後、倒れてしまいました。

ですが、自分からその話をする時は大丈夫なのです。

恐らく決定的な言葉や記憶などを自然と避けられているからかもしれません。

救急外来に運び主治医のお話を聞いたところ、何度も同じことが起きているとのことでした。

ですが、何がダメなのかその説明を周囲にするには思い出さなければならないので、それはすなわちその行為自体がフラッシュバックを引き起こしてしまう危険があるということになります。
私の場合はその知り合いよりも軽いのかもしれません。

ニュースやドラマでそういうシーンを見てしまうとそうなることがある、ということは記憶していますし、気持ちの準備をすればこうしてお話しすることも出来ます。

最初にいじめのシーンや虐めのニュースの詳細を目にした時に不穏な感覚が襲ってきます。

「あ~なんかまずいな・・・気持ち悪くなってきたな・・・」と思ってその場を離れても、その時点でもうスイッチのようなものが入ってしまったような感覚になります。

自分の意思でその不穏な感覚を追い払うことが出来なくなり、昔の場面や声が蘇ります。

不安や恐怖、恐怖からくる「なんでこんな目に?」といったような怒りのような感情が一気に押し寄せてきて、針が振り切れるような、感情の制御が利かない状態になります。

その時には既に全身の力が抜けて手足がしびれ、呼吸が出来なくなっています。

私の場合は病院に行くような事はせず、泣きながらその場に静かに横になっていれば落ち着きます。

フラッシュバックの後は必ず、自分が情けなくなります。
こんな状態が一生続くのだろうか、こんな状態で生きていていいのだろうかと。

どこか対人関係でも怯えてしまう時があり、他人から受ける言葉や態度にびくびくしているようなところが有ります。

そうなるかもしれないとわかっていても、類似した事件やドラマが気になってしまうのは、当事者のような気持ちになって行く末が心配になってしまう気持ちや、こういう状態になる自分のことを「乗り越えられない弱くダメな自分」と思っているところが有り、
精神鍛錬のつもりというか、強くなるために「目を逸らしてはいけない」というような気持ちになってしまうからかもしれないと感じています。

この女性は、そうしたフラッシュバックのたびに自分を責め、無力感にも襲われ、自殺を考えたという。

「フラッシュバック」でどのような状態になるのか。それはテレビという一方通行のメディアが作る「逃げ場がない状態」で突然、引き起こされてしまう。

社会福祉を専門とする大学教員は次のように説明する。

経験からある程度のことが分かっています。まず、フラッシュバックは、何時起こるか分かりません。

過去の心理的な苦痛(所謂悲惨な体験)が何かのきっかけで呼び起こされる場合が多いのですが、薬物やアルコール依存の場合は、摂取していないにもかかわらず、中毒症状として表れることもあります。

東日本大震災後の状況で言えば、最近の国の調査報告にもあるように、子ども達が震災の記憶におびえたり、苦しんだりすることも多く見られます。被災した学生にも同じような傾向があります。施設で育った人や、親子関係で苦しんだ人にとっては、フィクションであっても映像と台詞の両方から過去を思い出させる状況が作り出されていることは間違いないと思います。

ソーシャルワーク相談でも、こちらのひと言がフラッシュバックを引き起こすことがあります。無意識の中で逃げ場のない状況が作る出されることがフラッシュバックの引き金になっていることが多いといえるでしょう。

「逃げ場のない状況」というのは、テレビを見ている状況がまさにそれにあたるだろう。
こうしたフラッシュバックの問題は、精神科の医師や心理カウンセラーなど、その道の専門家にもっと説明してもらう必要がある。

ただ、社会の暗黒面をあざとく、おどろおどろしく、中途半端にリアルに描く、これまでの野島伸司流のドラマの作り方が、果たして現在においてもそのまま放送することに問題はないのかなど、テレビ番組を制作する側も「心の傷への影響」を考えなければならない時代に入っていることは確かだ。

ドラマ「明日、ママがいない」の加害性や防止策の問題は、日本テレビだけの問題ではなく、テレビの制作のあり方全体にかかわってくる大きな課題といえる。

となると、日本テレビだけでなく、日本民間放送連盟やBPOなどテレビ業界全体でこうした影響を真剣に議論すべきだろう。

(2014年1月30日「Yahoo!個人」より転載)

Close
芦田愛菜さん写真集
/
シェア
ツイート
AD
この記事をシェア:
閉じる
現在のスライド

他のサイトの関連記事

明日、ママがいない|日本テレビ

高須クリニックが「明日、ママがいない」のスポンサーに名乗り - ねとらぼ

慈恵病院、「明日、ママがいない」への見解をサイトで公開

「明日、ママがいない」第3話の視聴率は15・0%