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インド・リアル・ビジネスレポート第1回

2014年08月19日 00時58分 JST | 更新 2014年10月18日 18時12分 JST

インドのモディ新首相が8月末に来日する。安倍首相とは、グジャラート州知事時代の2007年、第1次安倍政権の頃から親交があり、安倍首相がツイッターで唯一フォローする外国首脳(8月10日現在)であるなど、日印の蜜月時代の到来が予想されている。もちろんその背景は中国への牽制という政治的事情に加え、州知事時代からインドでも特に高成長をみせた経済政策の手腕と、それがインド市場進出への追い風とみる日本の経済界の期待も大きい。インドへの注目がますます高まる中、本連載では、M&Aの専門アドバイザリーファームで、インド企業とのM&A案件を手がける専門家の視点から、インドのビジネス事情をレポートする。

                   

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インド駐在員としてムンバイに暮らすこと早1年半。この巨大な国について語るにはあまりに時間が短すぎ、そもそも全体像を把握することすら困難である。しかしモディ新政権が、大きな期待と共にこの大国のかじ取りを行うタイミングで、インドに関する執筆機会に恵まれたのは望外の幸せだ。日頃から疑問に思うことを挙げつつ、それらを付き合いのあるインドの有識者に率直に尋ねてみることで、この大国や新政権の行く末を少しでも占えればと思う。まず初回は、ここ最近疑問に思う2点について述べてみたい。

◆日本企業にとっての12億市場の「真実」

12億の民を擁し、将来性が非常に豊かな世界最大の民主主義国家――。

日本企業の進出や買収を進める目的で、インドのビジネスマンを日本に連れて行くことが多い。彼らに自国の紹介をさせると、ほぼ全員がこのフレーズを語る。かのモンゴル帝国、大英帝国といえども10億を超える民を一国家として統治したことはない。中国がここ30年、インドが20年、直面しているチャレンジは偉大に感じる。

インドのビジネスマン達に、「インドって捉えにくいよ」と伝えると、彼らは「EUみたいなものだ」と返してくる。というのも公用語は21、紙幣も17言語で金額を表記。彼ら自身も行ったことのない州があり、言葉も通じないことは当たり前なのだ。

以下の表に州別・地域別(筆者がインドの方の意見を基に勝手に区分け)の人口と一人当たりGDPを記載した。

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一人当たりGDPが最も多い州(ゴア)と少ない州(ビハール)では、実に8倍近い開きがある。また地域別でも高い地域と低い地域ではほぼ倍の格差がある。通常同一国内で、このような格差がある場合には、人口の異動に伴い徐々に格差が平準化されていくものと考えられるが、インドは農業に従事する人口が50%~60%とも言われており、地域への土着から格差の解消が進みにくい側面もあるようだ。

ここで冒頭の言葉に戻る。「12億の民を擁し、将来性が非常に豊かな世界最大の民主主義国家」――たしかに規模の巨大さ、多民族であることは事実だが、もしあなたがインドの関係者の言葉をうのみにして社内稟議にこのようなことを書くのは早計かもしれない。こと日本企業に関して言えば、ビジネスの対象足り得るのは北部・西部・南部のせいぜい5.6億人程度。インドネシアの倍程度の市場と認識すべきではないだろうか?(それでも十分大きいことに変わりはないが......)

◆インドは魅力的な投資先か?

インドは29の州(と7つの連邦直轄領)からなる連邦国家である(つい先日2014年6月2日にテランガナ州がアンドラプラデシュ州より分離して29番目の州となった)。歴史的にも憲法上も各州に相応の自治権が付与されており、単一国家としての方向性の浸透が容易ではない。今年の下院総選挙で新たに政権を担うこととなったインド人民党モディ新政権は、ヒンドゥー語をインドの統一言語とする勅令を出しているが、南部のタミルナド州をはじめとする地域では反発の声があがっている。新政権の船出は、言語の統一からして、既に厳しい課題に直面していると言えよう。

さて、新政権にとっては、「雇用の拡大」「インフラの整備」「インフレの抑制」「財政赤字の削減」が大きなテーマである。ここでは、「雇用の拡大」と「インフラの整備」に共通する事項について論じたい。つまり、どちらも金(あるいは資本家)が必要ということである。

「雇用の拡大」については当然ながら民間資本が主役であり、資本家(外国投資家或いはインド民間企業)に対して如何にインドが魅力的な投資先であるかをアピールする必要がある。①安価で豊富な労働力②よく整備されたインフラ網③対価を払えば望むだけ提供される用地④税制の優遇といったインセンティブ――これらが資本家を惹きつけるパッケージだろう。

余談であるが、筆者は1996年から2004年までの8年間、タイに駐在経験があり、同国が80年代初頭より国家を挙げて資本家の誘致に取り組んでいたことを目の当たりにしてきた。首相直轄のThe Board of Investment("BOI")という投資誘致促進機関を設け、資本家にとり魅力的なパッケージの提供を行ってきた結果として、今や東南アジア有数の自動車生産大国となり、一人当たりGDPもUS$5,000を超える水準となっている。複数の政府機関をたらい回しにされないこともさることながら、10年に及ぶ税制上の恩典(例えば所得税について当初5年は全額免除、後半5年は半額免除など)を積極的に与え、資本家が投下資本を回収しやすくすることを国として後押ししていたわけである。(当時タイと同様に外国資本の誘致を積極的に行っていたメキシコから投資インセンティブの乱発をやり玉に挙げられ、WTOに提訴されたほどであった。)

翻ってインドはどうであろうか?上記①の労働力はさておき、②インフラ③用地④税制上のインセンティブ、の現状は残念ながら投資家を惹きつける魅力に乏しい。この記事を書いているタイミングで丁度先に紹介したインドの最も新しいテランガナ州が、企業誘致公告を当地の経済誌に掲載した(下表)。それによると、窓口を一つにして迅速に手続き、土地・水・電力を用意、他州に比べて魅力的な税制のインセンティブを提供――等とアピールしている。

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◆絵空事と資本家が求める「実利」

これらの内容について筆者なりの分析をしてみたい。

まず目に付くのが「用地」だ。実はインドは土地の収用が非常に難儀な国なのだ。典型的なのが、かのタタ自動車(今やジャガー・ランドローバーのオーナー!)が国民車ナノの製造拠点をウェストベンガル州に求めた際に、住民の反対運動に(というよりは地主の強烈な用地価格の吊り上げに)遭遇し、結局同州での用地取得を断念。他地域に用地を求めざるを得なかった。インド最大の財閥の主要企業であるタタ自動車が工場用地すら取得できないわけだから、外国企業がスムーズに用地を取得できるかは相当微妙なところだ。タタ自動車が進出していれば、多大な雇用を創出し、税収を潤し、民を豊かにし得たのだ。そのような魅力的なプロジェクトを州政府が後押しし用地収用を進めなかったことに、筆者は「世界最大の民主主義国家」の弱点を見る。

その点、テランガナ州では用地は確保してくれるようだ。しかしながら、他州に比してという部分が腑に落ちない。雇用の拡大を欲しているのはインドの他州だけではない、他の途上国もすべて企業誘致に関してはライバルであるという視点が欠落しているのではないだろうか?

さらに最も気になるのは、所得税の減免がないことである。インドも所得税の徴税権は州にはなく中央政府にある。この新聞広告を見てとても残念だったのは、中央政府と州政府の関係の希薄さが垣間見えたことである。

「インフラの整備」にも言及したい。インドは2012年からの5か年計画で、インフラの整備に100兆円!を充当することを目標としている。金額もさることながら、この内の40兆円相当額を民間資本で賄うことを前提としている点も驚きである。インドの財政状況を鑑みるに、恐らくはコンセッション方式を前提としているものと考えられるが、同方式になじむ公共インフラ、例えば港湾・鉄道・高速道路などについてコンセッションを与えて整備してゆくというのは分かる。しかしながら、インドでより足りていないのは基幹インフラともいうべき上下水道・電力・一般道路などであり、これらの充足なくして「雇用の拡大」に必要な資本家の誘致など「絵空事」に過ぎない。

公共インフラの整備は本質的には国家が責務を負うべきものであり、それを国家に代わって民間資本が整備するであれば相応のリターンが求められる。「雇用の拡大」なり「インフラの整備」に資本家の金をあてにするのであれば、資本家が投資リターンの確保の目算が立つよう所得税の減免を強く推奨したい。一言で分かりやすく言えば「ショバ代を下げろ」というのが私からの提言である。

(注)本コラムの内容は筆者個人の見解に基づいており、GCAサヴィアン株式会社

の見解を示すものではありません。