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「オープンダイアローグ」という「魔法の鍵」

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Wavebreakmedia Ltd via Getty Images
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「ひきこもり」に悩む当事者と家族を対象とした講演会や、若者支援をテーマにしたシンポジウム等でお会いしている精神科医の斎藤環さんの近著『オープンダイアローグとは何か』(2015年6月・医学書院刊・斎藤環著・訳) が大きく反響を広げています。私が手に取ったのは9月に入ってからでしたが、読み始めると止まりませんでした。11月の半ば、この本について、斎藤環さんに質問を交えてお話を聞く機会を得ました。ここに、紹介してみようと思います。

私はこれまで「いじめ」「不登校」等によって、子ども時代に深い傷を受け、長期にわたって苦しんでいる若者たちや、その親たちと会ってきました。教育ジャーナリストとして、少年少女の読む雑誌の連載で、繰り返しこうしたテーマを取り上げてきた時期が、80年代半ばからの約10年間でした。手紙や面談で相談に応じた若者たちの多くが長期にわたる精神科の治療を受けていましたが、それで苦悩や混乱した状態が緩和することはあっても、事態を好転させることは本当に難しいと実感してきました。

斎藤環さんの紹介する「オープンダイアローグ」は、そんな私を驚かせるに十分な内容でした。家族と共に専門家チームとの対話を重ねることで、治療の難しい統合失調症のクライアント(患者)でさえ危機的状況を抜けることが出来て快方に向かうというのです。

オープンダイアローグは「開かれた対話」と訳される。フィンランド北部・西ラップランド地方にある精神科病院で1980年代前半から行われ、主に統合失調症の急性期の患者を対象にした精神療法だ。公的医療制度の対象にもなっている。治療では、患者と主治医だけでなく、家族や友人・知人、看護師らを交えてミーティングを開き、対等に意見を述べ合う。統合失調症の症状である妄想や幻覚、意欲の低下などの体験を語ることもタブーにしない。(毎日新聞 2015年08月30日 精神科医・斎藤環さん「オープンダイアローグとは何か」 妄想、幻覚 対話で抜け出す)

この治療法を導入した西ラップランド地方では、「今までの常識がひっくり返る数字が明らかになった」「これらの数字が事実なら、それはほとんど『魔法のような治療』と呼んで差し支えない」(斎藤環さん)といいます。「これらの数字」とは以下のようなものです。

統合失調症の入院日数は19日間短縮されました。薬物も含む通常の治療を受けた統合失調症患者群との比較において、この治療で服薬を必要とした患者は全体の35%、2年間の予後調査で82%は症状の再発がないか、ごく軽微なものにとどまり(対照群では50%)、障害者手当を受給していたのは23%(対照群では57%)、再発率は24%(対照群では71%)に抑えられていたというのです。(「オープンダイアローグとは何か」11ページ)

オープンダイアローグは、フィンランドの西ラップランド地方にある精神科病院であるケロプダス病院で、すでに80年代の前半から公的医療として提供されています。いったいどのような治療法なのか、先の斎藤環さんのインタビューに戻ってみましょう。

オープンダイアローグの特長は、「比較的誰にでも実践できるシンプルな方法で、薬物や入院などの強制的処遇の必要性を減らせること」と説明する。「妄想というのは『モノローグ(独白)』。頭の中で一人で考えを膨らませていく」。患者を「独白」から抜け出させるのが、周囲との対話だという。


例えば、妄想を語る患者に、周囲が「私たちは想像がつかない。みんなに分かるように説明してもらえませんか」と語りかけ、患者は自分の体験を日常用語で説明しようと試みる。その話に、周囲がまた応じていく。一方的ではない「ダイアローグ(対話)」を重ねること自体が、症状の改善につながるという。斎藤さんは「妄想という強固な建築物が、みんなで共有しようとした瞬間に崩れ去ってしまう。私自身も、そうした例を見てきている」と話す(前出 毎日新聞)

妄想はモノローグ(独白)によって構築され強化され、ダイアローグ(対話)を通じて共有をはかり解消に向かうという構図にハッとさせられました。妄想という構築物を外側からガンガン否定し攻撃するのではなく、その骨組みを対話の場に提出してもらうことで変容が始まる...私にもいくらか思い当たる経験があります。

もちろん私は精神科医ではなく、ジャーナリストであり、また政治家として、処遇の改善を求めるために、長きにわたって確定死刑囚として東京拘置所にいた袴田巌さんと対話したことがあります。しかも、長期にわたる緊張と拘禁によって強固に構築された「妄想」の世界と向き合いました。(「袴田巌さん釈放に万感 問われる国の責任」「太陽のまちから」2014年3月28日)

オープンダイアローグは、1対1の治療ではなくセラピストチームで行なわれます。ケロプダス病院には、医師8名、心理士8名、看護師68名がいます。相談の電話が入ると、その電話を受けた人が責任を持って治療チームを編成して、24時間以内に初回のミーティングが行なわれます。まず、看護師が電話を取ったら責任者となります。医師の指導を仰ぐという上下関係はなく、職階の壁を取り払ったチームは、それぞれケロプダス病院で3年間の家族療法のトレーニングを受けています。このミーティングは、危機が去るまで毎日、続けられます。

たいていの場合、チームはクライアント(患者)の家を訪問します。病院に出向いて診察を受けるよりも、ホームグラウンドで家族や親戚と共にセラピストチームを受け入れた方が、クライアント(患者)のストレスは軽減されます。ミーティングには、ファシリテーターはいますが、対話を方向づけたり先導したりするような「議長」「司会者」は存在していません。セラピストたちは専門家ですが、患者や家族と同じように発言し、傾聴します。「専門家が指示し、シロウトが従う」という図式ではないのです。日常生活についてのささいな発言であっても、必ず応答するのが原則です。

オープンダイアローグにおいては、相手に問いかけること以上に相手の発話に耳を傾けることが重要だとされます。治療チームは、あらかじめ対話のテーマを設定せず、可能な限り「開かれた質問」(「はい/いいえ」以上の答えが求められる質問)から対話を始める必要があります。有意義な対話を生成していくためにも、治療チームは、患者や他のメンバーの発言すべてに応答しなければなりません。(「オープンダイアローグとは何か」37ページ)

対話の目的は「合意」「結論」に達することではないということも注目に値します。この場で顔を合わせているメンバー相互の異なる視点がつながることが重要で、合意や結論は副産物と見なされています。また、語られる妄想について、頭ごなしに否定したり、発言を遮断することは慎むべきだといいます。

妄想を語る患者さんに対しては、その経験についてさらに質問を重ねていくことが推奨されています。たとえば、こんな風に。


「僕にはそういう経験はないなあ。もし良かったら、僕にもよくわかるように、あなたの経験についてお話してもらえますか?」(「オープンダイアローグとは何か」40ページ)

オープンダイアローグが他の治療法と一線を画している重要な原則は、本人抜きではいかなる決定も方針も出さないという点にあります。薬物や入院、そして治療に関する決定はすべて、本人がいる対話の場で決められるということです。私たちが「常識」「標準」としている精神医療の現場とは大きく違う点です。

今後の治療の進め方について、治療チームの専門家同士の意見交換を患者さん本人や家族も聞いているオープンな場で行ない、その内容をすべて聞いてもらうというやり方です。リフレクティングと呼ばれるこの手法は、患者さんにとっては「目の前で自分の噂話を聞く」ことに近いといいます。対話のさなかに、突然に専門家同士が向きを変えて話し合うことは患者さんの信頼にもつながります。

オープンダイアローグは、日本で紹介されて医療関係者や当事者・家族の強い注目を集めています。ただし、まだどこかで実践が始まったという段階ではありません。斎藤環さんも、「当面は文献の読解と紹介、ワークショップや勉強会の開催等でオープンダイアローグへの理解を深めていく」ことを課題としていると述べています。ただ、反響は予想を超えて大きく、また広がっているとのことです。

「対話」によって相互理解を深め、「違い」を叩き合うのではなく「重複」する接点を求め、性急に「結論」「方針」を急ぐのではなくて、当事者と一緒に、時間をかけて生まれてくる信頼を醸成する...私には、オープンダイアローグの理念と思想、そして手法は、精神医療に止まらない「魔法の鍵」を示唆しているように感じます。私もまた、オープンダイアローグを学び、また理解を深めながら議論するひとりになりたいと思います。