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医療安全に関する訴訟使用制限の院内規則-井上清成

2013年08月07日 00時15分 JST | 更新 2013年10月06日 18時12分 JST

この原稿は月刊集中7月末日発売号より転載です。

井上法律事務所 弁護士

井上 清成

2013年8月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1. 医療安全推進に対する訴訟の脅威

医療の現場では、医療安全を推進する試みが定着した。医療安全管理委員会での議論、インシデントリポートの提出、院内の事故調査委員会の開催などで、医療事故の再発防止策が積み重ねられている。

ところが、これら医療安全の内部資料が訴訟で使われかねない。医療に対する不信を強く持つ人々が、情報開示や証拠保全や文書提出命令などのありとあらゆる手続を使って、責任追及に利用しようと試みている。

残念ながら、厚生労働省は医療安全を推進すると言いながら、「医療安全活動の内部資料が訴訟に使用されてはならない」という原則に対しては前向きでない。 現に、医療事故調査報告書に関して、厚労省医政局の吉岡総務課長(2013年5月29日当時)は5月29日の医療事故調「検討部会終了後、記者団に対し 『(訴訟では)あらゆるものを証拠にすることができ、最終的に裁判所の判断になるので、(報告書の訴訟使用制限は)できない』との見解を示した。」(日本 医事新報4650号〈2013年6月8日号〉6頁「調査報告書の訴訟使用制限なし」より引用)

このままでは、医療安全を推進しようとすればするほど、訴訟で使用されて責任追及され、医療者は自らで自らの首を絞めかねない。医療安全推進に対する訴訟の脅威が高まっているのが現状であろう。

2. 訴訟使用制限の院内規則

民事訴訟における事実の確定方法に関する当事者間の合意を、法律用語では証拠契約と呼ぶ。その1つとして、一定の証拠方法を提出しないと約束する契約がある。法律用語では、「証拠方法契約」とか「証拠制限契約」という。

この証拠制限契約(証拠方法契約)の有効性は、一般に承認されている。たとえば、証拠制限契約に反して、患者遺族側から訴訟で院内事故調査報告書が申し出られたとしたならば、裁判所はその報告書の証拠申出を却下することになろう。

つまり、院内規則で証拠制限条項を定めて院内掲示をしていたとしたら、原則として、その証拠制限規則は証拠制限「契約」として有効性が認められる。たとえ ば、院内事故調査報告書やインシデントリポートの証拠保全が申し立てられても、証拠申出がなされても、いずれも訴訟には使用できないとして却下されること になろう。

院内規則さえ制定すれば、訴訟使用制限をできるのである。つまり、厚労省の「訴訟使用制限はできない」との見解は、法的には正しくない。

3. 院内規則のモデル文例

一般に法律家は、「医療安全活動の内部資料に訴訟使用禁止のための証拠制限契約を結びたいのだが?」と問われると、一様に言葉を濁す。その理由は、本音では訴訟使用制限を導入したくないからか、または、先例を見たことがないのでなじまないからである。

確かに、患者被害者側の弁護士や学者は訴訟使用制限を導入したくないから、否定的であろう。また、我が国では先例に乏しいのも事実であるので、なじまずに 消極的となる医療系の弁護士や学者も多い。しかし、先例の有無に関わらず、医療安全活動の活発化のため、その内部資料に訴訟使用制限が必要なことは異論が 無かろう。

そこで、たとえば、四病協の1つである日本医療法人協会は、院内医療事故調査委員会に関連して、院内規則のモデル文例を公表した。その該当箇所を抜粋すると、

「この委員会の調査・議論等の一切は、いずれも本院内部のためだけのものであり、患者とその家族を含め本院の外部に開示するものではない。ただし、調査及 び科学的原因分析の結論のみは、患者とその家族に開示する。本院の関係者個人に対して民事・刑事・懲戒いずれの外部的責任の追及のためにも、使われてはな らない。」

「この委員会の目的・免責はいずれも本院来院の患者及びその家族の承諾を得ているものであり、その一切は本院も患者とその家族も民事訴訟法第2編第4章に定める証拠とすることができない。」

といったものである。1つの先例モデルとしてよいと思う。

4. 正当化根拠はWHOガイドライン

証拠制限契約の導入に否定的な意見もある。1つは、医療者への責任追及に障害となることを本音とするものであるが、それはさすがに何をか言わんや、といっ たところであろう。もう1つは、透明性向上の動きに逆行するというものであるが、この点は、証拠制限イコール改ざん・隠ぺいといった誤解に基づくもののよ うに思われる。

そもそも医療安全に関する証拠制限契約の積極的な正当化根拠は、WHOガイドラインに由来すると言ってよい。特に、ここに明示されている「非懲罰性」と「秘匿性」が重要であろう。

WHOガイドライン(「患者安全のための世界同盟 有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン 情報分析から実のある行動へ」監 訳・一般社団法人日本救急医学会と中島和江へるす出版)の「第6章 成功する報告システムの特性」(同書45頁以下)に明示されている。「非懲罰性」で は、「報告書とその事例にかかわった他の人々のいずれについても、報告したために罰せられることがあってはなりません」と明示され、「秘匿性」では、「医 療機関のレベルにおいては、訴訟で使われ得るような公開される情報は作成しないことで秘匿性を保ちます」と明示された。

これらWHOガイドラインのドラフト(草案)を院内規則化することによって、ルール(規範)に高めることができるのである。証拠制限契約というルールの正当化根拠は、WHOガイドラインというドラフトに存すると言ってもよいであろう。

実際、たとえば医療事故調については、厚労省とりまとめ(5月29日)だけを除き、四病協(1月)も日病協(2月)も全国医学部長病院長会議(5月)も日本医師会(6月)もいずれも、その取りまとめでこのWHOガイドラインの順守を提言しているのである。

(※この記事は2013年8月6日発行のMRIC 「Vol.193 医療安全に関する訴訟使用制限の院内規則」より転載しました)