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厚労省による「民法に反する解釈変更」と内閣による「解釈改憲」

2014年03月24日 15時44分 JST | 更新 2014年05月23日 18時12分 JST

行政庁は、所管する法律について解釈権限を持っている。

年金に関する法令を所管する厚労省は、年金の支給に関して、関連法令をどのように解釈し、どのような基準を定めることも可能であり、その解釈や基準が誤っていれば、裁判所の司法判断によって是正される、というのが、行政と司法の関係に関する一般原則である。

しかし、行政庁が法解釈や基準の設定としてできることにも、社会との関係において、自ずと限度があるはずだ。明らかに論理的に誤った解釈や、民法という社会の基本法の根幹部分に反する解釈を行うことは、国民が行政庁に与えている権限を逸脱するものである。そのような疑いがある場合には、裁判所の判断を待つまでもなく、まず、行政庁の長である大臣が、説明責任を果たすべきであり、それに対する社会的な批判に答えるべきであろう。

3月19日に緊急開催した総務省年金業務監視委員会で取り上げた「失踪宣告の場合の消滅時効の起算点に関する厚生労働省の解釈変更」は、その内容が民法の規定に明らかに反するだけでなく、解釈変更が、「所在不明高齢者に対する老齢年金の支給」に対する厚労省の不手際に関連して行われたという点にも重大な問題がある。この解釈変更は、厚労省の権限を実質的に逸脱するものであり、厚生労働大臣には重大な説明責任があるといえよう。

集団的自衛権に関して、安倍内閣が行おうとしている「解釈改憲」に関しても、内閣が負うべき説明責任と司法判断の関係について同じことが言える。

内閣には憲法解釈を行う権限があり、その解釈を変更することも権限の範囲内である。内閣の解釈変更が誤っていた場合には、最高裁判所の違憲審査権(憲法81条)によって是正されるべき、というのが、憲法に関する行政と司法の関係に関する一般原則である。

しかし、平和主義を定める憲法9条に関して、その根幹部分に関わる解釈の変更を内閣が行おうとした場合、それは内閣の権限で自由に行うことができ、その解釈の当否は、最高裁判所の違憲審査権の判断に委ねられるべき、ということでは済まされない。

憲法9条に関して、これまで積み重ねられてきた議論を踏まえて、解釈変更を行うことの相当性について、様々な場で、徹底した議論が行われ、内閣としての説明責任を果たすことが必要である。

現在、自民党内からも、国会での論戦に加えて、「閣議決定による解釈変更」について異論が出ているのも、「解釈改憲」をめぐる当然の議論と言うべきであろう。

行政庁による所管法令の解釈変更も、内閣による憲法解釈の変更も、行政判断と司法判断をめぐる構図は共通しているのである。

今回の厚労省の失踪宣告と消滅時効をめぐる解釈変更は、明白かつ重大な誤りであることに加え、変更に至った経緯、問題が指摘された後の対応を見る限り、厚労省が、国民生活に重大な影響を生じる年金制度を所管する行政庁として、果たして信頼できる存在と言えるのか否かについても、根本的な疑問を生じさせるものと言わざるを得ない。

それらの問題について、具体的に述べることとしたい。

なお、私は、現在、総務省年金業務監視委員会の委員長を務めているが、本稿で述べる意見は、あくまで私個人のものである。委員会としての意見は、今月末に同委員会の設置期限が切れ、来年度以降、厚労省の年金行政を省外から監視する常設機関がなくなってしまうことを踏まえて今月末に行う予定の「総務大臣への意見具申」の中で明らかにする予定である。

■失踪宣告による「人の死」と消滅時効に関する民法の原則

法律上、「人の死」は、医師が死亡診断をした場合、或いは、死体が確認された場合に認められるというのが原則である。

その例外として、古くから民法が認めてきた制度に「失踪宣告」がある。長期間生死不明の人を、ある時点で死亡したものとみなし、その者にかかわる法律関係を確定させる制度だ。

失踪宣告ができるのは、7年間の生死不明(普通失踪)、あるいは戦死、地震・津波等の危難による1年間の生死不明(危難失踪)のいずれかの場合であり、利害関係人(家族)が、家庭裁判所に失踪宣告の申し立てを行い、家裁が、調査を経た後、一定期間の生死不明の事実を認定し、審判で失踪宣告を出す。審判が確定すると、生死不明から7年後の時点(危難による生死不明の場合は、危難が去った時点)で死亡したとみなされることになる。

そのような制度を利用するかどうかは、その人の家族の意思に委ねられており、そこには、国家は介入しない。親族法上の手続の多くには、公益上の観点から検察官による請求が認められているが、失踪宣告については、検察官による申立ては認められていない。いかに長期間生死不明の状態が続いていても、家族の意思に反して、国が「人の死」の認定を強制することはできないという考え方に基づく。

だから、家族は、何年、何十年、生死不明であっても、生存を信じて、生還を待ち続けることができる。死という法的効果を得るかどうかは、家族の意思・判断による、というのが、この「失踪宣告」という民法上の制度の根幹なのである。

例えば、東日本大震災による行方不明者の家族には、失踪宣告の申立てが可能になるまでの期間を一般的な危難失踪の1年から3か月に短縮する立法が行われた。しかし、この場合も、失踪宣告を申し立てるか否かは家族の判断であり、国がそれを強制したり、すみやかに行わないことで不利益を課したりすることはできない。

一方で、債権の消滅時効に関して、民法では「消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する」とされ、それには、「債権が存在しない以上、その債権の消滅時効が進行することはない」という当然の前提がある。存在しない債権について「権利行使」というのは、論理的に考えられないからである。

社会の構成原理を定める民法で、失踪宣告と消滅時効がこのように定められている以上、いくら長期間生死不明であっても、家族が申立てをせず、失踪宣告が出されていない状態で、「人の死」によって発生する債権の時効が進行して、権利行使ができなくなるということは、絶対に、あり得ない。

厚労省が、失踪宣告がなくても死亡一時金等の時効が進行することの根拠として挙げているのが、年金を受ける権利(基本権)と「月々の年金債権」(支分権)の消滅時効に関する判例である。年金を受ける権利を持っている者は、当局に裁定請求を行い、裁定がなされることで月々の年金債権を確定させることができるので、基本権について裁定請求が行われなくても、月々の支分権について時効が進行する(長期間裁定請求しないで放置しておけば、月々の年金受給権は時効消滅する)というものである。

しかし、基本権も支分権も、同じ被保険者の年金受給に関する権利であり、一体のものである。基本権が存在する以上「債権」は存在すると言えるが、失踪宣告がない以上、「人の死」を原因とする年金の債権は発生せず、存在していない。この判例は、全く根拠にならない。

■厚労省の解釈変更の内容とその経緯

死亡に関する年金制度からの給付には、「遺族年金」「死亡一時金」「寡婦年金」がある。

失踪宣告で「人の死」とみなされた場合の死亡一時金、遺族年金について、厚労省は、従来は、審判が確定した時点が消滅時効の起算点になるという解釈をとっていた。

ところが、厚労省は、2年前の2012年5月に、課長補佐・専門官による文書で、日本年金機構からの「疑義照会回答書の差し替え」を行って、その「民法上当然の解釈」を変更した。年金事務を行う日本年金機構で取扱いに疑問が生じた場合に、厚労省に対して「疑義照会」を行い、厚労省からの回答書にしたがって年金支払いの事務を行うため、回答書が差し替えられることによって、年金事務の取り扱いが変更されたのである。どのような変更かというと、年金請求権の消滅時効の起算点を、「審判確定の日」ではなく、失踪宣告の審判で過去に遡って認定される「死亡したとみなされる日」である、としたのだ。

つまり、生死不明で7年間経過した時点から、家族が失踪宣告の申立てを行っていなくても、消滅時効が進行し、2年で時効消滅するものとし、時効完成後の請求は認めないということになった。

そのような解釈変更は、2011年ころに、多数の長期間所在不明高齢者の家族に老齢年金の支給が継続されていることが社会問題になった「所在不明高齢者問題」に関連して行われたものだった。

この「所在不明高齢者問題」に関して、厚労省と日本年金機構は、(所在不明高齢者の死亡を確定させて老齢年金の支給を打ち切る目的だと思われるが、)、老齢年金を受け取っている所在不明高齢者の家族に、失踪宣告申立てをするように勧奨した。しかし、長期間所在不明だった高齢者に失踪宣告が出され、失踪後7年目に死亡したとみなされると、それ以降の長期間の分の遺族年金が支払われることになる(例えば、20年間の所在不明であれば、13年前に死亡したとみなされ、13年間の遺族年金が支給されることになる)。

一方で、「死亡とみなされた日」以降に支給されていた老齢年金は返還させる必要が生じるが、会計法により、返還請求権は5年で時効消滅してしまうので、最大でも5年分しか取り戻せない。そのため、老齢年金と遺族年金が重複して支給される期間(20年間の所在不明であれば8年間)が生じ、事実上、老齢年金を不当に受け取っていた所在不明高齢者の家族に対しても、さらに支給せざるを得ないケースが続出することになる。

そこで、厚労省は、失踪宣告の場合の消滅時効の起算点を「死亡とみなされた日」に変更することで、老齢年金と遺族年金の重複支給をしないで済ませようとしたのである。

しかし、「所在不明高齢者問題」については、年金受給者が長期間所在不明で、死亡している可能性が高い状況で老齢年金の支給が継続されていたこと自体が問題なのであり、家族が故意に行っていたとすれば不正受給の犯罪である。そのような事例が多数存在し、長期間放置されていたのであれば、それは実態を把握せずに年金を支給していた年金当局の不手際であり、責任は厚労省や社会保険庁・日本年金機構の側にある。その問題から目をそらすために、消滅時効の起算点を民法の原則に反して遡らせることで、遺族年金の正当な受給権まで時効消滅させてしまうというのは、本末転倒である。

そのような「民法上あり得ない解釈」をとったことで、国民年保険料を3年以上納付した者が、老齢基礎年金や障害基礎年金を受給せずに死亡した場合に支払われる死亡一時金(消滅時効期間2年)の支給に関して重大な問題が生じ、それを、今回、年金業務監視委員会が取り上げた。

しかし、実は、問題は、死亡一時金だけに限られるわけではない。厚労省が「疑義照会回答書の差し替え」を行う契機となった遺族年金(消滅時効期間5年)に関しても、失踪宣告で死亡したとみなされた人の遺族の正当な権利として認められるべき年金受給権を奪うことになるのである。

具体的にどういうことなのかを、死亡一時金、遺族年金それぞれについて、事例に即して述べてみたい。

■消滅時効の起算点に関する解釈変更の影響

[死亡一時金の事例]

 Aが、年金受給年齢に達する前に、突然家を出て行方不明となり、自殺、事故死等によって死亡した可能性が高いと考えられた。7年が経過し、失踪宣告が可能になった時点では、Aの実母が生存していて、息子の死を受け入れ難いと考えられたため、失踪宣告の申し立ては行わなかった。その約1年後(失踪から8年後)に、Aの実母が亡くなったこともあり、Aの長男が家庭裁判所に失踪宣告を申し立てた。申立から1年半後(失踪から9年半後)に、審判で失踪宣告が出された。

 このケースでは、審判確定の日が消滅時効の起算点だとすると、問題なく死亡一時金が支給されるが、「死亡とみなされた日」が起算点だとすると、その日から2年半経過しているので、時効完成で支給されないことになる。

しかし、7年間所在不明の状態が続いても、その時点で死亡一時金の請求の手続ができるわけではない。失踪宣告の審判が確定するまでは、「人の死」は全く現実化していないのであり、「死亡一時金請求権」という債権自体が存在していない。請求の手続が行えるのは、審判が確定した後であるが、審判は裁判所の手続なので、申し立てからどれだけの期間がかかるのかも一律ではない(一般的には、1年余りかかると言われている)。つまり、消滅時効の起算点について、変更後の厚労省の解釈をとると、Aの事例では、請求は全く不可能になるし、一般的にも、請求ができないケースが続出することになる。

[遺族年金の事例]

20歳から60歳ま