ブラジルオリンピックによってジカ熱が世界に広がる可能性は極めて低い

日本でも厚労省や国の研究機関、大学を中心としてデータを積極的に収集・共有し、研究を盛り上げていくことが期待されています。

夏季オリンピック開催まであと2週間弱と迫った7月26日、イェール大学の研究者らは、オリンピックによってジカウイルスが世界中に広がるリスクをシミュレーションし論文に発表しました[1]。

著者のJoe Lewnardらは、オリンピックでブラジルを訪れる人のうちジカウイルスに感染するのは6〜80人だと予測し、ジカウイルスが世界中に蔓延する可能性は極めて低いだろうと主張しています。

今年の春、オタワ大学のAttaranらは、ジカ熱のリスクを考えて2016年夏季オリンピックを延期するか開催地を変更するべきだという声明を出しました[2]。これに対してブラジルは、オリンピック開催中に旅行者がジカ熱に感染する可能性は非常に低いと反論しました[3]。

デング熱やジカ熱を媒介する蚊が多い地域はオリンピックゲームが行われる場所から離れていること、2014年のブラジルワールドカップの際にデング熱を発症した旅行者はたった3人にとどまったことなどを理由に挙げています。こうした議論は観戦を楽しみにする人だけでなく、選手らも不安にしています。

しかしこれまでの議論は数理データに基づいていなかったため、著者らは旅行者がジカ熱に感染する確率や、感染者が他国にウイルスを持ち帰る確率を解析しました。これまでの疫学調査で得られたデータをもとにシミュレーションをすると、旅行者6,200〜56,300人中1人がジカウイルスに感染すると予測されました。

これはつまり、オリンピック期間中約35〜50万人がブラジルを訪問すると考えられているため、合計で6〜80人の旅行者がジカウイルスに感染するということになります。さらに、これらの感染者のうち全員が発症するわけではなく、1〜16人だけに症状が出るだろうと推測しています。

ウイルスが体内に残る期間を約10日間とすると、3〜37人が感染した状態で母国に帰る可能性があるそうです。これらの感染者が帰国後それぞれの国でウイルスを伝播してしまう確率を、著者らは「person-days」という指標を用いて説明しています。

例えば3人の感染者がリオから日本に帰ってきたとしましょう。それぞれの血中にウイルスが4日間存在していたとすると、「person-days」は合計3×4で12になります。一方ウイルスが3人の血中に1日ずつしか存在しなかった場合は3×1で3person-daysになります。

2014年のブラジルワールドカップのデータをもとに計算すると、北米、ヨーロッパ、オセアニア、日本、韓国、イスラエルなどの地域では合計14.9〜192.2 person-days、アフリカ各国では1.1〜14.5 person-daysと予測されました。

アフリカは感染症対策のレベルが高くないため、ジカ熱がこれらの地域に広がってしまった場合大きな被害をもたらすと警告されていましたが、著者らはこの「person-days」の結果をもとにアフリカ各国で感染が広がる確率は非常に低いと考えています。

これらのシミュレーションは、旅行客がブラジル人と同じくらいの確率で感染することを想定しています。しかし実際はこれだけジカ熱の被害が騒がれていることもあり、旅行者は網戸や蚊除けスプレーを使用してしっかり対策を取ると考えられるので、感染者数はこのシミュレーション結果より少なくなると思われます。

同日、イェール大学のチームはジカ熱関連の論文をもう一本発表しています[4]。ジカウイルスが流行している国の多くは女性に妊娠を遅らせるよう推奨していますが、その政策がどの程度の効果をもたらすのか推計したものです。

50%の人が政策に従って妊娠を9〜24か月遅らせた場合、胎児のジカウイルス感染者数は何もしなかった場合と比べて17〜44%減るという結果が得られたそうです。一方、6か月以下しか遅らせなかった場合は逆に2〜7%増加すると予測されました。これは妊娠を遅らせることで逆にアウトブレイクのピーク時に母親が感染することになり、胎児の感染リスクが上がるためだそうです。

数理モデルを用いた感染症動態解析は近年注目を浴びており、これらの論文もNY Timesやabc NEWSなど各国のメディアによってすぐにカバーされました。イギリス、アメリカ、オランダなどはこのような解析ができる研究者の育成に力を入れており、研究結果を政策決定に取り入れようとしています。

また、こういったシミュレーションに必要な疫学データを積極的に公開しシェアしていこうという動きがあります。日本でも厚労省や国の研究機関、大学を中心としてデータを積極的に収集・共有し、研究を盛り上げていくことが期待されています。

[1] Lewnard JA, Gonsalves G, Ko AI. Low Risk for International Zika Virus Spread due to the 2016 Olympics in Brazil. Ann Intern Med. Published online 26 July 2016 doi:10.7326/M16-1628

[2] Attaran A, Caplan A, Gaffney C, Igel L. Open letter to Dr. Margaret Chan, Director-General, WHO. Accessed at www.washingtonpost.com/news/to-your-health/wp-content/uploads/sites/26/2016/05/Zika-Olympics-Open-Letter-to-WHO-current2.pdf on 15 July 2016.

[3] Codec¸o C, Villela D, Gomes MF, Bastos L, Cruz O, Struchiner C, et al. Zika is not a reason for missing the Olympic Games in Rio de Janeiro: response to the open letter of Dr Attaran and colleagues to Dr Margaret Chan, Director - General, WHO, on the Zika threat to the Olympic and Paralympic Games. Mem Inst Oswaldo Cruz. 2016;111:414-5. [PMID: 27304097] doi:10.1590/0074-02760160003

[4] Ndeffo-Mbah ML, Parpia AS, Galvani AP. Mitigating Prenatal Zika Virus Infection in the Americas. Ann Intern Med. Published online 26 July 2016 doi:10.7326/M16-0919

(2016年7月28日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

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