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物語からのインスピレーションを料理で表現!「ものがたり食堂」主宰、さわのめぐみさんのイタリア修行時代

2016年09月13日 23時25分 JST | 更新 2016年10月31日 16時35分 JST

こんにちは、KitchHike編集部のYUMIです。

KitchHikeでは、これまで外国人COOKを紹介するシリーズを公開していますが、今回は人気の日本人COOKをご紹介!独自の感性をフルに使い、素敵な世界観の料理でお客さんをもてなすCOOK、さわのめぐみさんにお話を伺いました。

只今、ちょうどランチの時間!ということで、図々しくもめぐみさんの手料理をいただいてしまいました。お腹を満たして、早速インタビュースタートです!

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キッチンにいる時のめぐみさん。真剣な表情が伝わってきます。

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この日のランチは、「ペンネのアラビアータ」!小さいキッチンでもテキパキ大人数分をさばく様はさすがです。

めぐみさんは日本のレストランで経験を積んだ後、イタリアで2年間修行し、現在はKitchHikeの活動、出張料理やレシピ本の料理のスタイリング、「ものがたり食堂」という食事会を定期開催しています。

味はもちろん、彼女の世界観に魅了されたファンが続出。

ものがたり食堂はなんと開催告知後3分で満席になってしまったこともあるそうです (!) そんな魅力的な料理を作られるめぐみさんってどんな人? 彼女のいままでとこれからについて話を聞いてきました!

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ものがたり食堂の一枚。見た目にもおいしい!

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テーブルコーディネートも大切なんです。毎回、構成や色味まで事前にイメージを膨らますそう。

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物語のテーマによって、食卓の印象が毎回変わります。

■もともと料理の道に進むつもりはなかった。

- KitchHikeマガジン編集部 (以下、太字)

今日はよろしくお願いします。さわのさんのお料理のファンが後を絶たないとお伺いしていますが、幼い頃から料理人志望だったのですか?

- さわのめぐみさん(以下、敬省略)

いいえ、実はまったく (笑)。

私は料理一家に生まれたんです。両親は食堂を営業していて、10歳以上離れた兄は、私が物心ついたときからプロ料理人として腕を振るっていました。だからそれに反発するっていうわけではないですけど、あえて料理の道を選ばないつもりでいました。

高校生の頃、雑誌の美容ページのカットモデルをしていたこともあったので、実は美容師を目指して高校卒業後は専門学校に入学したんです。すごくキラキラした世界に憧れを抱いていました。

え!最初は美容師さんを目指していたんですね!

- めぐみ

はい、でも、両親には申し訳ないんですが学校は半年で辞めてしまいました。実際に通ってみて自分にまったく合わないって思ったんです。

カットを通して、ひとつの作品を作り上げるっていう感覚は好きだったんですけど、どうしても自分が美容師として将来活動しているのが想像できなかったんです。それからカフェでバイトを始めました。

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調理中は真剣な表情でしたが、インタビュー中はとてもほんわかな雰囲気の素敵なお姉さんでした!

へー!どうしてカフェを選んだんですか?

- めぐみ

当時、カフェって言葉が流行っていて。自分もお客さんとしてよく利用してましたし。その時から親元を離れて暮らすようになって、初めて自炊をしたんです。

今じゃ信じられないけれど、お米の炊き方や、味噌汁の作り方すら分からなかったんです (笑)。

料理一家に生まれ育ったから、何もしなくてもおいしいご飯が常に食べることができる環境にいたんで本当に何も知らなかったんですよね。

両親に電話して教わったり、バイト先で調理したりして少しずつ慣れていきました。

カフェは長く勤めていたんですか?

- めぐみ

実はそんなこともないんです。お金が貯まったら1人で海外にふらっと旅行に行くこともありましたし、働いているうちにいわゆる「カフェごはん」に違和感を覚えるようになったんです。

例えば、ハンバーグ丼があるじゃないですか。そのハンバーグ丼のハンバーグはカフェのキッチンで手作りされていないんです。すでにできあがったハンバーグが本社から送られてきて、すでに味付けされたソースで和えて、ご飯の上に乗っけるだけ。

これって料理とは呼べないのではないかって思ったんです。口にするものすべてが手作りとは限らない。

実家の食堂ではマヨネーズとかも自家製なので、今まで自分が食べてきた良品の手料理との違いが本当に衝撃的でした。世の中の料理事情がだんだんわかってきて。それで、23歳の頃勤めていたカフェをやめて、本格的にレストランで働くことを決意しました。

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実家の食堂のお話をする時は、ちょっと恥ずかしそうでしたが、とても嬉しそうでもありました。

めぐみさんにとって、カフェ飯と食堂の手料理のギャップは大きかったでしょうね。そのレストランはどうやって探したんですか?

- めぐみ

本当に偶然で。用事で出かけた先でたまたま立ち寄ったレストランなんです。

イタリアンレストランだったんですけど、本当においしくて。ここで働きたいって直感的に思って、その場で頼み込んだんです (笑)。そこで出会ったシェフには本当に良くしてもらいました。

最初私はキッチンで働くことを希望していたんですが、ホールで働き始めるようにシェフからは言われました。正直、ホールで働くことに対して不満に思うこともありました。サービス以上に作る側に自分はすごく興味があったし、熱意も強かったので。

でも、ホールで働いたことで、客席の様子を伺えることができるようになったし、ワインの知識も身につきました。今では、どうしてシェフが最初、私を厨房に入れずにホールを任せたのかが分かります。

レストランの厨房に立たせてもらうまでに、ホールで経験を積まれていたんですね。

- めぐみ

はい。レストランは、料理を作る人だけでは成り立たないんだなって実感しました。ホールも厨房のスタッフもみんなプロ意識を持って働いていました。

しばらくして、厨房に立たせてもらえるようになってから自分でも料理について調べるようになりました。そしたら、イタリア語にも興味が湧いてきたんです。

案外、日本で生活をしているなかでもイタリア語ってそこらじゅうに溢れているんだなって思ったらすごく面白くて!

イタリアについて知れば知るほど、厨房で経験を積ませてもらえばもらうほど、イタリアに実際に行ってみたいという気持ちが強くなり、留学を決意しました。

■心を躍らせてイタリアへ!お城にあるレストランで修行を始めたけれど......

イタリアにはどれくらい滞在したんですか?

- めぐみ

2年間です。ベネトとフィレンツェに滞在しました。料理の修行と語学習得のために、住み込みで働きました。最初のベネトでは、古城を利用したホテルのレストランで働いていたんですよ。

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圧巻のお城!こんなところで働くなんて!まさに夢のようなお話ですね。

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レストランの内装も雰囲気たっぷり。お伽話に紛れ込んだような気になってきますね。

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当時、一緒に働いていたシェフ。厨房が一番、言葉の勉強になったそうです。

すごいスケールですね!優秀な料理人さんが多くて、刺激的な時間だったんじゃないんですか?

- めぐみ

実はそうでもないんです。今だからいえる話ですけど、そのレストランは冷凍食品をお客様に出していました。そこで働いている人たちのほとんどは料理人であることに対して誇りを持っていなかったんです。

むしろ、お金を稼ぐためのツールとしか料理を考えていなかった。多少盛り付けが雑でもまったく気にかけないんです。日本で働いていたレストランでは考えられないことだらけでした。期待が大きかった分、本当に失望してしまいましたね。

それは驚き!さすがにお城のお部屋は豪華だったんじゃないですか?

- めぐみ

それがまったく!住み込みの職員が泊まる部屋は、お客様が泊まる場所とは離れているので、質は違ったんです。

ちなみに私は囚人の部屋に割り振られていました。つまり元牢屋です (笑)。逃げ出せないように天井が高くて、上の方に窓があるっていう。

あまりにも壁が分厚すぎてWi-Fiが通らないんです。インターネットに接続するために、わざわざ外に行かなきゃ行けない生活をしていました。ほぼ毎日、職場と部屋の行き帰りでは処刑所や牢屋の前を通るんです。帰りたい!って心の底から思ってました (笑)。

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どんな状況になってもあきらめない。描いたイメージを形にしていくめぐみさん。

なんと!そこであきらめなかった理由は何かあったんですか?

- めぐみ

修行で日本を離れたくせに数ヶ月で帰国するのはさすがにないなと (笑)。そのレストランとは、契約が切れるまでの3ヶ月間、語学力をのばすことに集中して乗り切りましたね。

■心機一転フィレンツェの小さなレストランで修行再開

フィレンツェのお店はどうやって見つけたのですか?

- めぐみ

自力です。Webサイトで偶然「料理人募集中!」っていうページを見つけたんです。しかも、'日本人ウェルカム'って書いてあって。

日本人の料理人は几帳面で丁寧で仕上がりがきれいっていう定評があるらしくて、実際に他にも日本人の料理人の募集ページが何件か見つかりました。

フィレンツェは肉食の町で、革製品なんかでも有名なのですが、私が選んだお店はベジタリアンのレストランでした。シェフは女性で年齢はお母さんと同じくらい。

実際に'マンマ'(イタリア語で言うお母さん) って呼んでいたし (笑) 夫婦で経営している地域に根ざされたこじんまりした小さなお店でした。

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家庭的なレストランのオーナーシェフ夫妻。映画のようですね!

良かったですね!フィレンツェではどんな生活をしていたんですか?

- めぐみ

レストランの近くのシェアハウスに住んでいました。いろんな国のシェアメイトと料理を一緒に作ったりもして。レストランでは日本とは違う料理の過程が楽しめて勉強になったと思います。

でも、実はマンマはあんまり料理が得意ではなかったんです (笑)。ただ、採れたての新鮮な野菜を使った料理は作っていて本当に楽しかったし、その夫婦が私は本当に大好き!

さらに、ベネトのお城や、日本のレストランとは違って、厨房とお客さんとの距離感がすごく近くて。それが本当に新鮮だった。実際に自分が作った料理の感想を、目の前にいるお客さんから直接聞けるのってやっぱり嬉しいですよね。毎日が本当に楽しかったし、充実していました。

実際に現地に住んで働くことで辛かったことは何?

- めぐみ

自分の料理の腕前もそうだけど、やっぱり語学の壁が大きかったですかね。働いているとき、マンマからよくいろんなことを指摘されたんですよ。

だけど、私にはそれを言い返せるだけの語学力は無かった。だから本当に本当に悔しかった。マンマもそれを分かった上で指摘していました。

マンマの姿勢は私をプロの料理人として認めてくれていたからこそのことだし、語学力がなくてもコミュニケーションは取れなくはないけど、やっぱり語学の大切さを実感しました。

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マンマが厳しくて、時には涙を流すことも。今ではいい思い出だそうです。

どうして日本に帰ることを決意したんですか?

- めぐみ

イタリアでワーキングビザを発行してもらって、滞在することもできたんですけど、限界を感じたんです。他のレストランに足を運んだとき、このまま今働いているお店にい続けることに疑問を感じ始めました。あまりにも居心地が良過ぎたんです。

ずっとここに滞在することで、自分の成長が止まってしまうのではないかと思って、一旦、帰国することを決めました。帰国してしばらくたった今、ちょっとイタリアが恋しい気持ちもやっぱりあります。だけど、帰ってきたことに後悔はしていません。

■レストランに所属しないで料理をふるまう

日本に帰国してからすぐに今のような活動を始めたの?

- めぐみ

いいえ!実は帰国した後、ワインバルの厨房で1年間ほど働いていました。

でも、働いていくうちに日本の飲食業界に疑問が湧いてきたんです。日本のレストランてほとんどが'イタリアン'とか'フレンチ'とか'創作和食'とか、カテゴライズされているじゃないですか。検索エンジンにかけたとき、そのほうが確かに見つけやすいかもしれない。