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持続可能な社会に向けて~江戸時代からの学び、アジアから世界への貢献(上)

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世界中が追い求めている「持続可能で幸せな社会」はどうしたら実現するのでしょうか?

私はいま幸せ経済社会研究所という研究所を主宰し、この問いについていつも考えています。

その答えの試みの一つになりますが、「持続可能で幸せな社会はユートピアでも幻想でもなく、東洋にすでに存在している」――私は今そう考えています。東洋には、全世界に伝えるべき大事な知恵や価値観がある、と。

2月21日にシンガポールで行われたシステムダイナミクス学会のアジア太平洋地域会議で、このような思いや事例について講演させてもらいました。ご紹介します。

※記事は私が代表を務めるジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)のニュースレターから転載します
http://www.japanfs.org/ja/news/archives/news_id035760.html

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イメージ画像: Photo by EntretenimientoIV.


『持続可能な社会に向けて ~ 江戸時代からの学び、アジアから世界への貢献』


1.なぜ?

私の今日のお話のタイトルは、「Toward a Sustainable Society」です。これ自体、ヘンなタイトルだと思いませんか?

持続可能な社会に向けて、ということは、現在は持続可能な社会ではない、ということですよね。なぜ、気候変動や生物多様性の喪失、そのほかの環境問題が次々と出てきているのでしょうか?

そもそも地球は1コしかなく、基本的に「ほぼ閉鎖系」です。地球に入ってくるのは太陽からの光エネルギーのみ、出て行くのは宇宙への熱放射のみです。

雨が降れば、子どもであれば新しい水が宇宙からやってきたように思うでしょうけど、実際には閉鎖系・地球の中を形を変えながらぐるぐると回っているだけです。新しい水や物質が宇宙からやってきたり、または宇宙に出て行ったりということはありません。

私たちの暮らしや経済活動は、地球から何らかの資源やエネルギーを取りだして、モノやサービスを作り出し、消費し、その過程でまたは最終的にCO2や廃棄物を地球に戻す、というプロセスです。私たちの経済や暮らしからみれば、地球は「供給源」であり「吸収源」でもあります。

この地球上で、経済活動や暮らしを持続可能に行うためには何が必要なのでしょうか?

言うまでもなく、 地球が供給できる範囲で資源を取り出し、地球が吸収できる範囲で廃棄物を戻すことです。地球は有限ですから、供給できる量も吸収できる量にも限度があります。この「地球が支えられる量」を環境収容力(carrying capacity)と言います。

つまり、環境収容力の範囲内で経済活動や暮らしを営むしか、持続可能な社会を実現する方法はないのです。

2.成長の限界

ところが人類が誕生して以来ずっと、小さな人間に比べて自然・地球はどこまでも大きく、人間が何をやっても地球に影響が及ぶとは考えられませんでした。

そこであたかも限界などないかのように、人間は多くのものを地球から取り出し、多くのものを地球に戻すようになりました。科学技術の力が「人間ができること」を大きく拡大してきました。

その結果、現在では、エコロジカルフットプリントは1.6という数字になっています。つまり、現在の人間活動を支えるために必要な農地や森林などの面積を足し合わせると、実際の地球上の面積ではたりなくて、地球1.6コが必要になってしまっているということです。

地球温暖化も、「地球1個分」を超えたからこそ起きている現象です。地球には森林や海洋など、毎年ある量のCO2を吸収する力があります。その範囲内でCO2を出していればすべて吸収してくれますから、温暖化は起きません。

ところが、現在では地球の吸収量を遙かにこえる量のCO2を私たちが排出しているため、吸収しきれない分が大気中に蓄積され、温室効果ガスとなっているのです。

このような事実や知見が出されるようになり、Limits to Growthということが言われるようになりました。

ご存じのように、その先鞭をつけたのはSD学会の大先輩であるデニス・メドウズ、ドネラ・メドウズらがローマクラブの委託を受けてシミュレーションを行い、その結果を1972年に発表した「成長の限界」です。

IPATという式を聞いたことがありますか? Impact(環境負荷) = Population(人口) x Affluence(経済的豊かさ) x Technology(技術)です。

たとえば、CO2でいえば、CO2排出量 = 人口 × 一人当たりGDP × GDP当たりCO2排出量となります。ちなみに、世界の人口、一人当たりGDP、どちらもものすごい勢いで増えています。

これまでの考え方は、「人口・豊かさが増しても、技術力で、環境負荷を減らせばよい」というものでした。

特に豊かさの増大を抑えようとすることは、経済にマイナスの影響が大きいと考えられ、豊かさには手をつけずに、その分、技術力で総量を抑えればよい、という考え方だったのです。

さまざまな省エネ技術や再エネ技術などの技術革新が進められ、GDP当たりのCO2排出量を抑えようという技術が開発され、実用化されています。

そして、技術力のおかげで、確かにGDP当たりのCO2排出量は1990年以降、年率0.7%で改善しています。GDP当たりのCO2排出量を計算すると1990年には860グラムだったのが、2007年には760グラムに減っています。

しかし、人口と豊かさの伸びを打ち消すほどではないため、CO2排出量は増え続けているのです。

英国サリー大学のティム・ジャクソンが、これまでと同じように人口と一人当たりGDPが増えていくとしたら、その増加分を打ち消すには、どのくらいGDP当たりのCO2排出量を減らすことが必要かを計算しています。

その計算によると、2050年には40グラムに、つまり、2007年の20分の1ぐらいにしなくてはならないのです。これは可能なのでしょうか?

そして、2050年で経済成長が止まるわけではないとしたら、その先、さらに減らしていき、どこかでGDP当たりのCO2排出量はゼロからマイナスになる必要があります。つまり、GDPが増えれば増えるほど、大気中からCO2が減っていくということです。

いくら技術革新を信じていたとしても、果たして可能なのでしょうか?

そう考えると、技術革新は大いに進めながらも、これまで手をつけずにきた「豊かさ」について再考せざるを得ません。一人当たりGDPはどこまでも増え続ける必要はあるのでしょうか? つまり、経済成長は無限に続くべきものなのでしょうか?

そうではなく、地球の限界とすでにぶつかっている今、「あるところからは経済の大きさを拡大し続けない」定常経済に切り替えていくべきなのではないでしょうか。

大事なのは、一人当たりGDPで測られるような豊かさではなく、well-being、happinessではないでしょうか。つまり「限界の範囲内の幸せ(well-being within limits)」を追求すべきなのだと考えるのです。

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3.定常経済

かつて、経産省の方に定常経済の必要性について話したことがあります。彼は「経済は自転車のようなもので、こぎつづけるから回っていく。漕ぐのを止めたら自転車は倒れてしまう」と言いました。それは正しくありません。

前年と同じ規模の経済を回していくこと、つまり、自転車を決まった速度でこぎ続けていくのが定常経済であって、現在の成長経済は、つねに前年よりも成長しようとしていますから、自転車を加速し続けることに等しいのです。どちらが持続可能なのでしょうか?

定常経済というのは、経済の規模、より正確に言うと、経済活動に伴うスループットが一定であるということであって、動きのない死んだ経済ではありません。

そこでは活発な経済活動が繰り広げられ、新しく誕生する企業もあれば、廃れていく企業もあるでしょう。新商品が生まれ、流行が生まれることも現在と変わりません。ただ、そのスループット自体は地球が支えられる範囲内に保たれる、ということなのです。

経済成長のない経済のあり方は想像ができない、と思われますか? そんな経済では人々は不幸に決まっていると思われますか? 実は日本には過去に、まさしくこの定常経済を250年間にわたって営んでいた時代があります。江戸時代の日本にお連れしましょう。

4.江戸時代

江戸時代の日本は鎖国をしていましたから、海外からは何も輸入せず、すべてを国内のエネルギーや資源でまかなっていました。国内にあるモノは、何であっても貴重な資源でしたから、その回収としてリユースやリサイクルが行われていました。

JFSニュースレター No.7(2003年3月号)
日本の江戸時代は循環型社会だった

http://www.japanfs.org/ja/news/archives/news_id027225.html

5.江戸時代の経済

「経済」という言葉は、江戸時代では「経世済民」、つまりこの世を営むことで全ての人々を救済することでした。GDPの数字を上げることではなく、全ての人々が救われることが経済の目的だったのです。

そして、有限の範囲の中で物を最大限に生かしながら循環させ、使いきるのが人の能力として評価された時代だと江戸の専門家は言います。

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近江(現在の滋賀県)に本店を置き、江戸から明治にかけて日本各地で活躍した近江商人は「三方よし」、買い手よし、売り手よし、世間よし、という「三方よし」の精神を大事にしていました。

自らの利益のみを求めることなく、多くの人に喜ばれる商品を提供し続け、利益が貯まると無償で橋や学校を建てたりと、世間の為にも大いに貢献しました。そうして少しずつ信用を獲得していったのです。

今でこそ企業の社会的責任が叫ばれますが、三方よしとは「商いは自らの利益のみならず、買い手である顧客はもちろん、世の中にとっても良いものであるべきだ」という、CSR的な経営哲学です。

また、江戸時代の商家では、主人は40歳なり50歳なりの年齢になると隠居をしたそうです。今日の言葉でいえば、現役を退いて会長職に就くのです。

会長職に就くと、仏事に励み仏法を学んで、現役の経営者のときにはわからなかった企業の正しい在り方を見つめ、人生いかに生きるべきか、人間を超えた大いなるものから見た人間の姿はどうあるべきかを学び、問わず語りに現役の社長や社員に、その教えを伝えたといいます。

そして、社長や社員は、会長から仏教の教えを学んで、それを経営に活かしたのです。だから、短期的な利益だけを重視するような経営にはならなかった、持続可能な経営を行える仕組みになっていたとも言えるでしょう。

ところで、世界最古の会社はどこにあるかご存じですか?

日本です。西暦578年に設立された大阪の「金剛組」という建築会社です。寺や神社を建てつづけてきたこの会社は、創業、実に1400年です。

ほかにも、創業して1300年になろうかという北陸の旅館、1200年以上の京都の和菓子屋、同じく京都の1100以上の仏具店、千年を優に超える薬局などが日本にはあります。

大学の研究者たちによると、日本に創業100年以上の会社は10万以上と推定されています。ヨーロッパには家業経営歴200年以上の会社のみ加入を許される「エノキァン協会」という組織があります。

このエノキアン加盟社中、最古の企業が1369年設立ですが、これよりも古い店や会社が、日本には100社近くもあるのです。短期的な利益拡大に走っては、これだけ持続する経営はおこなえないでしょう。

6.逝きし世の面影

江戸時代の庶民はどのようなあり方だったのでしょうか。江戸時代の末期から明治時代の初期にかけて日本を訪れ、当時の日本を体験した欧米人の手記や書簡を掲載している本から抜き書きします。

「日本の庶民はなんと楽天的で心優しいのだろうか。なんと満足気に、身ぎれいにこの人たちは見えることだろう」

「これ以上幸せそうな人びとはどこを探しても見つからない。喋り笑いながら彼らは行く。人夫は担いだ荷のバランスをとりながら、鼻歌をうたいつつ進む。遠くでも近くでも、『おはよう』『おはようございます』とか、『さよなら、さよなら』というきれいな挨拶が空気をみたす。夜なら『おやすみなさい』という挨拶が。この小さい人びとが街頭でおたがいに交わす深いお辞儀は、優雅さと明白な善意を示していて魅力的だ。一介の人力車夫でさえ、知り合いと出会ったり、客と取りきめをしたりする時は、一流の行儀作法の先生みたいな様子で身をかがめる」

「住民が鍵もかけず、なんらの防犯策も講じずに、一日中家を空けて心配しないのは、彼らの正直さを如実に物語っている」

「私は全ての持ち物を、ささやかなお金を含めて、鍵も掛けずにおいていたが、一度たりとなくなったことはなかった」

英国公使ヒュー・フレイザーの妻メアリは、1890年の鎌倉の海浜で見た網漁の様子をこう書いています。

「美しい眺めです。――青色の綿布をよじって腰にまきつけた褐色の男たちが海中に立ち、銀色の魚がいっぱい踊る綱をのばしている。その後ろに夕日の海が、前には暮れなずむビロードの砂浜があるのです。さてこれからが、子供たちの収穫の時です。そして子供ばかりでなく、漁に出る男のいないあわれな後家も、息子をなくした老人たちも、漁師たちのまわりに集まり、彼らがくれるものを入れる小さな鉢や籠をさし出すのです。そして食用にふさわしくとも市場に出すほど良くない魚はすべて、この人たちの手に渡るのです。......物乞いの人に対してけっしてひどい言葉が言われないことは、見ていて良いものです。そしてその物乞いたちも、砂丘の灰色の雑草のごとく貧しいとはいえ、絶望や汚穢や不幸の様相はないのです」。

(つづくー)