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トップアスリートが瞑想をする5つの理由

2015年10月29日 01時21分 JST | 更新 2016年10月26日 18時12分 JST

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長期間にわたってスポーツ界でトップランクを維持し続けるアスリートたちの多くが、瞑想またはそれに近しい鍛錬を習慣にしている。これは近年シリコンバレーから世界へと広がっている、トップビジネスパーソンのマインドフルネスとも共通するものだ。

現在テニスの世界ランキング一位、ジョコビッチ選手が大切にするマインドフルネスとは、「現在ある考えをあるがままに客観的に、善悪の判断をせずに受け入れた状態」。

どうやら私たちがビジネスリーダー向けにお伝えしているマインドフルネスと、基本的に同じことを言っているようだ。

初めて聞く方には漠然としていると思うので、もう少し説明を加えよう。

「過去や未来に意識を奪われることなく、ただ単に、あるがままのいまの状態、たとえば自分の身体にどんな反応が起きているか、感情や思考はどうか、他者との関係性や場の雰囲気はどうなっているかなど、この瞬間に起きていることに対して、十二分な注意を払っている状態」

これがマインドフルネスであり、このコンディションから生まれてくる落ち着いた判断が、意思決定や行動のクォリティに寄与するのだ。

マインドフルネス=瞑想ではないが、こうした状態を自分の心身にインストールするトレーニングとして、瞑想は有効な手段だという認識が世界的に広がっている。脳解析の技術進歩によって、かつては神秘的なベールに包まれていたものの効用が、当代トップクラスの科学者たちによって広く伝えられるようになっているからだ。

なぜトップアスリートたちは、瞑想をすることでマインドフルネスの状態を獲得しようとするのか、その理由は次の5つに集約できる。

1)ネガティブな感情と思考をコントロールする力を養う

ジョコビッチ選手は、マインドフルネスによって、「脳内で一体どれだけのネガティブなエネルギーが循環していたのかに気づくことになった。一歩下がって自分の考えを客観的に見渡すように集中すると、莫大な量のネガティブな感情がそこにあるのがはっきりと見えた」と、自身の著書(「ジョコビッチの生まれ変わる食事 あなたの人生を激変させる14日間プログラム」ノバク・ジョコビッチ著 三五館)で語っている。

ネガティブな感情を持つことが悪いのではない。誰にも生じてくるネガティブな感情を一つの経験として受けとめ、それに呑み込まれないように対処していく。そして、素早く自分のいい状態に戻ることができる能力=レジリエンス(回復力)を身につけているのがトップアスリートたる所以といえよう。

2)試合、プレーへの集中力を増加させる

マインドフルネスの状態によって、ネガティブな感情、思考をコントロールし、レジリエンスを高めていくと、自ずと目の前のプレーへの集中度が高まってくる。

ニューヨーク・ヤンキース時代のイチロー選手のチームメイトだったデレク・ジーター選手(昨年引退)は、イチロー選手についてこのように述べている。

「彼は他の誰よりも球場に早くやってきて、器具を使いながらのストレッチなどで入念に体の手入れを行う。それが終わると自分のロッカーの前に腰を掛けながら20~30分間、目をつぶって瞑想にふけるんだ。そうしたルーチンワークが終わると、イチには完全にスイッチが入る。そこからは試合が終わるまで、もう誰も彼の中に入り込むことはできない」(2年半の摩天楼生活で、イチローがヤンキースの面々に見せた"流儀")

バスケットボール界のレジェンド、マイケル・ジョーダンは、NBAのシカゴ・ブルズに所属していた当時、スポーツ心理学者・ジョージ・マムフォードから瞑想の指導を受けていた。

そのマムフォードはこのように語っている。

「今という瞬間に存在し、そのときしていることと一体になれば最高のプレーができる。簡単に実現することではないが、よりマインドフルになれば頻度が上がる」

これはよくスポーツ心理学で言われるゾーン(心と身体が完全に調和した極限の集中状態)を指している言葉だろう。マインドフルになると極限の集中状態になれる頻度が上がる、というわけだ。

ゾーン状態は長く持続するものではない。どんな競技でも、どんなトップアスリートであっても、それが途切れるときがくる。

マインドフルネスが鍛えられると、ゾーンから出てしまったときにズルズルと悪いサイクルにはまっていくのを防ぐことができる。最高のプレーができない状態になったことに焦らず、その状態を認知して受け入れることができるからだ。

3)プレー中の冷静な判断を促す

マインドフルネスを鍛錬する瞑想法は、代表的なものとして、1点に集中する瞑想(フォーカスド・アテンション)と全体に集中する瞑想(オープンモニタリング)がある。

宮本武蔵の『五輪書・火の巻』には次のような一節がある。

「観・見ふたつの目の付け方があり、観の目(大局を見る目)を強く、見の目(細部を見る目)を弱くして、遠方をしっかり見極め、近いところを大局的にとらえること。それが兵法では最も大切なことである」

目の前のプレーの1点に集中することも重要だが、トップアスリートは同時に、ゲーム会場全体を俯瞰した目線で試合の流れを客観視している。

ジョコビッチ選手は試合に勝つための条件について、「カギとなるのは客観性だ」と述べているが、心理学的にはメタ認知力(メタ=遠くから、俯瞰して・・・といったニュアンス)を指す。

このメタ認知の能力も、マインドフルネスによって養われる重要な能力である。

4)身体に対するアウェアネス(気づき)が高まり、想い描いた動きができる

スランプに陥ったアスリートがよく言う言葉に、「身体がイメージ通りに動いていない」がある。

身体に対するアウェアネス(気づき)は、マインドフルネス実践の出発点であり戻る場所でもある。身体という実体は、勝手に次々と生まれては消えていく思考や感情と違い、「今ここ」にある明らかな存在だからだ。

特にスランプ状態で負の連鎖に陥っているときなどは、なんとか苦境を脱しようと頭で身体をコントロールしようとする傾向がある。マインドフルネスは身体を解き放ち、身体に委ねることによって、頭でっかちによるアンバランスを修整していくことにもつながる。

5)チームワークを向上させる

NBAシカゴ・ブルズのヘッドコーチを務めた、禅の実践者としても知られるフィル・ジャクソンは、マイケル・ジョーダンを評して次のように述べている。

「マイケルは、マインドフルネスの実践にとりわけ熱心だった。コート上での集中力を鍛えるだけでなく、マインドフルネスを通して相当な洞察力も得た。リーダーとしての自分の役割と、集団の中での影響力に自覚的になり、今まで以上にチームメイトとのつながりを大切にするようになった。(中略)マインドフルネスを始めてからの彼は少なくとも外から見る限り、チームメイトの感情を気遣うようになり、チームワークが向上した」(『マインドフル・ワーク』デイヴィッド・ゲレス著 NHK出版)

マインドフルネスの状態(自分自身の思考や感情への気づきが高まっている状態)は、他者への共感や思いやりの醸成にもつながるという研究報告がある。同じ脳の領域が関わっているからだ。

厳しい世界で勝負を続けるトップアスリートが、結果を出しつづけるのに必要な方法論を吟味するのは当然のこと。その結果、マインドフルネスが彼らの日常におけるメインストリームに躍り出ている。

ビジネス界のトップアスリートたる有名企業のCEOや社長たちが、マインドフルネスに当然のこととして取り組む理由も、また同じところにある。

一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート 代表理事

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 研究員

荻野淳也