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金正恩はなぜ金日成の真似を続けているか

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=====声まで祖父そっくりを演じる

金日成政権をそのまま受け継いだ金正日は、一度も人民の前で新年の辞を肉声で発表したことがない。金正日が人民の前で発した言葉は、北朝鮮創建記念日の軍事パレードの際に叫んだ「英雄的朝鮮人民軍将兵諸君に栄光あれ!」が唯一だった。

それにひきかえ、金正恩は毎年新年を迎えて北朝鮮住民と世界に向けて肉声で新年の辞を発表している。それも、祖父の金日成そっくりの姿で。

今年も金正恩は人民服の代わりにスーツを着込んで黒縁メガネをかけて登場、嗄れ声で新年の辞を語った。一部の人は、金正恩が新年の辞の暗唱を練習しすぎて声が嗄れてしまったと言うが、それは違うと思う。北朝鮮で権力トップの金正恩だ。原稿をそのまま読み上げればいいことをなんで暗唱までするのか。

金正恩の嗄れ声は、金日成を墓から連れてきたかのように金日成の在りし日のおもかげをそのまま再現しようとする、金正恩偶像化作業の結果である。金日成の声はしゃがれただみ声である。

一時期北朝鮮では、金日成の書体や発声、しゃべり方の真似が流行ったことがある。金正恩の嗄れ声の演出は、金日成式の発声とスピーチ・スタイルの真似で、金正恩偶像化作業の延長線だと見た方が正しい。

金正日は権力争奪のために金日成を生き神としてあがめるほか、封建王朝に匹敵する唯一支配体制の論理である「首領論」と首領権力の世襲を正当化する「後継者論」を創って自分の権力の安定させ、またその権力を息子の正恩に継がせた。

金正日は、金日成が死んでからは「永世復活論」を唱えながら自らを「金日成に忠誠する忠臣、孝心の厚い孝行息子」に美化し、金日成の神格化で自分自身を「神の息子」かのように宣伝することで権力を強固にする戦略を使った。その一環として金日成の遺体をミイラにして太陽宮殿に保管しながら、遺体を通っての政治、つまり金日成遺訓による政治をした。

金正日の権力を世襲した金正恩は、登場する時から金日成の青年時代の言動を真似て金日成の独立初期と戦争時期のファッションを再現するなど、金日成酷似作戦で自分が「白頭血統」であるかのように見せかけている。

「白頭血統」とは一言で言えば、白頭山の精気を譲り受けた血統という意味である。金日成が日帝に対抗して独立闘争の日々を送っていた時期、妻の金正淑が白頭山にある秘密の野営部隊で金正日を産んだというのが白頭血統の由来と言えば由来である。

第1世代の神としてあがめられる金日成が出生地を考えたら「白頭血統」ではなく、「万景台血統」の方が正しい表現であろうが、北朝鮮政権は金日成の独立闘争の経歴を誇張するために「白頭血統」を主張する。金正日が実際に生まれた場所も白頭山の野営部隊じゃなくロシアのハバロフスクだが、これもまた金日成の独立闘争の業績を膨らませると同時に金正日の世襲名分をつくるために出生地ロンダリングをしたのである。


=====金正恩は「ハバロフスク・富士山ちゃんぽん血統」

金正恩はどうか。

金正恩も白頭血統とは全く関係がない。ハバロフスク生まれの金正日と在日コリアン出身のコ・ヨンヒとの不適切な内縁関係の間で生まれた非正統血統なのだ。あえて言うなら「ハバロフスク・富士山ちゃんぽん血統」の方が正確な表現であろう。

金正恩は金正日が急に死ぬまではこれといった業績もなくて北朝鮮住民に存在感もなかった。なのに血統まで「富士山系」となったら絶対に最高指導者の座には行けないので、金正恩も祖父の独立闘争の経歴と認知度に寄生しようと執権前からずっと「白頭血統」であると主張をしてきた。

正統性も資質も業績も全くない状態で急きょ政権を受け付いだ金正恩が、それを維持するためにどれほど必死なのかは、金日成の真似と金日成に対する郷愁を利用する政治パターンから覗える。

北朝鮮住民の中に「金日成時代には豊かではなかったが、それにしても配給もあってせめてトウモロコシは食べられた」と漠然とした郷愁を抱いている人は結構いる。それに比べて金正日の時代については最悪の「苦難の行軍」と飢え、寒さ、貧乏、恐怖ばかりを覚えている人が多いので、金正恩としては仕方なく金日成の真似をよりうまく、より頻繁に披露するために頑張っているのだろう。

だからか、今年の新年の辞には金日成式の「人民的事業」と共に、金日成の「高邁な徳性」を真似るために「自分の能力不足」を打ち明ける告白まで登場した。しかし、これは金正恩が本当に自分の能力不足を認めるというより、能力不足を打ち明けることで金日成がそうしたように「人民的人柄」を演じたものに見える。


=====金正恩、偶像化に拍車かけるか

最近の金正恩の金日成真似を見ていると、金正日の誕生日である1月8日が民族最大の祝日に指定される日が遠くないという予感がする。

今までは、金日成と金正日の神格化に比べれば本人の偶像化にはそれほど全力を注がないように見えたが、先日金正恩の誕生日を数日前に「朝鮮中央テレビ」が金正恩を「最高領導者」と表現するなど、偶像化作業をそろそろ本格化しているようである。そうなると、偶像化の根幹となる「白頭血統」に関する捏造もますます強まるのではないかと予想される。

(※今年の1月8日に祝日制定を公表するとの見込みが強かったが、在日コリアン出身の母親の問題をまだ解決できておらず、今年は不発したという分析もある)

しかし、不思議なのは、今年の新年の辞で金正恩が金日成そっくりを演じていながらも「白頭血統」に関する言葉を一切言わなかったところである。北朝鮮現地の消息筋さえ予想できなかったと戸惑いを隠せないそうだ。私が考えるには、金正恩自身も白頭血統がでっち上げられたことを北朝鮮住民たちも既に分かっていて、これで自分の権力を正当化することはもう難しいということを認めたからではないか。

その故に血統は捨てて、北朝鮮住民が相対的に評価していて郷愁を抱いている金日成のイメージを演じることで、住民の支持を得ようとする作戦ではないかと思う。どのみちでも、中身がないことには変わりがないが...

金正恩偶像化において、さらに血統の捏造に拍車をかけるか、方向を転換するか、今後を注目したい。

もう一度強調したいが、北朝鮮は「白頭血統」という表現で金氏3代の世襲政権を美化しているが、金日成、金正日、金正恩みな白頭山とは関係がなく、白頭山神話は捏造されたものである。

つまり、政権の基盤が歴史のでっち上げにあるのだ。はっきり言って、現代社会で「血統」という封建的な概念は、指導者の要件としてそれほど重要ではないかもしれない。とりわけ、今の北朝鮮住民にとっては、お腹をいっぱいにしてくれて温かい場所で気楽に暮らせるようにしてくれて人間として不当な待遇をされないように守ってくれる指導者なら、白頭血統じゃなくても歓迎されるはずだ。

それにもかかわらず、金正恩は自分の留学時代の空白をウソの資料で埋めて家系の偶像化と礼賛宣伝にこだわってきた。なぜなら、血統の捏造でもしないと指導者として堂々と自慢するところがなかったからだ。

今年の新年の辞の特徴から、今後金正恩が「白頭血統」をあきらめて新しい作戦に転じるかが注目されるが、肝心なのは、血統でも、おじいさんそっくりでもなく、指導者として自分を成長させることであることを分かってほしい。

イ・エラン 韓国・自由統一文化院 院長、1997年脱北