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「フェイクブック」:私が写真を投稿しなかった理由

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「シェア」ボタンをクリックする前から、私の頭の中ではこんな声が聞こえていました。「この写真は投稿しないほうがいい。これはフェイスブックで、フェイク(偽りの)ブックではないのだから。雪だるま作りはかなり不愉快な作業だったし、アレックスには今も、いたずらを「タイムアウト」(所定の場所で一定時間じっとさせておくこと)で反省させている...。それに、自分自身のふるまいもひどいものだった。今もやたらと汗をかいているし、子どもたちは作った雪だるまを食べている。この写真はフィクションだ。あなたは嘘の写真を投稿するような人間ではないでしょう?」

3月中旬の週末にかけて、米国の北東部では雪が降りました。ほとんどはすぐに溶けてしまいましたが、それでも庭には15センチほど積もりました。明けて土曜日は快晴となり、気温も摂氏10度ぐらいまで上がっていたので、私たちは甥のグレゴリーを雪遊びに誘ったのです。

「私たち」ということはつまり、私も雪遊びに参加することを意味します。それも、かなり長い間。(しばし家の中で休もうとしたのですが、これが逆に面倒なことを招いてしまいました。)私たちは雪合戦をしたり、家の周りをハイキングごっこしたり、雪で覆われた裏庭を「アイスクリーム屋さん」に見立てたりして遊びました。プラスチック製のアイスクリーム・コーンがあったので、その中に雪を詰めて上からスプリンクルをかけてみたところ、これが子どもたちに大ウケだったのです。それから私は雪だるまを作ろうと提案して、そこで撮影されたのがこの写真です。

雪だるまの出来栄えにも満足していましたし、「雪だるま制作キット」をくれた従兄弟にも見せたかったので、私はこの写真をFacebookに投稿しようと思っていました。でもしばらくして、考えを変えました。写真に写っている子どもたちは、みな本当に可愛らしく、とても幸せそうですが、実際の場では誰ひとりとして、可愛らしくも、幸せでもなかったからです。そして何より、私自身がそうではなかったと気付いたからでした。

庭で遊ぶのは楽しかったですし、子どもたちも「そこそこ」仲良くやっていました。けれども、雪だるまを作る段階になると、いろいろと問題が発生してきたのです。でも、この写真がニュースフィードに流れたら、見た人は何も知らずに、「わぁ、すごく楽しそう。子どもと外で遊んで、雪だるまを作ってあげるなんて、いい母親だな...」と考えることでしょう。そしてそうなったら、自分が嘘をついているような気分になる、と思ったのです。

この写真を撮った時、私の血圧は非常に高くなっていました。言い争いをしたり、ごねたり、レスリングをしている子どもたちに向かって何度も怒鳴り声をあげていたからです。それでも、制作キットのおかげで雪だるまは可愛らしく仕上がっていますし(ありがとうキャロライン!)、子どもたちも写真には笑顔で収まっていますが、ポイントはそこではありません。雪は湿気を含んでいてずっしりと重く、私は汗びっしょりになっていました。さらに、雪に反射した太陽の光はあまりにまぶしく、目がくらみそうでした。「心に残る瞬間」とは言い難い状況でした。

私は、「違う! もっと雪が必要なの! もっとしっかり詰めて! それでは固すぎる! まだ帽子を載せるのは早い! それはボタンじゃなくて目なの!」と、まるでステージママになったように子どもたちに雪だるまの作り方を指導していました。自己弁護のために言っておくと、3歳、4歳、5歳の子どもたちだけで雪だるまを作るのは無理があります。まして、写真に残したいと思うようなものを作るのは、不可能と言っていいでしょう。

もしも、子どものおかげで散々な日を過ごした母親が、私のアップした写真を見たらどう思うでしょうか? 「私も、外で楽しく子どもと遊んだり、雪だるまを作ったりしないといけないのかも? あの人ができるんだから、私にもできるはず...」、きっとそう思うことでしょう。でも、それは真実ではなかったのです。投稿をやめたのは、これが理由です。

実際にはそれほど素晴らしい状況ではなかったのに、「子どもたちとの楽しい時間」が写った写真を投稿している人たちに、腹を立てているわけではありません。ただ私は、3人の子どもを持つ専業主婦の人たちが、お絵かきをしながら笑っている赤ちゃんの写真や、赤ちゃんに優しく語りかける子どもたちの写真を投稿しているのを見ると、「きっと私が知らない子育てのコツを知っているに違いない」とか、「私たちがよく知っているような舞台裏を見せる代わりに、きっと良い部分だけを選んで見せているのだろう」とか、思ってしまうのです。怒っているわけではありません。実際、「母親業は大変すぎる」という投稿ばかりを見たいと思う人はいないでしょうし、私自身だって、そういった愚痴ばかり言う人は好きではありません。

ただ、土曜日に撮った写真を投稿することは、自分の現実の生活とは異なるものを見せているような気がしたのです。私がこのように思う原因は、先週友人が送ってきてくれた「Facebookで嘘をつくのをやめよう」という内容のブログ記事に影響を受けているせいかもしれませんし、あるいはただ単に、私が嘘をつくのが下手だからというせいかもしれません。

振り返って見れば、昨年の夏、私も似たようなことを記事に書いていました。アイスクリームのコーンを食べるアレックスとノラの愛らしい写真に、この写真を撮るまでの一部始終を撮影した動画も添えて投稿したのです。動画の内容は、写真ほど愛らしいものではありませんでしたが、これが現実の生活であり、子どもたちの姿なのです(少なくとも、私の場合はそんな感じです)。

私は物事にできる限り正直でありたいと思っていますし、特にこのブログではそうしたいと思っています。そう考えると、雪だるまの写真には、状況を正直かつ正確に描写した、次のような「おことわり」のキャプションを付けて投稿すべきだったのかもしれません。

「タイムアウトのおしおき2回、怒鳴り散らす母親1名。気恥ずかしいほど細かい指示を出し、3人の子どもが30分間すすり泣き続けた結果できあがったのが、この雪だるまです。春はまだかしら?」

もしかすると、今後はこんな感じで進めていくかもしれません。子どもたちとの楽しい時間が写った写真と一緒に、実際にはどんな状況であったのかを説明するキャプションをつけて投稿するのです。ぜひ検討してみたいと思います。

さて、あなたはどうでしょう? Facebookに投稿されたほかの母親の写真を見て、「これほど幸せな時間であったはずがない」と思ったことはありませんか? どんなに素晴らしい写真でも、実際には大変だったので、投稿するのを思いとどまった経験はありませんか?

[Erin Zammett Ruddy(English) 日本語版:兵藤説子/ガリレオ]