【5月16、17日に横浜で開催】トライアスロン世界大会 日本代表の上田藍選手「時にはこだわりを捨てることで成長できる」

2015年05月08日 00時16分 JST | 更新 2015年05月09日 01時03分 JST
日本スポーツ振興センター

トライアスロン界最高峰の大会が、毎年、ここ日本で開かれている

スイム・バイク・ランの3つをこなしてフィニッシュを目指すタフな競技、トライアスロン。2009年からはトライアスロン界で最高峰の大会であるITU世界トライアスロンシリーズが横浜で開催されており、横浜港や県庁本庁舎前、みなとみらいなどの中心部を舞台にトップアスリート達が熱戦を繰り広げています。北京、ロンドンの両オリンピックの日本代表である上田藍選手と、世界トライアスロンシリーズ横浜大会組織委員会・大久保挙志事務総長に、競技の魅力や日本で世界大会を開催する意義などについて、語っていただきました。

トライアスロン日本代表・上田藍選手インタビュー

■私の強みを活かせるのは、トライアスロンなんだ!

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――上田選手は4歳から水泳を習い始めたとのことですが、その後、トライアスロンを始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

中学生の頃、私は水泳部に所属していました。さらに、部活以外にも、スイミングクラブまでマウンテンバイクで片道30分かけて通っていました。一方で、陸上部の助っ人として全国中学校駅伝大会にも出場し、区間賞を取ったこともありました。

通っていたスイミングクラブには、40代や50代のトライアスロン愛好家の方が何人もいて、その人たちが私の駅伝での活躍を聞いて、「泳げて走れて自転車もできるなら、藍ちゃん、トライアスロンやりなよ!」と声をかけてくれました。けれどその時は本気で水泳に打ち込んでいたので、トライアスロンを始めることなど考えてもみませんでした。

高校では陸上部に所属して3000mを専門にしていましたが、インターハイはおろか近畿大会にも進むことができませんでした。「こんなはずじゃなかったのに」と、くじけそうになったとき、「水泳も陸上も単独種目ではダメだったけれど、組み合わせれば活かせるかもしれない。私にはトライアスロンというチャンスがある」と思い至ったのです。それが、高校2年生の冬のことでした。それからは、陸上部の練習後にスイミングクラブにも通い直して、高校の自転車部にも押しかけて練習させてもらいました。すると翌年の夏、兵庫県のトライアスロン大会で、初挑戦でいきなり優勝できました。自分を活かせるのはこれだ、と確信しましたね。

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――スポーツの世界では、「努力は必ず報われる」「最後まであきらめない」という強い心が必要だとよく言われます。一方で、上田選手のように思い切って競技を転向することで新たな道が開けるケースもありますね。

そうですね。私の場合は、3種目複合だからこそ勝てたという最初の成功体験が次の目標を生み、さらに達成したらまた次の目標......というふうにステップアップすることができたと思います。もし、水泳や陸上にこだわり続けて勝てないままでいたら、自信も目標も小さくなっていたかもしれない。そう考えると、思い切ってトライアスロンに転向したことで、私の可能性は広がったと思います。

――アスリートとして、今までに味わった最高の瞬間は、いつですか?

2008年5月のアジア選手権です。北京オリンピックの日本代表選考レースに指定された大会でしたが、私は最初のスイムで、「挽回不可能」とコーチ陣が思うほどに出遅れました。けれど巻き返して、ランの残り5kmで逆転して優勝しました。

トップに立ってからの5kmは、独走でした。オリンピック選手になるという自分の夢が、今まさに叶おうとしている----。レース前は「笑顔でフィニッシュ」をイメージしていましたけれど、まさかの「うれし泣きフィニッシュ」になりました。

■トップ選手同士の協力、駆け引き、街中を疾走する迫力

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――上田選手は毎年数多くの国際レースに出場されていますね。

シーズン中は積極的に海外のレースに出るようにしています。なぜなら、世界のトップ選手たちと顔見知りになっておきたいからです。実はトライアスロンのトップ選手同士は、空気抵抗の大きいバイクで集団の先頭を交代しながら走るなど、協力してレースを進めています。交代で風よけになることは、先頭集団が後続集団を引き離すためにも、重要な戦略になります。このような理由から、たくさんのレースに出ることで、常に彼女たちと協力しあえる良い関係を作っておきたいと思っています。

幸い、私は体力があり、回復も早く故障の心配が少ないので、かなり多くのレースに出場できています。2014年度は19レース。デュアスロン(ラン・バイク・ランの複合競技)も含めれば21レースでした。世界トップ選手の平均は年間10レース前後なので、私は2倍、本番を経験していることになります。

2015年度は、もう少しレースを絞るつもりです。2016年のリオデジャネイロ五輪への出場権獲得を最大のテーマにしているからです。まずは5月の世界トライアスロンシリーズ横浜大会に出場して、地元・日本の大会で表彰台を目指します。そして8月にはリオで大会が行われるので、ここでも表彰台を目指します。

――世界トライアスロンシリーズ横浜大会には、選手の視点から見て、どんな魅力がありますか?

自分の国で世界大会が開催されるのは、とてもありがたいことです。時差調整や練習、レース戦略などの面で、ホームの利を活かすことができます。

また、海外からたくさんのトップ選手が来日します。横浜に照準を合わせて参戦する選手も多く、早めに来日して時差対策を含めた調整をしています。なので、そのような選手たちとホスト国である日本の選手たちによる、合同練習を行うチャンスがあります。先ほども話したとおり、世界のトップ選手同士は協力しあってレースを進めます。世界のトップ選手を迎えて合同練習することで、信頼関係をより深めると同時に、自分のトレーニングに新たな視点を加えることもできます。これは、日本で国際大会を行う大きなメリットです。

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――世界トライアスロンシリーズ横浜大会の見所とは?

まず「横浜で世界大会があるから応援に来てね」と知り合いに声をかけると、「横浜のどこでやるの?」と必ず聞かれます。「氷川丸の横を泳ぐんだよ。みなとみらい地区を走るんだよ」と答えると、驚かれます。観光スポットを、私たちが水着で走り回るという珍しい光景が見られると思います。選手たちも、大都市でレースができることを楽しんでいます。

沿道で見る迫力も、国内開催だからこそ、日本の多くの人に味わっていただくチャンスです。選手の息づかいも聞こえるし、汗が飛んできそうな近さで選手を見られます。観光やショッピングの合間に、そんな迫力を楽しんでいただけたらと思います。

そして、最高に盛り上がるのは、やはりフィニッシュラインです。トライアスロンには「世界記録」「日本記録」などの歴代タイム比較がないので、選手たちは記録を追うのではなく、1回1回のレース順位にすべてを注ぎます。ですから、競っている相手がいないかぎり、フィニッシュラインの前では観客とハイタッチしながら走る選手が多いです。これはタイムで記録を争うマラソンなどの他の競技では見られない光景です。トライアスロンを観戦して、ぜひトップアスリートとのふれあいも楽しんでほしいです。

■恩返しをしたいという気持ちが、モチベーションになる

――世界トライアスロンシリーズ横浜大会の運営には、totoの助成が役立てられています。totoを通じてさまざまなスポーツを応援しているファンのみなさんに、メッセージをお願いします。

大会がしっかりと、安全に運営される。そのような環境を整えるために支援してくださり、選手として大変ありがたく思っています。舞台を整えてくださる方がいることを理解すると、その人たちに恩返ししたいという気持ちも湧いてくるので、モチベーションも高まりますね。

街を歩いているとき、ふとtotoの売り場を見かけるたびに、私はたくさんの方々のおかげで競技に打ち込めているのだといつも感じています。みなさんの気持ちは、日本のスポーツ界を担うアスリートの育成につながっています。好きなスポーツを応援するときにも、そんなふうに感じていただけると、応援する気持ちも盛り上がると思います。

上田 藍(うえだ あい)

1983年10月26日生まれ、京都府出身。4歳から水泳を習い始め、中学では水泳部に所属しながら陸上部の駅伝メンバーとして活躍。陸上部に所属していた高校2年の時にトライアスロンに興味を抱き、高校3年で初出場した大会で初優勝。以来、日本のトップ選手として2014年世界トライアスロンシリーズ横浜大会で第2位など、世界大会で数多くの記録を残す。現在、北京、ロンドンに続き、リオデジャネイロ五輪への出場を目指して活動中。

世界トライアスロンシリーズ横浜大会組織委員会・大久保拳志事務局長インタビュー

■世界のトップ選手が、横浜に照準を合わせている

――世界トライアスロンシリーズ横浜大会は、2009年に第1回大会が開催されました。当初、どのような狙いをもって大会を招致したのでしょうか?

2009年は、横浜開港150周年に当たる節目の年でした。この機会に、市民が希望・夢・感動を共有できるスポーツイベントを開こうと考え、2007年から準備を始めました。ちょうど横浜市は環境への配慮を強く打ち出し、横浜港の水質浄化と市民の環境意識の高揚を図る時期にあり、海と都市部を舞台とするトライアスロンを招致して成功させることは、横浜市が解決すべき課題とも合致しました。開催を決めて以来、市をあげて横浜港の水質改善に取り組み、第1回大会開催までに、県の水浴場水質判定基準において、遊泳が可とされる水準にまで回復しました。以来、市は「トライアスロンシティ YOKOHAMA」のキャッチコピーを掲げ、今年(2015年度)からは「トライアスロン パラ・トライアスロンシティ YOKOHAMA」を掲げています。

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――横浜大会のコースの特徴や魅力はどんなところにあるのでしょうか?

スイムは山下公園前をスタートします。ふと見渡せば大桟橋があり、レース当日も20万トン級の客船が出入りしています。折り返し地点付近には、貴重な産業遺産である氷川丸が係留されています。そのようなロケーションの中で泳ぐ機会は、日本では他にありませんし、世界的にも非常にユニークです。バイクとランは、横浜の歴史を感じさせる県庁本庁舎、横浜税関、開港記念会館などの建物や、みなとみらい地区の近未来的なビル群の中を疾走します。古い街並と新しさが隣接する横浜は、世界的に「都市型スポーツ」として魅力をアピールするトライアスロン界においても、最先端のコースだという自負があります。

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――大都市部でレースを行うために、どのような課題を解決してきましたか?

一つは、先ほど申し上げた水質の改善・維持です。もう一つは大規模な交通規制への理解・協力を得ることでした。首都圏にある国際的な観光都市の中心部で、2日間にわたる大会期間中、8時間を超える交通規制をかけるわけですから、ご理解とご協力をいただくことは必須でした。2007年に2年後の開催を決めて以来、近隣の企業や住宅を回ってご説明させていただいたことが、混乱を最小限にとどめることに役立ったと思います。ありがたいことに、第1回開催以来、本大会の交通規制に関する神奈川県警察への苦情は、一つもありません。

――運営、ホスピタリティなどの面で、横浜大会ならではの魅力とは何でしょうか?

まず街全体が安全であり、特に夜中も安全だということが、各国の選手や役員たちから高く評価されています。それから食事ですね。選手が滞在しているホテルの料理長は、どの選手が何を食べたのか、何を残したのかをすべて覚えていて、残したものは翌日から変えてくれているそうです。一人ひとりにきめ細かく対応できるのは、やはり日本人だからこそでしょうね。

2014年大会の女子エリートの部で優勝したジョーゲンセン選手(米国)は、帰国後にブログで横浜の「おもてなし」と「安全のための設備投資」について触れ、「横浜を愛しています」と書いてくれました。彼女のように、毎年横浜大会を楽しみにして、横浜に照準を合わせてくる選手は多いです。世界トライアスロンシリーズは年間8レースありますが、男女のオリンピックメダリストが半数以上集うレースというのは、横浜以外にはなかなか見受けられません。

■選手育成と日本の地位向上、そして環境配慮

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――日本で国際大会を開催することは、日本のトライアスロン界に?