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1942年生まれの二人の男

2013年11月19日 15時43分 JST | 更新 2014年01月18日 19時12分 JST

tokiko

1942年生まれの二人の男に大きな刺激をもらったこの一週間。

12日に記者クラブで画期的な講演を展開した小泉純一郎氏。

そして18日、東京ドームの初日を飾ったポール・マッカートニー。

まずポールから語ろうか。

はじめから感動するに決まっているライブだとはいえ、アンコールを含めると、37曲もの歌を見事に聞かせてくれたポールに感謝だ。数万人というスケールのドームだから、映像を駆使し、大写しになったポールの顔も見られ、レーザー光線もフル活用の照明もサービス満点だったけれど、やっぱり圧倒的に良かったのはアコースティックギター一本で歌った数曲。照明も何もいらない! ポールの歌だけで十分だった。

後半「オブ・ラディ・オブ・ラ・ダ」で客席の大合唱の後の「レット・イット・ビー」では、涙がこみ上げ、ラスト曲「ヘイ・ジュード」では、もうぐしょぐしょだった。

アンコールの「デイ・トリッパー」「ゲット・バック」はもちろん完璧。ダブルアンコールの一曲目に、「福島の人に贈ります」とギター一本で歌った「イエスタデイ」が心に沁みた。

ビートルズって一体何だったんだろう? と改めて考えた。

デビューから50年。1966年、初来日の武道館を私は新人歌手として見ており、だから「ライバルだわ」って言ってきたけど、その後の満身に受け止めてきた時代の風は、いつもビートルズのヒット曲と一つになって、体の奥に染み込んでいる。

1968年秋の「Hey Jude」をどれほど泣きながら聞いたことだろう。

世界中に巻き起こったベトナム反戦、東欧に吹き荒れた自由化への嵐、そして弾圧、ロバート・ケネディーの暗殺。若者は素晴らしい未来に向かって果敢に動いていたが、無力感や、不安といつも背中合わせだった。

そして、夢を砕かれながら、世界はこの数十年に取り返しのつかないところまで来てしまった!

1975年にベトナム戦争は終わったが、悲惨な中東戦争、カンボジアへと戦火は続き、89年、ベルリンの壁が崩壊して米ソ対立に終止符が打たれた途端に、湾岸戦争、ユーゴ内戦が始まった。

世界が未来を見つけられると信じていた時代の若者の歌こそがビートルズであり、同時にそれは、 どこまで行っても終わらない戦争のバックミュージックでもあった。

そして、2011年3・11の後の日本に私たちは生きている。

ビートルズを武道館で聞いた頃にはまだ日本には無かった原発。3・11の事故で安全神話が無残に崩れ去った今、やはり取り返しのつかないところにきてしまった事にやっと気付かされている私達。

そこで、小泉純一郎氏の事に触れよう。

原則的には、原発を推進して来た責任者である小泉氏を許す訳にはいかない。が、推進者だからこそ、もう無理であることに気が付かないはずはないのだ。

「使用済み核燃料の捨て場がないのだから、一刻も早く原発をゼロにするべきだ。」と、小泉さんが発言した事を歓迎したい。

12日の発言内容の一部始終をネットで聞いた。要点を洗い出してみよう。

「安倍総理に言いたい。今こそ総理の権力を国民の願う方向に、使うべきだ。一刻も早く脱原発を決断し、自然を資源にしたエネルギー政策を目指すとすれば、その夢のような事業に、日本のほとんど全ての人が協力出来る。総理が決断すれば、みんなそれに従うでしょう。何年後ではなく、即ゼロが最もいい。再稼働すればまた使用済み核燃料が出る。原発がすべて止まっている今のうちに、核燃処理工場も含めてやめた方がいい。」

実に明快で、私たちの言ってきた通り、理路整然としている。

さらに踏み込んで、エネルギー政策を再生可能なエネルギーに転換するべきだし、企業にとってもその方が将来性があると提言している。

「 エイモリー・ロビンス博士(ロッキーマウンテン研究所所長 共同創設者)の『新しい火の創造』を河野太郎から薦められて読んだ。脱原発ばかりか、脱石油、脱石炭、脱天然ガスは可能だ、と博士は提案している。アメリカがその決断をすることもあり得る。だったら、早く日本も転換に踏み込んだ方がいいでしょう。」

エイモリー・ロビンス氏と言えば、70年代から「ソフトエネルギーパス」を一貫して主張し、地球資源を枯渇させる「ハードエネルギー」ではなく、太陽光や水力、風力など再生可能な資源でエネルギー供給する方が企業的にも有利だと、コストを数値化して示してきた。79年には、私は夫と共に夫妻で来日されたロビンス氏と対談した事がある。30年早くこの方向に国が行動を起こしていれば、はるかに希望の持てる21世紀になっていたことだろう。

小泉氏の提言を是非、日本の経済界でも検討し、本気でロビンス博士の提案を研究して頂きたいし、安倍首相には、一刻も早い脱原発を決断して欲しい。完全な一匹狼として発言した小泉氏の潔さに拍手を送りつつも、折角のこの動きの中で、もっともっと国民的な「脱原発」の動きを活性化させていかなくてはならないと思う。政党や組織に委ねず、個々人がそれぞれの立場で意思表示をして行くことが大事な時期にきている。

ポールも小泉さんも1942年午年の生まれで、来年は年男。

パワーを持てる時期なのかもしれない。

かつて学生運動を経験した同世代の人達も、是非声をあげて行って欲しい。会社をリタイヤした後こそ自己実現のチャンス。

「ピンチをチャンスに変えるのは今だ。」この気持ちを忘れずにいたい。

小泉元首相の軌跡