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ツール・ド・フランス2014 第7ステージ レースレポート「234.5km走って、最後はほんの数ミリの差」

2014年07月12日 17時46分 JST | 更新 2014年07月12日 17時46分 JST

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スタート地のあちこちから、シャンパンで乾杯する陽気な声が聞こえてきた。雨は上がった。ステージ序盤は寒さと風に悩まされたものの、ゴールが近づくにつれて気温は徐々に高まり、太陽も顔を出してきて……。観客や関係者たちは、ようやくツールらしい楽しげな雰囲気を満喫した。プロトン内の選手たちは、あいもかわらず、ストレスいっぱいの1日を過ごすことになる。

234.5kmのひどく長いステージだった。スタートから9km地点でアレクサンドル・ピショ、マシュー・ブッシュ、ニコラ・エデ、マルティン・エルミガー、バルトス・フザルスキー、アントニー・ドゥラプラスが抜け出したあと、しばらくプロトンは落ち着いてペダルを回した。あっさり4分半ほどのリードを与えた。

しかし、静かな時間を満喫できたのは、ほんの1時間ほど。キャノンデールが全員でトレインを組み、集団先頭で高速テンポを刻み始めたのだ!理由は、そろそろ、ペーター・サガンを勝たせたかったから。マイヨ・ヴェール争いは2位以下に80ポイントものリードをつけて、すでに安楽椅子に深々と座っている。リーズでの開幕ステージ以来、2位→4位→2位→4位→4位→5位と、全ステージでトップ5位以内に食い込んできた。しかし、区間勝利が、どうしても手に入らなかった。

今ステージには最終20kmに2つの峠が待ち構えていた。ピュアスプリンターは間違いなく生き残れない。すなわちサガンにとっては絶好のチャンスだった。「言ってみればここまで全てのステージが、ボク向けのステージだったけどね」。スタート直前、フランスTVのインタビューに答えたスロヴァキア人にとっては、ヴォージュ山岳3連戦突入前最後のチャンスでもあった。

2013年第7ステージにも、キャノンデールは100kmを超えるロングスプリント列車を走らせ、サガンに区間1勝をもたらしている。この日もまた、疲れ知らずのアシストたちは、長時間に渡ってメイン集団を引っ張り続けた。確実に前方の6人との距離を縮め、プロトン後方から邪魔者を少しずつ千切っていった。もちろん途中では中間ポイントを7pt懐に入れるのも忘れずに。最後まで粘ったマルティン・エルミガー、バルトス・フザルスキーは、ゴール前18kmできっちり回収した。

コントロールは順調に進んでいた。上りでトマ・ヴォクレールが飛び出すと、オメガファルマ・クイックステップやオリカ・グリーンエッジが、一緒になってアタック潰しに動いてくれた。下りでは「新人賞ジャージ代理」ミカル・クヴィアトコウスキーや、「プロトン一の下り巧者」ヴィンチェンツォ・ニーバリが、高速ダウンヒル合戦を繰り広げたこともあった。しかしゴール前5.5kmの4級峠上りで、再びキャノンデールが場を鎮めた。アシストたちの懸命の動きに、ここまで問題はなかった。

2つ目の4級峠てっぺん付近で、サガン本人が、フレフ・ヴァンアーヴェルマートと共に仕掛けた。ところが、下り始めた両者の間には、少々のためらいが見られた。

「このステージは当初から狙っていた。だからサガンが飛び出したとき、ボクもためらわずに行ったんだ」(ヴァンアーヴェルマート、ゴール後TVインタビューより)

「でも、後ろから集団が猛スピードで追いついてくるのが見えたから、スプリントを待つことにした」(サガン、チームリリースより)

ヴァンアーヴェルマートは、「たとえサガンと2人で逃げ切ったとしても、ゴールスプリントで破られるかもしれない」、という理由で全力を尽くせなかった。一方のサガンはおそらく、相手が協力してくれないなら、無駄にエネルギーを使わずに中集団スプリントのために力を温存したい……と考えたに違いない。だからゴール前1km。2人のクラシックハンターは、後方から追いついてきた40人ほどのライバルたちと合流した。

直後の90度カーブで発生した集団落車も、サガンはうまくすり抜けた。ラスト200mで地面に落ちた選手を横目に、タイミング良く加速を切った。アシストを全員使い切っていたから、28人の中集団スプリントには、当然1人で打って出た。先にダッシュを開始していた選手を追い上げて、ハンドルを投げて――。

「ボクが勝ったときは、みなさんは『ボクには簡単すぎた』とか言うんだよ。でも今日は、1位で終わることはすごく難しいことなんだ、ってことが改めて証明されたよね」(サガン、ゴール後ミックスゾーンインタビューより)

1990年生まれの若者に、そんな苦い教訓を与えたのは、同じく1990年生まれクヴィアトコウスキーから発射されたマッテオ・トレンティンだった。サガンよりほんの5ヶ月先に生まれたイタリア人は、フォトフィニッシュ(ゴールライン脇に設置されたカメラで選手通過を撮影、僅差の勝負時には判定材料として使われる)によれば数センチ、いや、ほんの数ミリ、サガンより先にフィニッシュラインに到達した。

「正直に言って、ゴール直後は自分が勝ったのかどうか、分からなかった。もしかしたら、ライン上でサガンに抜かれたかも、って考えた。無線では『ボクが勝った』って言っていたけれど……。あまりにも僅差だったから、勝利が確定するまで、喜びを表に出すことは出来なかった。そして、ボクが勝った。最高に嬉しいよ!」(トレンティン、公式記者会見より)

1年前にはロングエスケープで人生初めてのツール区間勝利を手にいれた。今年はメイン集団に勝ち残った上に、若手スターを破っての堂々たる勝利。初日にスプリントリーダーのマーク・カヴェンディッシュを落車で失いながらも、諦めずに連日区間優勝を必死に追い求めてきたオメガファルマ・クイックステップにとっては、第2ステージから3位→3位→7位→7位→4位とつなげてきて、ついに待望の1位!

「カヴが棄権したとき、チームメートたちは互いに誓い合った。この先も戦っていこう、って。毎日、最大限の努力を行った。平坦ステージでも、起伏ステージでも、石畳ステージでさえも、ボクらは常に前にいた。そして今日、あらゆる努力が報われた。自転車競技というのは、これだから美しいのさ。どんなことさえ起こりえるんだから」(トレンティン、公式記者会見より)

自転車競技というのは、一部の選手にとっては、むしろ厳しすぎるものだった。スタフ・クレメントは40km地点で落車し、即時リタイアを余儀なくされた。ゴール前16kmの上り途中では、ビーエムシーレーシングチームの総合リーダー、ティージェイ・ヴァンガーデレンが地面に転がり落ちた。途端に「チーム内はパニックに陥った」(ヴァンアーヴェルマート)。山岳アシスト役のダルウィン・アタプマが一緒に落車し、左大腿骨を骨折し即時リタイアに追い込まれたものだから、不安はいっそう増したに違いない。アシストたちが必死に牽引したが、総合有力選手がほぼ全員滑り込んだ先頭集団から、1分03秒の遅れを喫した。

ゴール前900mの90度カーブは、道幅が極めて狭く、集団落車発生はある意味「必然」だった。ゴール前200mでは、アンドリュー・タランスキーが激しくアスファルトに叩きつけられた。スプリントの最中だったけれど、不幸中の幸いで、他人を巻き込まぬ単独での落車だった。総合上位入りを目論むアメリカ人にとっては、「救済ルール」のおかげでタイム差ゼロなのも幸いだった。ただし、ゴール地のTVモニターでスローVTRを見つめながら、開催委員長クリスティアン・プリュドムが「タランスキーは頭がイカレテルのか!?」と怒りの雄叫びを上げたことを、ここに付け加えておこう。落車直前にあたりをキョロキョロみまわしたり、何度も後ろを振り向いたりした行動は、たしかに大いに非難された。

それ以外のマイヨ・ジョーヌ候補たちは、「簡単だったけど、少々厳しくもあった」(アルベルト・コンタドール、ゴール後TVインタビューより)ステージで、誰ひとりとして無駄にタイムを失うことはなかった。ヴィンチェンツォ・ニーバリは6枚目のマイヨ・ジョーヌに難なく袖を通した。

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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

(2014年7月12日「サイクルロードレースレポート」より転載)