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斜陽のG8:人類が直面する問題の克服に向け、指導力を発揮できるか

2013年06月17日 17時44分 JST | 更新 2013年08月16日 18時12分 JST

6月17日から18日にかけて、英国北アイルランドのリゾート地、ロック・アーン(『ロック』は湖の意)にて「主要国首脳会議(通称G8サミット)」が行われる。議長国イギリスのデービッド・キャメロン首相はこのサミットの趣旨について、早い段階から「自らの身を正すサミットだ」とし、特に税・貿易・透明性からなる「3T(Tax, Trade and Transparency)」を主要議題にすると発表している。

前回英国がサミットを主催した2005年、当時のトニー・ブレア首相がG8を牽引してアフリカ向けの大幅な債務免除と援助増額を約束させることに成功し、同政権の歴史的遺産となった。キャメロン氏の「自らの身を正す」というスローガンには、これに対する強烈な対抗意識があり、「援助ではなく、途上国の発展を可能にする政策条件を整備する」ことで、途上国開発に関する保守党政権なりのリーダー像を示そうとしている(ちなみに、他のG8諸国が軒並みODAを減らす中、英国自身は今年、G8の中では初めて、国民総所得の0.7%を援助予算に振り向けるという国連目標を達成した)。

もう一つ、このスローガンには、英国を始めとする先進国に対して文字通り「身を正す」ことを求める国民世論への回答という側面もある。なぜなら、多くの英国民は現在の不況がロンドンの金融街「シティ」の無謀な金融ゲームの結末であることを知っており、これに対してキャメロン政権が進めてきた緊縮財政(政府支出を抑え、公共サービスを縮小すること)で、庶民の生活水準が著しく低下したと感じているからだ。そんな中、昨年、スターバックス・コーヒーの英国法人が本来の法人税を納めていないことが明らかになったのを皮切りに、グーグル、アマゾンを含むグローバル企業の間で租税回避行為(違法ではないが不正とされる節税行為)が常態化していることが政治問題化した。

もともと経済界寄りの立場を採る保守党だが、これを正当化するためには、「企業が潤うことで初めて、税収と雇用を生み、保健サービスや教育、介護などの社会サービスをまわすことができる」という論理に一定の説得力を持たせる必要がある。そのため、「大企業による税逃れのせいで庶民が緊縮財政に苦しむ」という構図が現れたとき、保守党が企業に対して「納税」という社会的責任の履行を迫れなければ、単なる「金持ちの味方の党」だと思われてしまい、次の選挙は苦しくなる。したがって、「3T」アジェンダは、国内世論を強く意識したものでもあることがわかる。

それにしても、先進国の経済課題と途上国の開発課題を一つのパッケージに仕上げるあたり、非常に英国らしいと言える。日本のメディアでは、「時の政権の経済政策を西側諸国に承認してもらえるかどうか」という視点からの報道が、半ば伝統芸能化している(この姿勢に西洋コンプレックスの名残を感じてしまうのは私だけであろうか)。

しかし、実際にサミット会場に足を運び、海外メディアがどのような視点からサミット報道をしているかを見ると、G8内部の政策協調だけを議論する時代はとうの昔に終わっていることがよくわかる。焦点が当たるのは、G8内部のことよりも、G8という単位の集団が外部世界に何をもたらせるのかだ。だからこそ、2005年のサミットでは、前日にロンドンでテロが起きたにもかかわらず、英国メディアは当初の「アフリカ開発」アジェンダに照らした成果分析を行った(ちなみに、テロの被害に遭った当事国のメディアがそのような報道をしていたとき、日本のサミット報道はテロ一色になった。ある民放ニュースでは、専門家風情のコメンテーターが「今回のサミットでは大して重要な議題がなかったことが、せめてもの救い」という趣旨の発言をしていたことを、筆者は今も忘れることができない)。

しかもBRICS諸国が台頭するにつれ、グローバル経済全体に関するG8の規定力も落ちている。その結果、21世紀に入ってからのG8サミットは、基礎教育(2003年)、アフリカの貧困、対外債務免除及び援助増額(2005年)、国際保健(2008年)、農業支援(2009年)、母子保健(2010年)と、一貫して途上国の開発問題やODAの活用方法に関するテーマがアジェンダを占めている。BRICSに対するG8の最後の比較優位が、「援助ドナー」としてのアイデンティティだったからだ。しかし、度重なる危機を経て、先進国内の経済問題や社会問題が深刻化する中、英国以外のG8諸国は軒並み援助予算を削減。今次サミットでは、開発問題についても別のアプローチが必要になったということだろう。

ちなみに、貧困問題の解決に取り組む国際NGOで活動する筆者は、ODAの役割が終わったとは全く思わない。先般横浜で開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD V)では、「貧困削減から経済成長へ」「公的援助から民間投資へ」という大きなパラダイム・シフトが見られたが、このような「イケイケ」な風潮には危惧を覚えざるを得ない。マラウイ政府が国家予算をすべてエイズ対策に振り向けたとしても、同国のエイズ対策に必要な経費の17%しか賄うことはできない。リターンを求める民間投資に、これを埋めることは期待できない。また、TICADではモザンビーク小農の代表が、日本とブラジルによる同国への農業支援プロジェクトに異議を唱えるために来日したが、彼らの訴えは、土地の所有と利用について、小規模農家の権利を守るガバナンスが確立されていないところに外資の農業投資を呼び込むことで、GDP成長には貢献するかもしれないが、アフリカ農業の主役である小農を飢餓と貧困に追いやってしまいかねないという、途上国開発が抱える基本的かつ根源的な問題を投げかけている。

とはいえ、「与える」「与えられる」の役割が固定化しがちな「援助」だけで開発を語り続けることにも、大きな限界がある。日本で「開発」というと、「(おそらく肌の色が濃い)恵まれない人のための慈善事業」と「(環境破壊型の)公共土木事業」という、両極端なイメージが先行しがちだが、「development」が本来意味するのは、人々が他者の意向に翻弄されずに自身の人生の主人公になり、社会参画を果たしていく、一連の変革プロセスのことを指す。その意味では、これを達成した社会は地球上に未だ存在せず、「先進国」と呼ばれる日本に住む私たちも、発展途上にあると言える。

その意味では、キャメロン氏が3Tの中で、特に税と透明性アジェンダについて、(1)世界全体で少なくとも1560億ドルもの税収喪失をもたらしているタックスヘイブンを巡る、利用者情報や資金の透明性と、(2)各地で貧困農家の強制立ち退きなどが問題になっている、土地投資活動の透明性の向上に焦点を当てることにしたのは、非常に野心的な試みといえる。なぜならいずれも、社会正義、人権、環境の持続可能性といった公共財と資本主義が両立可能なのかどうかに関わる大きな問題であり、今後人類社会が、弱肉強食と人権や公正の間でどちらを選択するのかに関わる問題だからだ。そしていずれも、程度の差こそあれ、途上国・先進国双方が直面する課題でもある。

これらの重い課題について、社会正義に適った前進を勝ち取ることができれば、G8は一定の存在意義を世界に対して示すことができる。

私の属するオックスファムでは、G8諸国に対し、これらの問題に関する具体的な提言を行ってきたほか、サミット本番では、交わされる合意内容の分析や評価を各国メディアに発信する。

ハフィントンポストへの次回の投稿はサミットの閉幕後を予定しており、G8に何が求められたのか、また、それに対してG8がどう応えたのかについて、具体的に報告したい。

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G8は飢餓の解消に指導力を発揮できるか。レシピは「税」と「土地」。6月16日、ベルファスト市内で行ったメディア向けパフォーマンスの様子。(©OxfamJapan)