ブラック企業に欠けているのは「倫理」ではなく「合理性」!?

ホットヨガスタジオ「LAVA」急成長を支えた人材育成戦略

昨年の12月に、『突然ですが、社員をもっと大切にしてみてくださいーー持続可能な経営戦略』という本を出しました。この本に込めた思いについて、述べてみたいと思います。

人件費を抑えることで失われるものとは何か

社員が自分の仕事に確かなやりがいを感じ、働く中で成長していってくれること。売上も、利益も、すべては社員満足度の結果としてもたらされる。

これが、新刊の『突然ですが、社員をもっと大切にしてみてください 持続可能な経営戦略』にまとめた、「社員満足度経営」の根本にある考え方です。

このようにお話すると「それはきれいごとじゃないか」「そんなことで、経営がうまくいくはずがない」「それはたまたまビジネスがうまくいった結果論でしかないというご批判をいただきます。

確かに、企業というのは、ある程度の利益を確保できなければ存続することができません。なかでも、人件費というのは、ビジネスでは非常に大きなランニングコストです。これを低く抑えないと、利益をあげることが難しいというのは常識です。

ですから世の中には、利益を求めるあまりに、人件費や労働環境改善のコストを削る企業がたくさんあります。そして、それは当然のことだ、と考えている人も多いようです。

私も、こうした考え方のすべてを否定するものではありません。ただ、「人件費を抑えて利益率を高める」という考え方は、必ずしもビジネスとして「合理的」とは言えない、と私は考えています。

なぜなら、人件費を抑えると、そのビジネスから「持続的な成長性」が失われてしまうからです。

成長しはじめたビジネスをさらに伸ばすときに課題となるのは「優秀な人材の確保」

国内で300店舗以上展開しているホットヨガスタジオ「LAVA」事業は、ベンチャーバンクがこれまで立ち上げた事業の中でも、大きな成功を収めたもののひとつです。

そのLAVAの経営において特徴的なことのひとつが、インストラクターの多くを、短期のアルバイトではなく、社員として長期雇用しているということです。

私たちは今、LAVA事業だけでも、毎年数百人のインストラクターを採用しています。当然、彼らを一人前に教育し、マネジメントするマネージャークラスの人材には、非常に高い能力が求められます。

そういう優秀な人材をどれだけ確保できるかということは、フィットネス事業においては、事業の成長スピードを大きく左右する要素です。

急成長するビジネスではマネージャークラスの人材確保が常に課題となる

では、そうした優秀な人材を確保するには、どんな方法があるでしょうか。

フィットネス業界では一般的に、同業他社でマネジメント経験を持つ人材を中途採用する、ということがよく行われています。

それは結局、「人を育てる」ためには多大なコストがかかると考えられているからです。そんなコストをかけるよりも、他で経験を積んだ人を引き抜いたほうがいいというのは、一見合理的な考えです。私たちも長らく、同じような考え方で、人材確保を試みてきました。

しかし近年、私たちは、マネージャークラスの人材を社内で「育てる」ということに、より多くの力を注いでいます。そのほうが長期的に見たときには教育コストが低く、合理的だということがわかったからです。

これまでは、私たちも、マネジメント経験のある経験者を中途採用し、その人に15店舗程度を統括してもらうというマネジメントシステムを取っていました。同じような業態でマネジメントに携わっていた人であれば、即戦力で、すぐに管理業務にあたってもらえるのではないか、と考えていたわけです。

しかし「マネジメント経験」と一口に言っても、会社が違えば、求められる仕事の内容は異なります。実際にやってみると、どれほど有能な人を採用したとしても、結局、「育てる」というプロセスが不要になるわけではない、ということがわかりました。

管理者クラスの人材は十分にコストをかけて、社内でじっくり「育てる」のが合理的だと気づいた

そこで私たちは、生え抜きから育てた社員にマネジメントを担ってもらいやすくなるよう、マネジメントの仕組みそのものを変えてみることを試みました。具体的には、既存店の生え抜きの店長から候補を選び、「スーパーバイザー」という位置付けで、「7〜8店舗(※現在は4〜13)のマネジメント」を任せるというシステムに変えたのです。

この程度の店舗数であれば、週に1回以上各店舗に直接顔を出すことができます。専門的なマネジメントの教育や経験がなくても、それまで積んできた「現場の店長」としての経験を生かした「顔の見えるマネジメント」ができるのではないか、と考えました。

この転換は、成功しました。今では、従来の40〜90店舗を統括するブロック長は廃止し、全体を統括する部長がひとりと、「4〜13店舗のマネジメント」を行うスーパーバイザー60名ほどが、月に1度集まってグループとしての方針を話し合うという、フラットな組織構造ができあがりつつあります。

そしてこの結果、グループ全体の売上も、右肩上がりに伸びていくようになったのです。

ホットヨガスタジオ「LAVA」における管理システムの新旧比較

一般的に申し上げて、「人を育てる」ためには多大な教育コストがかかります。しかし実際にこうして、管理者クラスの人材を内部で「育てる」ということに取り組んでみると、長い目で見たときに、それが合理的な戦略である、ということに気づかされました。

短期雇用で人件費を抑えれば、短期的には利益率は上がるでしょう。しかし、長期的には、サービスの質を低下させ、成長を鈍化させることにつながります。

一方、長期雇用は一見コストが高く見えますが、長く働いてもらうことで社員の一人ひとりの仕事に対する充実感が上がり、それがその事業を成長させ、成功させるうえでの「土台」となるのです。

ブラック企業に欠けているのは「倫理」ではなく「合理性」!?

ブラック企業の問題は「倫理」ではなく「非合理」にある?

昨今はいわゆる「ブラック企業」や「派遣切り」など、さまざまな労働問題がメディアをにぎわせています。劣悪な労働環境のまま、働けば働くほど不幸になってしまうような働かせ方をしている会社がたくさんあることは、否定することのできない事実のようです。

もちろん、私も経営者ですから、理想や思惑通りにはいかない厳しい現実があることは、承知しています。

ただ、少なくとも私は、社員が仕事にやりがいを感じ、成長していってもらうためにかけるコストを削れば削るほど、そのビジネスを持続的に成長させることが難しくなる、ということを実感しています。

それは結局、社員の一人ひとりが自分の仕事にやりがいを持ち、成長していってくれなければ、長期的には、働く人のモチベーションや仕事の効率はどんどん低下し、そのビジネスの生産性は下がっていくことになるからです。

そういう意味では、従業員を疲弊させる「ブラック企業」に欠けているのは、「倫理性」というよりも、むしろ「合理性」だと言ってよいのではないかと私は思います。

いくら売上や利益を確保できたとしても、その結果として社員を疲弊させてしまえば、そのビジネスを持続的に成長させていくことを考えた時には、「非合理な経営」だと言えるでしょう。

社員が自分の仕事にやりがいを感じ、成長していくことを第一にする「社員満足度経営」こそが、もっとも合理的で、持続可能な経営戦略であると、私は考えているのです。

鷲見貴彦

(2018年2月5日「プレタポルテ by 夜間飛行」より一部修正して転載)

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