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理事って研究者に向いている職業ですか?――STAP細胞事件から理研のガバナンスを考える。

2014年04月08日 20時27分 JST | 更新 2014年06月08日 18時12分 JST

3月14日4月1日に独立行政法人理化学研究所(以下「理研」)はSTAP細胞の論文捏造疑惑に関する記者会見を行った。

いずれの記者会見においても、野依理事長に加え理研の理事と幹部が、会場で発言し記者の質問に回答していた。これらの理事は基本的には研究者か元科学技術庁の役人かのどちらかである。また理事以外で記者会見の場に来ていた者は、調査委員会の弁護士を除けばいずれも研究者だ。

理研の代表である野依理事長が記者会見で、理研の考えについて会見・回答するのは当然と言えば当然だ。しかしこうしたマスコミ対応や危機管理は、本来研究者に適した職務と言えるだろうか?ましてノーベル賞まで受けた優秀な研究者を充てることが妥当なのだろうか?

ここではSTAP細胞や研究不正の有無については検討しない、理研のガバナンスとして理事の有り方をどうするべきかについて考えてみたい。

■ 研究者としての能力と理事としての能力は無関係

独立行政法人(以下「独法」)の理事は会社でいうところの取締役に相当し、独法の業務を遂行するためのマネジメントをすべき役職である。そうしたマネジメントの中には危機対応として、今回のようなマスコミへの記者会見も含まれる。

今回の野依理事長や各理事・幹部は、マスコミへの対応を比較的上手くこなしていたと言える。しかし今後もそのような理事・幹部が続くとは限らない。

まず研究者として誠実な対応をすることが、必ずしも国民の目には良く映らない可能性が有るという事に注意しなければならない。これはマスコミが報道を媒介する事も原因の一つであるが、科学的な証明や慎重さが必ずしも結論の明快さや迅速性を求める国民感情にマッチしないことが主因であろう。もちろん自分の金で研究をしているならば誰の文句も無視すればよいが、独法である理研にはそんな国民から集められた税金が投入されている。税金の投入により理研は「政治的」な側面を持ち、そのマネジメントにおいては間接的なスポンサーとしての国民への説明を果たす必要がある。

また逆に研究者の立場から考えてみれば、今回のような報道対応や吊し上げによって、本来の職務である研究が出来なくなってしまう、という事態を避けねばならない。

こうした事情からすると、理化学的な基礎研究の優秀な研究者であることと、税金を投入されている独法の理事であることは、相互に能力の関係性が無いと思われる。

■理事長を含む理事はマネジメントの専門家にしてはどうか

今回の記者会見を見ていて、現段階でSTAP細胞に関する理研のマネジメントの問題について、野依理事長に対し批判の矛先を向けてもあまり仕様が無いという印象を受けた。むしろ野依理事長は理研の良い側面である若手の登用を、残そうと努力している状況だ。そもそも野依理事長は元々優秀な研究者なのだから、マネジメントで傷をつけるような役職にする必要はなかったのではないか。

そこで理研の組織ガバナンスとして、マネジメントは今後専門の人間に任せてみてはどうだろうか。

その際には理事長を含む理事は、本来の意味で理事行為であるマネジメントの専門家のみにして、マネジメントに傾注させる。さらに進めて外資系企業の取締役的に外部の人間を原則2年の任期でどんどん交代させていく、というのも一つの考え方だと思う。短期的な任期は汚職体質を防ぐと同時に、その期間のマネジメントの責任が明確になる。

こうすることによって研究者は研究に傾注することができ、マネジメント部分で時間が奪われたり攻撃されたりすることが無くなる。また社会的な資産の運用としても、優秀な研究者をマネジメントで失わせるのは不合理である。

理事をマネジメントの専門家にすることは危機対応において良い効果を発揮する。すなわち危機対応において、時間のかかる「科学的な証明」と、迅速さが求められる「不正の糾弾」は、どうしてもバッティングしてしまう。科学的には確定的なことが言えない状況で、糾弾をいかにすべきかは難しい問題だ。この点マネジメントを行う理事が研究者で無ければ、一般社会的な判断に元づいて糾弾すべきと言える状況になったら、科学的には確定的な事が言えなくても処分を行えばよい。こうすることによって研究者は科学的な行動に徹底することができるし、のちに状況が覆った時でも責任を取るのはマネジメントを行う人間という、最初から責任をとる事の専門家という事になる。迅速な解決と研究者の保護が両立する。

■監事の活用

ガバナンスという点からは独法に設置することになっている役職の「監事」に、より実効的に活動してもらうということも考えられる。

監事は株式会社でいうところの監査役に類似し「独立行政法人の業務を監査」し「必要があると認めるときは、法人の長又は主務大臣に意見を提出することができる。」というなかなか強力な役職だ。

既に理研では実現しているが、監事はそれまで当該独法とは関係のない外部の人間で有るべきだ。職務内容が監査である以上内部の人間との慣れ合いが有るのは望ましくない。また理事長等と独法の訴訟においては元より監事が独法を代表すると法定されているが、研究員に対する訴訟を理事会が行わないような場合にも監事に判断を監査させ、訴訟を提起させるという事が考えられる。

今回のSTAP細胞でいえば、研究不正が認定された場合、理研は内規に従い研究費の返還請求をしなければならないのに、理事会が請求をしないような場合、監事は理事会を監査し大臣への意見提出を行うことによって、内規に従ったガバナンスを働かせることができる。

また外部の人間があえてこうした憎まれ役を引き受けることで、研究者間の人間関係が損なわれないようにすることができるという、研究者にとって良い側面もある。

■「理事=マネジメント権が有る≠偉い」の認識を普及させ名誉職は別にする。

企業であれば事業を行っている人間と、経営を行っている人間が別というのは当然であるし、経営側に至っては上部に社外の人間が短期で入ってくる事がガバナンスに資するという考え方すらある。

理研においても「理事」は単にマネジメントをする役職であり、別に偉いわけではなく、「2年くらいでどんどんと変わっていく外部の人間」程度の理解が浸透すれば良い。そうすれば研究者が理事を目指すという非効率的な構図から脱することができる。

これはある意味、肩書的な権威主義からの脱却ともいえる。

それでも象徴的な存在が必要なのであれば、名誉職やアドバイザーに就任してもらえば良く、責任まで負わせる必要はない。

現在「特定国立研究開発法人」の認定が議論され、さらなる税金の投入と予算のフリーハンドが理研に与えられようとしている中だからこそ、企業型のマネジメント体制を検討してみてはどうだろうか。

小保方晴子氏の記者会見画像集(2014年4月9日・大阪)

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