ブログ

ハフポストの言論空間を作るブロガーより、新しい視点とリアルタイムの分析をお届けします

滑川海彦 Headshot

ジェフ・ベゾスのワシントンポスト買収の狙いを分析する――インサイダーの視点

投稿日: 更新:
印刷

8月5日にAmazonの創業者、CEOのジェフ・ベゾスがアメリカを代表する高級日刊紙、ワシントンポストを買収したことを発表しました。ベゾス・ショックは世界のニュースメディア業界、IT業界をかけめぐり、ベゾスの真意をめぐって無数の推測が飛び交っています(実は私まで東京新聞から電話取材を受けたぐらいですから、相当な反響です)。

無数の観測記事の中で2つほど私が興味をもった記事がありました。ひとつはTechCrunchのアレックス・ウィルヘルム記者の、ジェフ・ベゾス、ワシントンポスト紙をポケットマネー2.5億ドルで買収―その中味を検討するという記事。ウィルヘルム記者の記事はTechCrunch Japanサイトに翻訳しておきましたのでごらんください。ワシントンポストの経営状態が比較的安定しており、経営危機といった状態にはないことを指摘した良記事です。もうひとつは連続起業家でブロガーのジェイソン・カラカニスの記事です。

ジェイソン・カラカニスはEngadgetなど有名ブログ多数を含むブログ・ホスティング・サービス、Weblogs Inc.を創業し、2005年にタイム・ワーナー・アメリカ・オンライン(現在のAOL)に売却したブログ・エコシステムのパイオニアです。現在は主にベンチャーキャピタリストとして活動していますが、歯に衣着せぬ発言でも知られています。ジェイソンとは知り合いなので、許可を受けて記事を翻訳してみました。例によって過激な表現もありますが、一箇所を除いて私もほぼ賛成です。私の感想はジェイソンの記事の後で述べたいと思います。まずはジェイソンの威勢のいい記事をどうぞ。

なお、ジェイソン・カラカニスのウエブサイトはこちら。http://launch.co/ メルマガはこちら。 http://jasonnation.com/ メールアドレスを入力してSubscribeボタンを押せば購読できます。

■ジェフ・ベゾスがワシントンポストを買収したという大ニュースが飛び込んできた
 ―ジェイソン・カラカニス (翻訳:滑川海彦)

ワシントンポスト(以下WP)が売却された理由ははっきりしている。今や新聞の経営というのは困難な事業だからだ。どのくらい困難か箇条書きにしてみよう。

1. 案内広告はオンライン案内広告のCraigslistにまるごと取られてしまった。
2. 専門ニュースサイトが読者と一番優秀な記者を奪ってしまった。
3. 誰も毎朝、家に分厚い紙の束を投げ込まれるのを望まない。
4. 最新ニュースの拡散は遅くてもその日のうちにTwitterで終結してしまう。
5. 生き残った数少ない組合が生き残った数少ない新聞を潰そうと懸命に努力中。

つまり、新聞経営というのは頭痛の種を山のように抱えるわりに見返りのほとんどない仕事だ。それなら、なぜジェフはそんな仕事を引き受ける気になったのだろう? もっともウォーレン・バフェットがこの数年でマイナーな新聞を10社以上買収しているし、最近ではレッドソックスのオーナー、ジョン・ヘンリーがボストングローブをニューヨークタイムズから買収しているのだが。

ベゾスの買収の理由として有力そうな5つの仮説をそれぞれ検討してみよう。

1. エゴ。億万長者は以前プロのスポーツ・チームを買い漁ったが、それと同じで、エゴを満足させるアクセサリーだという説

これには多少の真実が含まれているかもしれない。大金持ちは、人生のある時期になると「やがて大金を金庫に眠らせたまま死なねばならない」と気づく。そう考えるのはバフェットやサム・ゼルみたいな老人ばかりとは限らない。

Facebookの初期の幹部、クリス・ヒューズはニューリパブリックを買収したし、大金持ちの息子がニューヨーク・オブザーバーを買った。ワシントンの新聞グループ・オーナーのデビッド・ブラッドレーはアトランティックを買収してインターネット部門をめざましく拡充した。特にアトランティック・ワイヤはアメリカのニュースサイトのトップ10に入るまでになっている。

しかしジェフ・ベゾスはもちろんメディア事業に強い関心を持っている。ベゾスは私が創業したWeblogs Inc.に2005年に関心を示したことがある。しかし契約がまとまる前に私はWeblogsを売却してしまった。しかしジェフとのミーティングは驚くべき経験だった。コーヒーを飲みながら20分程度、という予定だったのだが、私は1時間以上も質問攻めにあった。「ブロガーをどうやって採用するのか?」「Engadgetという名前をどこから思いついたのか?」等々。

ベゾスはまたヘンリー・ブロジェットの有力ビジネスニュースのブログ、ビジネス・インサイダーにも投資している。ベゾスは知的な対話には目がない(だからTEDの常連スピーカーだ)、文章も書く。本を売るのが本職だ。スーパー著作権代理人のジョン・ブロックマンにたびたびディナーに招かれて当代一流のライターとも交際が深い。ビデオ・メディア(Amazon Studios)も持っている。

結論:WP買収は単なるエゴの満足や退屈しのぎの道楽ではない。ベゾスは本気だ。ベゾスはあらゆるメディアが好きなのだ。

2. 影響力の獲得:ベゾスはWPの買収によって自分の影響力の強化を狙った

ベゾスはワシントンでの政治的影響力の強化を狙ってWPを買ったのだという声もある。ベゾスとAmazonがここ何年も税金をめぐって――というか税金を払わないことをめぐって州や連邦政府と悶着を起こしていることは周知のとおり。ときおりベゾスはAmazonの発送センターの労働条件をめぐって、エアコンや長時間残業などの問題で×をつけられてきた。。

しかしベゾスほど頭がよい人間がこういう問題が2億5000万ドルの小切手を切って大勢の記者を雇ったくらいで解決するわけがないことくらいよく分かっているはずだそもそもワシントンで影響力を得たければもっと簡単で効率的な方法がある。選挙資金を寄付すればいいのだ。その後をロビイストにフォローさせれば万事メデタシだ。影響力を拡大するために新聞を買うというのはおそろしく能率の悪いやり方だ。

19世紀や20世紀なら新聞経営は権力と影響力を拡大するうえで重要な手段だったかもしれない。21世紀には影響力は金とデータ量だ。金とインクではない。この点については別に論じることにしよう。

そうは言ってもベゾスはワシントンを年に何回か訪問することになるだろうし、WPの何百人もの記者が社交係秘書を務めてくれるというのは便利だろう。WPのコネを使えば、食事をともlにすべき適切な相手を選び、アポを取るのに便利だ。もちろんそういうコネがなくてもベゾスが人に会うのに不自由するわけではないが、ワシントンの権力の中枢に深く張り巡らされたネットワークのオーナーであるのは悪いことではない。

結論:ベゾスは政治的影響力を強化したり特定の政治的アジェンダを達成するためにWPを買ったわけではない。とはいえ有益な副作用は存在するだろう。

3. 統合: 商品宅配サービスの下準備として日刊新聞経営に乗り出した

ベゾスはやがて始めようとしている商品宅配サービスのリハーサルとしてWPを買ったというものだが、2億5000万ドルも出して新聞を買ったところでまったく別の商品の宅配のソリューションが得られるものではない。

そもそもベゾスは商品宅配に関しては世界最高クラスのエキスパートだ。どのように流通コストを最小にするか、どのようにして利潤を得るかといったことには完璧な知識がある。そのことはAmazonプライムの成功や郵便局の私書箱のようなAmazon受け取りボックスの実験などで十分に示されている。しかもこの仮説ではWPの買収がAmazonではなくベゾス個人で行われた理由を説明できない。

結論:WPの買収はAmazonの宅配事業とは無関係だ。

4. 野心:ベゾスは大統領を目指している。

1995年当時、ブルームバーグやシュワルツェネッガーがニューヨーク市長やカリフォルニア州知事に出馬する、それどころか何期も当選するなどといったら大笑いされただろう。だからベゾスが将来政治システムの改革に乗り出すということがないとはいえない。

しかし、毎年1つか2つの大規模な新事業を(Amazonの枠内とはいえ)スタートさせてきたベゾスが10年かそこらの長期間政治に専念するなどということは考えにくい。

ワシントンで政治に携わるよりずっと知的刺激に富み、世界にもっと大きな影響を与えることができるプロジェクトはいくらでもある。宇宙開発、老化防止、癌、エネルギー、ロボット、地球温暖化、人工知能等々。ジェフは民主党員と共和党員が選挙区向け利権をめぐってつかみ合いをしている中に身を置くより、科学者や起業家とこういう問題に取り組む方をはるかに好む人間だ。

いや、ホントの話。

結論:ありえない。

5. 挑戦

これがいちばんありそうな仮説だ。ジェフは容赦無いまでに好奇心が強く、物事の仕組みを突き止めずにはおかない男だ。

ジェフは質問をしまくる。(いろいろな情報源が揃って証言するところでは)膨大な本を読む。どんな物事も仕組みを解明したがる。EC2によるクラウド・コンピューティング、Kindle Fireによるタブレット、Amazon Primeによる映画/テレビ番組配信、Amazon Studiosによる(まだあまり知られていないが)ビデオコンテンツ製作。 ブルー・オリジンの宇宙プロジェクト、それにあの1万年時計プロジェクト。

ベゾスが手を出す分野には多少の気まぐれも混じっている。一方でドン・グレアムはこの20年以上テクノロジー系カンファレンスにまめに顔を出している。握手をし、若い起業家に話しかけて回ってきた(ベゾスももちろんその相手の一人だった)。ベゾスも同様だ。

ドンは年のせいもあってだいぶくたびれてきている。ベゾスは無尽蔵の精力と使い切れない小切手帳の持ち主だ。この両者がまさに10年に一度のタイミングで出会ったのではないか?

結論:ジェフがWPを買ったのは、知的好奇心と新事業への挑戦の精神、それに少々の偶然が加わった結果だ。 ベゾスが「トップ5の新聞が売りに出たら買おう」と考えて待ち構えていたとは思えないし、それにさらに別の新聞を買うこともないと思う。

予言:ここでちょっと無責任に大胆な予言をしてみよう。10年のうちにはそのうち2つくらいは実現するかもしれない。

a) ジェフはWPを大胆にデジタル化し、ここ数年のうちに利益を上げるか損失を最小限に留めることに成功する。

b) ジェフはビジネス・インサイダー・ブログを買収し、創業者、編集長のヘンリー・ブロジェットをWP+ビジネス・インサイダーのCEOに任命する。大規模な人員削減、巨額の投資の後、CNNに匹敵するようなケーブル・ニュースが生まれる。

c) 今後10年以内にニューヨークタイムズがGoogleに買収される。ただし編集と経営を分離するためにある種の財団が所有者となる。

d) ベゾスがネットフリックスを買収して独自番組制作に乗り出し、2020年にはエミー賞の最多受賞者となる。

e) ベゾスはWP、ビジネス・インサイダーをAmazonに統合し、通販+テクノロジー+コンテンツの総合企業となる。

いずれにせよ、ベゾスはイーロン・マスクと並んで現在の世界でもっとも興味ある起業家だと思う。

いかがでしょう? 全体としてジェイソンの意見にほぼ同感なのですが、付け加えたい点も多少あります。

その1つはジェイソンも触れていますが、今回のディールの主導者はドン・グレアムだという点です。つまりジェフ・ベゾスが買収をもちかけたのではなくドン・グレアムが売却を持ちかけたのです。ベゾスの個人資産は250億ドル程度と推定されていますから、ワシントンポストの2億5000万ドルという価格は100分の1です。例えるなら貯金が1000万円ある人が10万円のカメラを買った程度の話なのです。

したがって「何をするつもりか?」とさまざまな推測をしてみても「思いがけずドン・グレアムにすばらしい話を持ちかけられたから乗った」という要素があるわけです。つまりベゾス自身もこれから考える部分があるのではないでしょうか? むしろドン・グレアムが今の時点でベゾスを名指しして売ることを決断したのはなぜかという点を考えるべきではないかと思います。

しかしここではまずワシントンポストの歴史と登場人物について簡単におさらいしておいたほうがいいかもしれません。

ワシントンポストは1877年に首都で初の日刊紙として創刊されました。1933年に当時のオーナーのネッド・マクリーンが財政トラブルに陥り、裁判所にワシントンポストの競売を命じられ、このときユダヤ系アメリカ人銀行家のユージン・マイヤーが買収しました。マイヤーは1946年に世界銀行の初代総裁に任命されたのを機に娘婿のフィリップ・グレアムに経営を譲りました。ところがフィリップ・グレアムは1963年に48歳の若さで重度の双極性障害から自殺、一時ワシントンポストは危機を迎えました。しかしユージン・マイヤーの娘でフィリップの妻、キャサリン・グレアムが新聞経営者として能力を発揮し、危機を乗り切ったばかりかウォーターゲート事件でニクソン陣営と対決してジャーナリズムの独立を守り、一躍アメリカの英雄となります。キャサリンの引退後、長男のドン・グレアムが後を継ぎました。

ドン・グレアムはハーバード大学を卒業後、陸軍に志願してベトナム戦争に軍の記者として従軍、帰国後はワシントン警察の巡査として1年修行するなどなかなかの行動派です。インターネット革命にも早くから関心を示し、ワシントンポストのデジタル化を主導してきただけでなく、多くのIT系カンファレンスにゲストとして出席しています。Facebookの創業時代、マーク・ザッカーバーグを高く評価して本格的に投資しようとしたこともありました。専門のベンチャーキャピタルがより有利な条件で投資を決めたため、ドンの投資は実現しませんでしたが、ザッカーバーグはその好意に報いるかたちでドン・グレアムをFacebookの取締役に任命しています(拙訳フェイスブック 若き天才の野望(日経BP)に詳しく記録されています)。

一方、ワシントンポストの現CEO、キャサリン・ウェイマスはドンの姉でジャーナリストのラリー・ウェイマスの娘で、ドンには姪、キャサリン・グレアムには孫にあたります。これまではキャサリン・ウェイマスも有能な経営者であり、マイヤー=グレアム家の4代目としてドンの後継者となるものと見られていました。

また冒頭で紹介したアレックス・ウィルヘルム記者の記事にもあるように、ワシントンポストの経営状態は他の新聞グループに比べればはるかに安定しており、ニューヨークタイムズ・グループとワシントンポスト・グループだけはなんとか生き残るのではないかと見られていました。そこに何の前触れも噂もなく、電撃的に売却が発表されたことで衝撃はひとしお増幅されたわけです。

グレアム自身の健康に問題があったということでもあれば別ですが、そういうことではないとすると、アメリカの国民的遺産であるワシントンポストという組織を確実に次世代に残すためという長期的、公共奉仕的観点以外に考えられません。またそうでなければキャサリン・ウィエマス始め、マイヤー=グレアム一族の合意も得られなかったでしょう。

ワシントンポストはただちに経営危機を迎えるわけではないにしても、定期購読者はピークに比べて半減しています。デジタル版の収入は伸びているものの印刷版の落ち込みをカバーするところまで行っていません。このままでは次第に縮小再生産の悪循環に陥る可能性が大です。仮に完全デジタル化に対応した安定したビジネスモデルが存在するとしても、それまでに巨額の投資とつなぎ資金の供給が必要になります。単に利潤を追求するファンドや投資家にまかせることは「ハゲタカ」による切り売り解体を招く危険性が大です。

一方で、ベゾスは長期的視点に立った独特の経営哲学を持つことで有名です。最高技術責任者のワーナー・ボーゲルズ博士との対談で「私はよく『今から5年後にはどんな点が変わっているだろう?』と質問される。私は『いや、何が変わるかより、何が変わらないかの方がもっと大事だ』と答えることにしている。5年たとうと10年たとうと、Amazonを利用する消費者が『ジェフ、もっと値段を上げてくれ』、『品揃えを少なくしてくれ』、『配送をもっと遅くしてくれ』などと要求してくることはありえないのだ。Amazonはあらゆるサービスを少しでも安く、少しでも豊富に、少しでも速くしていく」と語っています。

Amazonは売上のありったけを開発や設備投資に回すため、今季は赤字を計上しています。それでもAmazonの株価が上昇しているのは、投資家がベゾスの長期的ビジョンと経営能力に絶大な信頼を寄せているからでしょう。ジェイソンが記事の中で「1万年時計」について触れていますが、これは「ホールアースカタログ」という60年代末に創刊されたヒッピー文化を代表する雑誌の創刊者、スチュワート・ブランドが主導する向こう1万年の間作動する時計を作るというプロジェクトです。ベゾスは「人類は1万年単位で思考すべきだ」というビジョンに共鳴し、建設費用を全額負担してテキサスの私有地に1号機を建設中です。

ドン・グレアムはこうしたベゾスの短期利潤の追求を排除した超長期志向のビジネス哲学、莫大な私財、出版物に対する深い理解などを考え合わせて「彼以外にポストを次世代に残せる人間はいない」と確信したのだろうと思います。

ベゾスがこの信託に応えてどういう経営手腕を発揮するかはジェイソンの記事が大胆な予測をしているのでそちらに譲りますが、ひとつ付け加えておけば、ベゾスの影響力はジェイソンが分析するよりはるかに拡大すると思います。ジェイソンはブログ・ビジネスのパイオニアらしく「21世紀には新聞の影響力など大したことはない」と切り捨ていますが、私はそうは思いません。すくなくともワシントンの政治家、官僚、学者、弁護士、アナリストなどの政策決定者のコミュニティは予見しうる将来にわたってブログ記事よりワシントンポストの記事に強く影響されることは間違いありません。

もちろんベゾスはグレアム家のよき伝統を守り編集権の完全な独立を保証しています。しかし今やベゾスはアメリカを代表するIT企業の経営者であるだけでなく、グレアム家が築いてきた巨大な政治的、社会的威信を手に入れたわけです。ベゾスのワシントンポスト買収は10年後にはアメリカ現代史に巨大な影響を与える事件だったと評価されるようになるのではないかという気がします。