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"クラシノソコアゲ"は正念場。「賃上げ」の流れを止めてはいけない。2017春闘の意義と課題とは

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2017春季生活闘争(春闘)に向けた取り組みがスタートする。

連合は、今年も「持続性」「月例賃金」※1「拡がり」「底上げ」の4つをキーワードに「クラシノソコアゲ」の実現をめざしていく。このキーワードに込めた思いとは何か。それはどんな意義を持つのか。日本総研チーフエコノミストの山田久氏と神津会長が語り合った。

※1基本給などに通勤手当や扶養手当などの諸手当を含む毎月決まった額で支給される賃金

 

2017春闘に向けての決意

 
須田 2016春闘では、大手・中小の格差を改善し、平均で2%の賃上げを達成しました。この流れを受けて2017春闘へどう臨むのか、神津会長からお願いします。

神津 春闘は、すべての働く人たちの処遇改善・生活向上をめざすものであり、それゆえ世の中にどうわかりやすく発信していくかが問われます。また、交渉相手である経営側に対しても説得力ある考え方を示すことが求められます。

そういう中で、2016春闘では、「持続性」「月例賃金」「拡がり」「底上げ」の4つをキーワードに「底上げ春闘」を前面に掲げて取り組みました。「デフレからの脱却」をめざす春闘の3年目。1年目、2年目は、従来にない水準の賃上げを獲得したものの、大手と中小の格差はむしろ拡大した。

そこで、3年目はその格差を縮めようと「大手追従・大手準拠などの構造の転換」「サプライチェーン全体が生み出した付加価値の適正分配」という新基軸を打ち出しました。足下の物価上昇がゼロに近い状況下でも、ベア(ベースアップ)を含めた2%の賃上げを実現し、格差を多少なりとも圧縮することができたことは、春闘の長い歴史の中でも特筆すべきことだと思います。

2017春闘では、この賃上げ・格差是正の流れを継続し、本流にしていきたい。

 

経済の自律的成長をめざす。「賃上げ」を先行させる

 
須田 山田先生は、連合の方針をどう評価されますか。

山田 現在の経済情勢から見て妥当な方針であり、4つのキーワードにも賛同します。

おっしゃる通り、2017年は中長期的に見て非常に重要な年になると思います。2013年秋に「経済の好循環実現に向けた政労使会議」が開催され、政労使が協力して「賃上げ」していくという合意がなされた。それを受けて、2014、15年は経済の追い風もあって賃金の伸び率が大きく上昇した。

ところが、昨年は景気の不透明感が強まり、円高の逆風も吹く中で、「賃上げ」が危ぶまれる環境にあったのですが、結果的に2%の賃上げを獲得した。私は、個人的に最低2%は死守すべきだと考えていたのですが、厳しいながらもそこをクリアした。

これは非常に大きな成果です。2017年も、経済情勢は、決して順風とは言えませんが、ここで賃上げの流れを持続できるかどうかが問われています。

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神津 その認識を連合全体で深く共有できるかがカギになると思っています。「春闘」という共闘方式は、高度経済成長期に発展し、そのもとでインフレを前提に賃上げ要求を組み立ててきた経緯がある。労働側にとっては、過年度の物価上昇分確保が第1の目標であり、一方経営側は、ミクロの個別企業の事情を挙げて賃上げを回避しようとしてきた。そういう習性が、春闘の長い歴史の中で積み上がってきた。

だから、物価上昇がほぼゼロ、経済成長も横ばいという中で、「賃上げ」を実現できるのかという思いが経営側にはあるかもしれない。しかし、今、直面している課題は、デフレからの脱却です。

労使ともに、かつての「常識」を脱ぎ捨て「賃上げ」を持続性のあるものにしていかなければいけないんです。

山田 かつて企業収益が悪化し生産性が鈍化する局面では、「生産性向上が先か、賃上げが先か」という議論がありましたが、私も、現局面では「賃上げ」が先だと思います。

その理由は2つ。

一つは、労働分配率の水準がまだまだ低く、企業側には十分賃上げの余地がある。もう一つは、過去に賃上げの動きが止まった結果、何が起きたのかといえば、後ろ向きの縮小均衡です。

賃上げが止まると、働く人の節約志向が高まり、消費が抑制される。企業は収益を上げなくても、コストを下げれば存続できると考え、経営努力がおざなりになる。また、アベノミクスの金融政策の限界が明らかになり、持続的な賃上げの重要性がデフレ脱却の絶対条件として再認識されています。ここで敢然と「賃上げ」を要求し、その流れを持続させることこそ、労働組合の責務です。

神津 同感です。生産性向上のバネ力になるのは、緊張感ある労使関係です。労働組合が賃上げを要求し、経営者は経営努力でそれに応え、企業の成長力が高まっていくという正のスパイラル。これは、労使関係が機能してこそ可能になる。

もう一つ「月例賃金」にこだわるのは、労働条件の根幹である決まって支払われる賃金を引き上げることが消費拡大にもつながると考えるからです。

山田 そこは、私も試算してみました。月例賃金とボーナス、それぞれ1%増えると、そのうちどれだけ消費に回るのか。月例賃金は9割、ボーナスは5割弱。ボーナスは「一時的」なものであり、消費にはつながりにくい。

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過去にとらわれず将来あるべき姿を目指す

 
須田 「常識」にとらわれない「賃上げ要求」とは?

山田 要求を組み立てる時、2つのアプローチがあります。一つは、過去の延長線上で考える「フォーキャスト」。過年度の物価上昇分を根拠にするのは、この方法です。もう一つは、「将来のあるべき姿」を選択した上で、そこに向かっていく方法。「バックキャスト」と呼ばれるアプローチですが、めざす賃金水準を決めて、そこにどう到達するか、段階的に目標を設定し、実現していく。

これは、北欧諸国でCO2削減など環境問題への取り組みの中で生まれてきたものですが、「賃上げ」においても有効だと思います。

例えば、労使で5年後に「○%の賃上げ」を達成すると決め、そこに向かって経営改善を進めていく。毎年、過去にならって、その場しのぎで要求するのではなく、合意した目標に向けて進んでいくという発想転換が必要ではないでしょうか。

 

めざす賃金水準にどう到達していくか

 
須田 「将来のあるべき姿」はどう設定していけばいいんでしょう。

山田 そこで私が提案したいのは、有識者からなる中立的な専門委員会を設置し、経済状況を分析しながら、賃上げの目安を設定してはどうかということです。産業や企業の状況に応じて一定の幅を持たせた上で、国全体のイメージを示していく。もちろん労使が信頼できる人選を行うことが大前提です。

神津 確かに、どういう根拠で賃上げ要求をするのかは、日本全体の将来ビジョンに関わる問題ですね。連合は、2016春闘で「大手追従・準拠からの脱却」を打ち出しました。この20年、大手と中小の賃上げ率は乖離したまま推移し、絶対水準も低下して構造的に格差が拡大した。

かつては、大手が先導し、その相場を中小や未組織労働者に波及させることが春闘の大きな役割だったのですが、デフレ経済のもとでは構造的な格差を生じさせてきたことを直視すべきです。

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本気で格差を是正するには、悪しき「常識」を脱ぎ捨てる必要がある。そういう思いから、「大手追従・準拠からの脱却」「サプライチェーン全体の付加価値分配」を強く打ち出した。具体水準は基本的に労使の交渉で決定されることですが、中立的な専門委員会は、この流れを後押ししてくれるかもしれませんね。

山田 そう思います。かつてのパターンセッター方式だけでは、社会的な波及が十分にできなくなっています。中立的な専門委員会がマクロの視点で指標を示せば、そこを労使交渉の一つの起点にすることができます。

 

経営改善も含め、労使で「賃上げ」に取り組む

 
須田 労使交渉のポイントは?

山田 もう一つ、「賃上げ」の追い風の要素になっているのは、「人手不足」です。中小の経営者からは、「賃上げしないと人が採れない」という話を聞くようになりました。

神津 そこでまさに「サプライチェーン全体での付加価値分配」が求められていると。

山田 そうです。日本のサプライチェーンにおける取引関係は、コストダウン一辺倒で全体の体力を損なってきました。コストダウン要請を受けて賃金を抑制する。労働者は安いものしか買えなくなり、企業は安いものしか作らなくなる。価格を引き下げるためにさらに取引先にコストダウン要請するという悪い循環が生じ、デフレを深刻化させてきた。

海外では、例えば、一次産品価格の上昇分は仕入れや販売価格に転嫁するというルールを作っています。デフレの20年間に続いた「底辺への競争」に終止符を打ち、「付加価値競争」に転換していくことが求められている。これは非常に価値ある運動だと思います。

神津 悪しき取引慣行や常識をどう変えていくかだと思っています。人手不足が深刻化する中で、サプライチェーン全体で魅力ある労働条件を確保していかないと、産業自体が成り立たなくなる。そういう意味で、これは中小だけの問題ではないんです。

須田 具体的に賃上げを実現していくには?

山田 例えば、向こう5年間すべての企業がベア1%の賃上げをめざすという目標を設定する。年間1%の固定費増加に耐えられない企業は、何か経営上の問題を抱えている。その場合は、経営改善も含めて労使で賃上げに取り組む。

日本の企業は、環境変化への対応が非常に受け身です。現局面では、賃上げを先行させるべきですが、生産性が追いつかないと、いずれ雇用問題が起きる可能性もある。労働組合の側が「前向きの攻めの姿勢」を求めていくことが重要です。

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生産性の議論をする時に、日本では、物的な生産性と付加価値の生産性が混同されがちです。労働者1人が1カ月にいくつ製品を作るかという物的な生産性はすでに高い水準にある。今、取り組むべきは、付加価値の生産性の向上です。そのためには、働く人たち一人ひとりも、新しいスキルを身につけ、創意工夫を重ねていく必要があると思います。

神津 そこは、大事な視点ですね。「生産性の向上=コスト削減」と読み違えられてきましたが、「付加価値生産性」を高め、生み出した価値は価格に反映させて、その成果をサプライチェーン全体に分配していく。そのために重要なのは、やはり緊張感ある労使関係ですね。

山田 今年読んだ本で非常に感銘を受けたのが、『全契約社員の正社員化を実現した労働組合』(河西宏祐著)。規制緩和や人口減少の影響で厳しい経営を強いられていた広島電鉄は、正社員採用をストップして契約社員に切り替えた。しかし、正社員との処遇格差、有期雇用の不安定さから、さまざまな問題が起きてくる。

経営側は、コストダウンで乗り切るべしとする発想を前面に出す一方、労働組合は、地域ぐるみで公共交通を良くしようと、自治体にも働きかけて議論し、公共交通を支える人材確保のために正社員化を求めていく。労働組合の見識の高さに感銘を受けました。

自分たちの仲間の雇用を守り、労働条件を上げていくことにとどまらず、環境変化に対して、先手を打つビジョンを作り上げた。コストダウン要請に対して、付加価値向上だと切り返し、経営と対等に渡り合えるような労働組合の存在は、本当に頼もしい。

神津 労働組合は、一つのところに閉じこもっていてはいけない。一企業、一産業だけの枠にとどまらず、もっと視野を広げていく必要があると痛感します。

山田 今後、日本の産業は、人口減少や技術革新の進展で、さまざまな再編が求められるでしょう。社会の変化に取り残されていく人も増えていく。その時、広く社会に関心を持ち、新しい知識や技能を身につけていくことが、結果として自分たちの雇用の安定や処遇の改善につながっていく。そういう意味で、「拡がり」「底上げ」に焦点をあてた春闘の意義は大きい。2017春闘の取り組みに期待しています。

須田 本日はありがとうございました。

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神津里季生(こうづ・りきお)

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山田 久(やまだ・ひさし)

日本総研チーフエコノミスト
1963年生まれ。1987年京都大学経済学部を卒業し、住友銀行(現三井住友銀行)入行。(社)日本経済研究センター出向を経て、1993年 (株)日本総合研究所調査部。主任研究員、経済研究センター所長、マクロ経済研究センター所長、ビジネス戦略研究センター所長を経て調査部長、チーフエコノミスト。京都大博士(経済学)。専門は、マクロ経済分析、経済政策、労働経済。
著書に『失業なき雇用流動化−成長への新たな労働市場改革』(慶應義塾大学出版会)、『北欧モデル 何が政策イノベーションを生み出すのか』(共著・日本経済新聞出版社)、『市場主義3.0』(東洋経済新報社)、『デフレ反転の成長戦略 「値下げ・賃下げの罠」からどう脱却するか』(東洋経済新報社)、『雇用再生 戦後最悪の危機からどう脱出するか』(日本経済新聞出版社)など。

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【進行】
須田 孝
連合総合労働局長

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2016年12月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。