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青色LED特許訴訟に関する一考察

投稿日: 更新:
SHUJI NAKAMURA
時事通信社
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青色LEDの発明に関して、中村修二氏ら三人がノーベル賞を受賞したことは素晴らしいと思います。これからますます重要になる「省エネ」のために、LEDによる照明やバックライトはとても重要です。それを可能にした青色LEDの人類全体に対する寄与は非常に大きいのです。

このニュースが New York Times では「今年のノーベル物理学賞はアメリカ人一人と日本人二人が受賞」というタイトルで紹介されていましたが、これは中村さんが米国籍を取得して、その結果として日本国籍を失っていたからです(米国に暮らすグリーンカード・ホルダーがなぜ米国籍を取るのかに関しては、メルマガ「週刊 Life is Beautiful」の来週号に向けて執筆中です)。

中村修二さんと言えば、雇い主の日亜化学工業を相手にした特許訴訟で有名です。従業員が作った知的所有権の扱いの日米の違いに関しては、未だに誤解している人が多いので、東京地裁の判決後に書いたブログエントリー(2004年3月執筆)を紹介します。

特許問題に関して一言

 青色ダイオードを初めとする最近の特許訴訟に関して、アメリカのハイテク企業(マイクロソフト)で、実際に幾つも特許を申請してきた研究者としていろいろと言いたいことがある。

 まず第一に、あの200億円というでたらめな判決である。確かに、日亜化学工業が青色ダイオードによって得た利益はその数倍だったかも知れないが、ある「発明」を「利益」に結びつけるためには、それがどんなにすばらしい発明だったとしても、誰かがそれ相応のリスクを追って人と資金をつぎ込み、「利益を生み出すビジネス」にしなければならない。このケースでは、会社側が100%のビジネスリスクを追っており、その部分の投資に対する見返りが全く考慮されていないのが大きな問題である。

 仮に、中村修二氏が、シリコン・バレーでベンチャー企業を起こして青色ダイオードを発明していたと過程しても、創業者利益として200億円を得ることが出来たかどうか、疑問である。運良く理解のある投資家が見つかり、初期の研究資金を出してもらったとしても、その時点で会社の40-60%は投資家に持っていかれる(dilution-希釈-と呼ぶ)。「投資」というリスクを負ってもらうのだから当然である。青色ダイオード完成後も、経営者と営業の人員を雇い、ビジネスとして成立させるにはさらなる資金調達が必要で、その時点では中村氏の持分はたぶん20-25%ぐらいになっているだろう。会社を上場させる時点ではさらに中村氏の持分は減り、上場時には15%ぐらいと考えるのが妥当である。上場時の時価総額が200億円だった場合、中村氏の持分は30億円相当である。時価総額が1000億円という値を付けて、やっと150億円というお金が中村氏に入ることになる。

 しかも、これは中村氏が、いつ倒産してもおかしくないベンチャー企業に何年も身を置くという大きなリスクを負い、かつ最初の時点では経営者としての責任も追って、のことである。ある統計によると、ベンチャー企業で投資家から投資を受けることができた企業のうち上場までこぎつけるのは、5社に1社という確率だそうだ。その前に倒産したり、大きな企業に吸収されてしまう可能性のほうがずっと高いのである。それだけのリスクを追って、ベンチャー企業の創設者が上場により得ることが出来る利益は、10億円前後というのが一般的な相場である(ビル・ゲーツが巨額の富を築いたのは、上場後に経営者としての手腕を発揮してマイクロソフトをここまで大きくしたからであり、上場時点での財産は今よりずっと小さかったことを忘れてはいけない)。

 日亜化学工業が全ての投資リスクを追い、中村氏は(終身雇用の職を持ち)リスクをほとんど追わなかったし経営にも参加しなかったことを考慮すると、どうして200億円などという高い判決になったのか理解できない。幾らが適切か、という質問に答えるのは難しいが、普通に考えて10億程度、青色ダイオードという特殊性を考えても、高々20億から30億というのが妥当ではないだろうか?

 第二の問題は不十分・不正確な情報で大衆を混乱させる無責任な報道である。「アメリカでは発明に対してきちっと対価を払っている」、「アメリカの企業が特許に対して与える報酬は、通常数十万円である」、「ベンチャー企業の起業家は上場で何億という上場益を得るのがあたりまえ」、「アメリカにはストックオプションという制度があり、企業に働く研究者にも利益配分がされる仕組みが出来ている」だとかいう言葉が、前後の脈絡も無く流されるものだから、混乱のきわみである。きちんと理解している人は、マスコミの中にもほとんどいないのではないだろうか?

 そこで、「ハイテク企業の技術者として幾つも特許を申請した」経験のある私自身が、マイクロソフトを例にとってアメリカのハイテク企業のシステムがどうなっているか正確に説明しよう。

(1)特許の権利
 マイクロソフト本社に入社する第一日目に、人事部の人から3種類のの契約書を渡された。1つ目が機密保持契約書、2つ目が non-compete agreement (退社後1年間は他社の競合部門では働きません、という誓約書)、3つ目が特許を含む知的財産に関する契約書であった。この3つ目の契約書には、マイクロソフトに勤めている限り、会社にいる間であろうと家にいる時であろうと全ての発明・創作物をマイクロソフトに譲ること、もし日常の業務に関係の無い(つまりマイクロソフトに譲り渡したくない)発明・創作活動にかかわる場合は、上司の許可を書面にて取ること、と記してあった。この3種類の契約書にサインして、初めてマイクロソフト社員として認められるのである。この契約書のどれ一つ拒否しても、採用はしてもらえない。

(2)発明の対価、特許申請の対価
 ここに大きな誤解があるのだが、まず、「発明」と「特許申請」をきちっと区別して認識する必要がある。企業の研究者は、日々さまざまな発明・創作活動をするものだが、そのうち、特許申請をする対象になるものはごく一部である。通常は、ビジネスをしていく上で特許として申請することがプラスになる物のみを選択して申請する。その場合、最も重要なのは発明そのものであり、特許の申請手続きそのものではない。よって、大半の対価は発明(およびそれに付随する製品開発、販売活動、経営活動)に対する対価であり、それは給料・ボーナス・ストックオプションなど色々な形で払われる。中村氏のような world-class の研究者に対しては、給料・ボーナスはもちろんのこと、数千億円もしくは数億円分のストックオプション(つまり数億円相当の株を現在の価格で未来に買う権利)を与えて、会社の実績に応じて多額の差額益が出るようにするのがアメリカの企業であれば当然である(逆に言えば、そうしなければ優秀な人材は雇えない)。当然、オプションであるので、会社の株価が全く上がらなければ一銭にもならないが、もし株が10%上がれば数千万円、倍にでもなれば数億円の収入になるので社員もやる気になる。そこが狙いであり、ストックオプション制度が正式には incentive stock option plan と呼ばれるゆえんである(incentive = やる気)。
 それに対して、「特許の申請手続き」に対する報償は微々たるものである。私もマイクロソフトで十数件の特許申請にかかわったが、一件当たり1000ドル(10万円強)の報奨金が出ただけである。この報奨金は、決して「発明」そのものに対する対価ではなく、「忙しい日々の研究開発から離れて、会社のために特許申請をする」という、特許一件あたり数時間弁護士と過ごす「余分な作業」に対する対価である。であるから、この報奨金の額は、会社にとってどんなに重要な特許であれ、一律1000ドルであった。ここを理解せずに、「アメリカの企業が特許に対して与える報酬は、通常数十万円である」などと報道するマスコミがいるものだから、大きな誤解を招くのである。

 ここで日本の企業がどうすべきということをあれこれ言うつもりはない。(壊れつつあるとはいえ)終身雇用・年功序列・横並び給料という雇用制度、契約書に頼らないという慣習、未整備なストックオプション制度、人材・資金の両方の工面が難しいベンチャー企業経営、などなど日本独自の状況が多々あり、アメリカの制度をそのまま持ってくることは当然不可能である。

 先日読んだ本に、日本人とアメリカ人のすれ違うさまは、まるで別のスポーツを同じフィールドで戦っているようなものだと評してあった。言いえて妙である。英米国が定めたルールの資本主義経済というスポーツを戦う限り、国内だけで通じる日本独自のルールを通そうとすると、色々とひずみが生じる。この特許権問題も、そのひずみの結果である。

最終的には、東京高等裁判所の和解勧告で6億円(利息を合わせて8億4000万円)で和解となりましたが、日本企業のシステムが時代遅れであることを如実に表す良い例になりました。

日亜化学工業がMicrosoftのようなストックオプションの仕組みを持っていれば、中村さんは少なくとも20〜30億円のキャピタルゲインを得られただろうし、彼のまわりで研究をサポートした人達、量産技術に携わった人達、各社とライセンス契約を結んだ人達にも億単位のキャピタルゲインが入ったことは確実です。

日本では、Bill Gatesや Mark Zackerberg などの創業者ばかりが注目されていますが、Microsoft、Google、Facebook、Apple などのそれぞれの企業が、数百人から数千人のミリオネア(資産1億円以上の人達)を生み出しているという事実にもっと注目すべきです。

そういうシステムがあるからこそ、米国には世界中から優秀な技術者たちが集まり、そしてそこで得た財産を元に彼らがまた別のビジネスを立ち上げたり、投資家として起業家たちをサポートする、そんなエコシステムが成り立っているのです。

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