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『八紘一宇』発言に鈍感であってはならないと思う

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■唐突に出て来た『八紘一宇』

先週、久々にぞくっと悪寒が走るようなニュースがあった。元女優で自民党の政治家である三原じゅん子氏の発した一言に思わず体が敏感に反応した。『八紘一宇』がその一言である。

この言葉の意味は、ブリタニカ国際大百科事典の説明がわかりやすくコンパクトにまとまっているので、以下、引用しておく。

「世界を一つの家にする」を意味するスローガン。第2次世界大戦中に日本の中国,東南アジアへの侵略を正当化するためのスローガンとして用いられた。『日本書紀』のなかにみえる大和橿原に都を定めたときの神武天皇の詔勅に「兼六合以開都,掩八紘而為宇」 (六合〈くにのうち〉を兼ねてもって都を開き,八紘〈あめのした〉をおおいて宇〈いえ〉となす) とあることを根拠に,田中智学が日本的な世界統一の原理として 1903年に造語したもの。40年第2次近衛文麿内閣が、「基本国策要綱」で東亜新秩序の建設を掲げるにあたり、「皇国の国是は八紘一宇とする肇国の大精神に基づく」と述べ、以後興亜新秩序の思想的根拠として広く唱えられた。


■時代は変わった

本来の意味はどうあれ、あまりに『軍国主義』『侵略』のイメージが強く付着し過ぎていることもあり、戦後はGHQから公文書での使用を禁じられている。そしてその後も戦後民主主義的な空気の中では、長く『忌み言葉』扱いされてきた。だから、かつてなら、国会議員が国会でこのような言葉を口にしようものなら、即座に政治生命が絶たれかねなかった。ところが今回は、共産党も社会党も何も発言しなかったという。マスコミも、もちろん一部に批判的な論調の記事はあったものの、予想よりずっと静かだったとの印象がある。批判の内容も、侵攻を受けた側の中国や韓国等を始め、アジア諸国等のネガティブな反応を危惧し、外交上の失点となることを心配する論調がある程度で、反対に、GHQの洗脳を解く意味でも、日本古来の価値感に根ざす思想としての『八紘一宇』をこの際見直すきっかけにすべき、というような意見まで出たりする。明らかに時代は変わっている。


■『イスラム国』と似ている

『八紘一宇』を造語した田中智学は、日蓮上人を奉じて『国柱会』を創立し、個人の自覚、宗教の改革だけではなく、世界全体の改革を訴えた。その思想の骨格は、『原理主義的』(既存の日蓮宗を維新し改革する)、『政教一致』(社会全体が日蓮宗に帰依し、天皇が日蓮宗に改宗し国教となるべきとして、日蓮仏教の国教化を目指す王仏冥合思想を宣言)、『超国家主義』(世界は日蓮宗の思想の下に統一されるべき)で、最終的には天皇が世界の頂点に立って指導を行う世界を目指す(これを田中智学は「八紘一宇」と表現したとされる)というもので、イスラム教内部でも非常に『原理主義的』で、カリフ制復活を唱え、最終的にはイスラムによる世界統一を目指す『イスラム国』の主張とその構造が非常に良く似ている。(あえて『イスラム国』という呼称を使わせていただく。)


■戦闘的な日蓮宗の宗派

田中智学は、大正から昭和初期にかけて当時勃興しつつあったインテリ層に直接、間接に非常に大きな影響を与えた人物である。国柱会は『日蓮主義』という表現を使用し、この『主義』という概念は、明治以降に流入した西洋哲学に由来するものであり、日蓮教学の近代的体系化の一端を表しているとされる。小説家/文芸評論家の丸谷才一氏と劇作家/評論家の山崎正和氏の対談集である『二十世紀を読む』*1によれば、この時期の(昔も、そしておそらく今も)日本人のマジョリティは『親鸞的雰囲気』あるいは『浄土真宗的雰囲気』的なメンタリティ(主義主張を鬱陶しいと感じ、主義を主張する人を嫌うメンタリティ)を持っていたという。

日蓮宗にはもともと、接受派(内面的な信仰を抱き、世の中とは協調していこうとするタイプ)と、折伏派(全人類を日蓮宗に改宗させることを目指すタイプ)の二派があり、江戸期には折伏派の中の戦闘的な派閥とされる『不受布施派』は、江戸幕府からキリシタン並みの大弾圧を受けたというから、その嫌悪感は非常に強かったと考えられる。だが、日本の歴史においては、時折、本来マイノリティであるこのような思想とそれを体現する人物が出て来る時期があるようだ。


■テロや侵攻を正当化するイデオロギーとして機能

田中智学自身は、死刑廃止や軍備縮小を唱える平和的な宗教者でもあり、世界の統一の目的は人々が本音で繋がり合う理想郷の実現であったことは確かだろう。だが、大正末期からから昭和初期というのは、国民が明治期の国家目標に熱狂した時期を過ぎ、大きな物語が見え難くなってくる時期だ。ただでさえ自らを託せる物語が失われ、インテリ層にも鬱屈が溜まっていた。加えて、社会の矛盾も極まっていた。国家と結んだ財閥が繁栄する一方、世界的な不況で地方は疲弊し、飢餓や娘の身売りが激発する。国にも軍にも官僚主義がはびこっている。こんな時に、日蓮宗の折伏派の系統に魅力的なイデオローグが出れば賛同者が続出するのは無理からぬところもある。

実際、この時期の熱烈な日蓮信者には、そうそうたるビッグネームが並ぶ。だが田中智学の思想は、結果的には、不幸なことに、国家改革をお題目にして、テロリズムや他国への侵攻を正当化するイデオロギーとして機能してしまったと言わざるをえない。具体的な人物名を列記すれば一目瞭然だ。

(説明文は、Wikipediaおよび、ブリタニカ国際大百科事典を参考にしつつ、多少自分で書き添えた。)

北一輝:
国家主義運動の理論的指導者。著書『日本改造法案大綱』は陸軍青年将校の革命のバイブルとされた。陸軍皇道派の青年将校が起こしたクーデターである二・二六事件(高橋是清蔵相、斎藤實内大臣等政府要人を暗殺)の理論的指導者として逮捕され刑死。

大川周明:
国家主義運動の指導者。青年将校が計画した三月事件、満州事変を推進。陸海軍将校によるクーデータである五・一五事件(犬飼首相を暗殺)に連坐。A級戦犯として東京裁判で起訴されたが、精神障害と診断され釈放。イスラム教の研究家としても知られる。

西田税:
陸軍軍人、思想家。北一輝と親交を持ち、二・二六事件で国家転覆を図った首謀者の一人として北とともに刑死。

磯部浅一、村中孝次、香田清貞、安藤輝三:
二・二六事件を主導/関与した陸軍青年将校。北一輝の『君側の奸』の思想の影響を受け、政治家と財閥系大企業との癒着が代表する政治腐敗や、大恐慌から続く深刻な不況等の現状を打破する必要性を声高に叫んでいた。

塚野道雄、三上卓、山岸宏:
五・一五事件に関与した陸海軍の軍人。

井上日召:
宗教家、政治運動家、テロリスト。右翼団体血盟団結成。一人一殺の血盟団事件を引き起こし、無期懲役(恩赦で釈放)。

菱沼五郎:
日本の政治運動家、殺人者、テロリスト。井上日召に心酔し血盟団に加盟。1932年団琢磨を射殺(血盟団事件)。

相沢三郎:
陸軍軍人。北一輝の思想的影響を受け、永田鉄山軍務局長斬殺事件を起こした。刑死。

近衞篤麿:
近衛文麿の父。国柱会会員。アジア主義の盟主として活躍。

石原莞爾:
陸軍軍人。関東軍参謀として満州事変と満州国建設を指揮。主著に『世界最終戦論』。国柱会会員。

宮沢賢治:
詩人、児童文学者。日蓮宗の熱心な信者となり、国柱会に入会。


■文芸春秋の記事

三原じゅん子氏の『八紘一宇』発言は、3月16日の参院予算委員会で行われているが、それに先立って、文芸春秋の2015年4月号(3月10日発売)に、北海道大学准教授の中島岳志氏が、『若者はなぜテロリストになるのか』*2という記事を寄稿していて、サブタイトルに、『八紘一宇とイスラーム国の危うい類似』『かつて日本にもテロの時代はあった。悩める若者を搦めとる大きな物語に気をつけろ』とある通り、今の若者が八紘一宇のような大きな物語に影響を受けて暴発しかねないことを危惧している。中島氏も三原じゅん子発言には、肝を冷やした一人に違いない。


■悩める若者

中島氏が指摘するように、バブル崩壊後の日本の若者の非常に鬱屈した雰囲気と、希望のなさは、近年の日本の抱える非常に大きな社会問題とされてきた。世界に類のない平和国家でありながら、日本の若者には、希望はなく、自分が承認される機会がどんどんなくなって来ている。中島氏は、そのような若者の代表の一人として、作家/社会運動家の雨宮処凛氏の例をあげている。酷いイジメを受けて育った雨宮氏にとって、会社等の中間集団の包摂を前提とした日本のシステムでは生きる意味も承認を受ける場所も見つけられず、自殺未遂を何度も繰り返す。紆余曲折の末出会った右翼や北朝鮮に初めて誰でも包摂してくれて、自分の生きる意味を与えてくれる場を見つける。

今回の記事には出てこなかったが、月刊『論座』に『「丸山眞男」をひっぱたきたい--31歳、フリーター。希望は、戦争。』を寄稿してメディアの注目を集めたフリーライターの赤木智弘氏などの発言も、平和だが承認も物語もない日本のような先進国より戦争やテロがあっても大きな物語と包摂のあることを感じさせるイスラム国を選ぶメンタリティに通じると言えそうだ。赤木氏は、今の日本では、一旦落ちこぼれたら全く希望がなく、その状態を変えてくれるきっかけなら戦争でもいいから起きて欲しい、すなわち、『希望は戦争』と言い切る。安倍政権の経済政策で、昨今、数値上の経済は上昇基調ではあるが、それが雨宮氏、赤木氏らに代表される若者の希望となっているとは残念ながら考えにくい。むしろ、格差を拡大して、このような若者を増やすことさえ危惧される。


■成功者/エリートも欲求不満

中島氏の言説はどちらかと言えば、バブル崩壊後の日本で、正規社員になれなかったような、いわゆる『挫折した若者』がこの母体であることを示唆しているように読めるが、オウム真理教事件でも、いわゆるエリート層が沢山参加していたがごとく、今の日本には(というより資本主義と民主主義が行き渡ったはずの他の先進国でも)、人のうらやむようないわゆる勝ち組/エリート層でさえ、自分の人生をかけることが出来るような大きな物語は見つからず、承認欲求を満たすことはできなくなっていると見るべきで、むしろこのエリート層こそ、発火し易い状態にあると言えるのではないか。そこに『カリスマ』が登場すると、平和な東京に毒ガスを散布するようなことが再び起きても不思議はない。ことによると日本国内で、イスラム国のようなものをつくろうとする集団が現れる可能性もあり得る。日本の歴史はそれが絵空事ではないことを示唆しているとも言える。


■鈍感であってはならない

そういう意味で、『八紘一宇』が国会の場で出て来るような状況に鈍感であってはならないのでは、と思わずにはいられない。経済成長が万能薬というような甘い認識では、先が思いやられる。戦争やテロのような暴力がなくとも、人が誰でも承認を受け、生き甲斐を感じられるような社会をつくることを真剣に目指していかないと、再び悪夢が襲って来かねないことを肝に銘じておく必要があると思う。


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(2014年3月23日「情報空間を羽のように舞い本質を観る」より転載)
 

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