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勤務医の過重労働:酷使される勤務医の実態と、その解消策

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近年、ブラック企業が大きな問題となっています。ブラック企業は、1991年のバブル崩壊以降、コスト削減を至上命題として末端従業員に劣悪な労働環境での勤務を強いる企業のことを指します。

実は、医療業界にも、劣悪な労働環境での勤務を強いられている末端労働者が存在します。それは誰でしょうか。

それは病院に勤務する医師であり、過労死寸前まで酷使されている労働者は勤務医なのです。といわれても、「医師は高給取りで、外車を乗り回す勝ち組ではないのか?」と怪訝に思われる方が大半だと思います。本稿では、ブラック企業に酷使されている末端従業員にも似た、勤務医の過重労働について述べます。

1) 勤務医過重労働のもと成立している日本医療

なぜ勤務医は過労死寸前まで酷使されている労働者であるといえるのでしょうか。ブラック企業の定義は、長時間労働・過重労働とされています。では、ここで勤務医の労働時間をお示ししましょう。2006年の国立保健医療科学院タイムスタディの調査結果です。タイムスタディは、アンケート調査と異なり労働時間が厳密に測定されており、信頼度の高い調査とされています。

図1 勤務医の労働時間(2006年国立保健医療科学院タイムスタディの調査結果より著者作成)

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法定労働時間は週40時間であり、残業が週20時間=月80時間を超えると過労死認定基準に達するとみなされています。男性勤務医はほぼ全年代で、女性勤務医も50歳前まで過労死認定基準に達していることがおわかりいただけると思います。

勤務医の世界では過労死水準労働が当然のこととみなされています。勤務医が夜間の当直業務をこなしたあと、翌日も通常の勤務を行う、連続36時間の勤務は日常茶飯事です。

また労働時間には、年齢別・性別で大きな差が生じています。男性勤務医の平均労働時間は20歳代後半で85時間、60歳代で48時間です。若年男性医師が長時間労働を強いられていることがおわかりいただけると思います。また女性医師は、同僚男性よりも勤務時間が短く、20歳代後半で男性85時間に対して78時間、60歳代で男性48時間に対して40時間となっています。今後、女性医師・高齢医師の就労支援には、過重労働の見直しが必須だと考えられます。特に、結婚・出産・育児世代にあたる女性医師の就労支援は重要です。

過労死水準労働の原因ですが、交替勤務を前提とした医師数が雇用されていないため、交替で休みをとることが不可能であること、過労死水準労働が長年慣例化していることが理由です。

勤務医の過重労働による極度の疲労・突然死・自殺は大きな問題です。研修医に限っても、1998年の研修医の過労死、2000年の研修医の自殺、新臨床研修開始後(後述)も2006年に研修医の自殺が問題となっています。医療安全と医師の健康から、労働時間を制限することが重要であり、欧州・米国では若手医師の労働時間は制限されています。

以下は医師労働時間の国際比較です。欧州に比べ、日本が突出していることがおわかりいただけると思います。EUでは、週労働時間が48時間以内に制限されているため、おおむね労働時間が週50時間前後に抑えられています。

図2 医師労働時間国際比較(2006年OECD data、2006年国立保健医療科学院タイムスタディの調査結果より著者作成)

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勤務医の世界では過労死水準労働が日常茶飯事であり、大きな問題であることがお分かりいただけたと思います。では、どうすれば改善されるのでしょうか。

慣例化した医師の過重労働の改善方法の一つは、医師数の増員です。実は日本の医師養成数(医学部定員)は過去4年で1366名増員されてきました。

図3 医師養成数は、過去4年で1366名増(厚生労働省・文部科学省、地域の医師確保対策2012より引用)

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これにより、医師数は充足するとの将来予測があります。しかしながらこの医師数の将来予測には、大きな問題があります。それが医師の過重労働です。医師数が充足するとの将来予測は、医師が現状の過労死水準労働を将来も継続するという前提のもと行われており、過労死水準労働の改善については検討されていません。

医師数の増員により医師数が充足するかどうかは、将来、医師数が年齢別・性別でどう変化するかをシミュレーションし、さらに図1の年齢別・性別の医師労働時間の重み付けを行った上で、予測する必要があるのです。
さらに、将来も医師の過労死水準労働が継続するかどうかについても検討する必要があります。

2) 医師増員で過重労働は改善するか?:医師総労働時間のシミュレーション予測

近い将来、日本の医師数は年齢別・性別でどう変化するのでしょうか。われわれは未曾有の高齢化がピークを迎える2035年の日本医療の将来像を予測するために、人口数・死亡数・医師数について都道府県別にシミュレーションを行い、その内容を昨年度末「PLoS ONE」誌に発表しました。

医師数の年代別、男女別のシミュレーション予測のデータをお示しします。

図4 医師数年代別、男女別の予測

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ここで特筆すべきは、高齢医師の増加、女性医師の増加です。日本の総医師数は、2010年の27.1万人から2035年には39.7万人に46%増加しますが、60歳以下の医師数は 21.6万人から25.5万人の18%増加にとどまり、60歳以上の医師数は5.5万人(医師全体の20%)から14.1万人(同36%)へと155%増加となります。女性医師数は 2010年の4.9万人から2035年には10.0万人へ103%増加となります。女性医師の割合は、2010年の15%から2035年には 27%に達すると予測されます。医師数は増加しますが、高齢医師の増加分が極めて大きく、医師増員の効果は限定的であることが示唆されるのです。

高齢医師・女性医師が増加した場合、医師の実働数はどれだけ増えるのでしょうか。この供給を予測するために、我々は医師の総労働時間をシミュレーション予測しました。図1で示しましたように、高齢医師・女性医師は男性若手医師ほど過重労働ができないため、労働時間に年代別・性別に重み付けを行いました。

まず、労働時間を全く制限しない場合の、医師総労働時間の推移です。総労働時間は2010年の17690527時間から2035年には23216692時間へ31%増加しますが、男性若手医師(24-59歳)の総労働時間はほとんど増加しておらず、医師の総労働時間増加分は高齢医師・女性医師の労働時間上乗せ分であることがおわかりいただけると思います。この総労働時間の増加率では、医師交替制を導入することは不可能です。

図5 労働時間制限なし 医師総労働時間

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図5のシミュレーションは、図1のように、女性医師・高齢医師が今と同じで過労死水準なみに働く前提で行っています。

今後増加する女性医師・高齢医師が、今と同じ過労死水準なみに将来も働くことは、非現実的な仮定であるため、我々は労働時間を制限した場合のシミュレーションを行いました。

労働時間を週60時間、過労死水準ぎりぎりに制限した場合の総労働時間です(図6)。総労働時間は2010年の15372241時間から2035年には20568417時間へ34%増加します。2035年時点では、労働時間を制限しないシミュレーションと比較すると総労働時間は89%(つまり、11%減少)となります。

図6 労働時間週60時間 医師総労働時間

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最後に、EUなみに労働時間を週48時間に制限した場合のデータをお示しします(図7)。総労働時間は2010年の12189512時間から2035年には16605246時間へ36%増加します。2035年時点では、労働時間を制限しないシミュレーションと比較すると総労働時間は72%(つまり、28%減少)となります。

この週48時間の労働時間制限のシミュレーションでは、2035年における医師総労働時間は、医師数が激増するにもかかわらず、2010年の労働制限なしの総労働時間に遠く及びません。

図7 労働時間週48時間 医師総労働時間

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総労働時間を、労働時間制限なし、週60時間制限、週48時間制限と3つの場合でシミュレーションしたデータを図で示します。医師の過重労働を改善しようとした場合、現在の総労働時間に遠く及ばないことがお分かりいただけると思います。

図8 労働時間制限別の総労働時間経年推移

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今後高齢化に伴い、ますます医療需要は増加すると予想されます。その一例が死亡者数の激増です。2030年までに死亡者数は2010年の119.4万人から2040年には166.9万人に増加すると予測されています(日本の将来推計人口、平成24年1月推計、出生中位死亡中位推計)。総死亡者数を医療需要増加とみなし、医師総労働時間増加と比較した図が図9です。医師の総労働時間増加が、医療需要増加に全く追いついていないのがおわかりいただけると思います。

図9 総労働時間と総死亡者数の経年推移

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3) 勤務医過重労働の解消策とは

国家予算に占める日本の医療費は、国際的にみて低水準であり、少ない支出で高い医療水準を保つ日本の医療は理想的であると考えられてきました。しかしながら、日本の高水準医療は、医師の過重労働という犠牲の上に成立している砂上の楼閣です。ブラック企業の高利益は、酷使される労働者の犠牲のもと、維持されているのと全く同じ構造だといえます。

我々の総労働時間シミュレーションから、今後医師数が増加しても、総労働時間の増加は高齢医師・女性医師の増加分に相当し、医師の交替制を敷くことは不可能であり、仮に医師の過重労働を改善した場合には、総労働時間は全く増加せず現在の総労働時間にも遠くおよばないことがお分かりいただけたと思います。

アベノミクスの第3の矢は成長戦略で、女性の活躍を促すことが謳われています。繰り返しますが、女性医師数は 2010年の4.9万人から2035年には10.0万人へ103%増加し、女性医師の割合は、2010年の15%から2035年には 27%に達します。妊娠・出産世代の女性医師を就労支援し総労働時間を増加させるためには、過重労働の改善が不可欠です。

もう一つ、今後医師数が増加しても、総労働時間が増加しないことに影響するのが新臨床研修制度の開始です。2003年から新臨床研修制度が開始され、医学部を卒業した新卒医師は医局に属さず、2年間の複数科の初期臨床研修が義務付けられました。これにより新卒医師は研修の過程で診療科の実態を把握してからの専門選択ができるようになり、過重労働の多い、ハイリスク診療科が敬遠・忌避される傾向が強まりました。
かつて新卒医師は大学医局に入局後その支配下におかれ、大学病院で研修しその後地方の関連病院等に派遣されていましたが、2003年度以降に新臨床研修制度発足以降、そのような縛りがなくなり、過重労働をよしとしない傾向があります。

医師の地域偏在・診療科偏在が叫ばれていますが、問題は偏在ではなく、医師数の絶対的不足と、過労死水準労働の慣例化です。医師の過重労働の改善のためには、大幅な医師増員、交替制を敷くしかないと筆者は考えます。

日本の平均寿命は2009年に男性77.1歳、女性84.4歳であり、世界最高水準ですが、日本は2035年に、人類史上前例のない高齢化社会を迎えると予測されています。高齢多死社会を迎える日本で、医師数の絶対的不足は、致命的な問題であり、早急な対処が必要です。

同じ医療従事者の看護師ではどうでしょうか。看護師の場合、2交替制・3交替制がとられ、交替制のもと労働時間は制限されています。それにもかかわらず過剰労働は大きな問題となっており、長時間労働・看護師定員不足・時間外勤務手当の不払いなどにより看護師の離職率は約10%にのぼります。看護師の過重労働改善のために、看護師増員、労働環境改善などの取り組みが行われています。

医師の当直時間外労働は、多くの場合時間外労働とはカウントされず、報酬も支払われないのが慣習とされてきましたが、今年の2月、画期的な判決が最高裁判所で出ました。2013年2月12日、産科医2人が当直勤務の時間外割増賃金などの支払いを求めた訴訟の上告審で、最高裁は上告を退け、当直を時間外労働と認めたのです。

病院に勤務する医師、勤務医は過労死水準まで酷使されています。未曾有の高齢化を迎える日本では、医師増員にもかかわらず、医師の絶対的不足が継続し、医師の過労死水準労働に頼った医療制度は崩壊すると予測されます。

継続可能な医療制度の構築について、国民的な議論を行うべきだと思います。