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広林依子 Headshot

20代でステージ4の乳がん患者が、自分を取り戻すとっておきの場所

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デザイナーの広林依子と申します。私は現在29歳の、ごく普通の女性で、独身です。友達とカフェでワイワイ話したり、おしゃれを楽しんだり、ときには海外旅行に出かけたりしている普通の生活を送っています。他の人と違うのは、3年前の26歳のときに乳がんを宣告され、そのときすでに骨に転移しており、それからステージ4のがん患者人生を送っていることです。

このブログでは、デザイナーの私が考えた、【ステージ4のがん患者のライフデザイン】の1例を紹介していきます。

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・美術がくれた静けさ


私はデザイナーという職業柄、よく美術館に足を運びます。私がデザイナーになろうと思ったきっかけのひとつも、美術館の大きくて静かな空間が気に入ったことでした。

美術館はいつでも静かで心地よい空間で私を包んでくれ、作品たちは多面的な視点を提供してくれます。仕事や人間関係で、どんなに辛いことがあっても、美術館で作品に囲まれて静かに佇んでいると、なんでこんなことで悩んでいたんだろうと、ちっぽけな自分に気づかされるのです。

それは、ステージ4のがんになった後も同じでした。

・治療を放棄、暗い部屋に閉じこもるような日々


がんが発覚してから半年ほど経った、ある日のことでした。生きている限り永遠に薬を投与し続けないといけないのかと思い詰め、エンドレス治療に途方に暮れた結果、抗ホルモン薬と骨を強くする薬の投与を放棄していた時のことです。この頃は、主治医からの電話も無視し、病院に行くのを止めてフラフラとした生活をしていました。

ステージ4のため、胸の手術などはしていませんが、幸い抗がん剤が効いて腫瘍はかなり小さくなったこともあり、髪が抜けて頭が禿げた以外は、まるで病気になる前の自分に戻ったような身体感覚でした。しかしその時の精神状態は、まるで目に見えるすべてのものをモニター越しで見てるようでした。「抗がん剤治療をしたことは、夢か何かだったんじゃないか?」と思ってしまうほどに、現実を受け入れることを拒否してしまっていました。本当の私は、暗い部屋で閉じこもっているような気分だったのです。

そんな時に、家の近くを散歩していると、美術館である美術大学の展示が開催されていました。美術展は、大きな展覧会は基本的に有料ですが、大学主催の企画やギャラリーの展示などは無料の場合が多く、気軽に入りやすいという特徴があります。その展示も無料だったので、ふらっと立ち寄るつもりで展示室に入りました。

museum


・偶然出会った学生の作品が、私を変えた


展示されていたある学生の作品は、工芸の手法を用いた立体作品で、工芸というお固いジャンルに囚われず、人の身体のパーツを使って、軽快に感覚的に構成されていました。そして軽快なイメージを表現するためか、軽やかな音楽が流れていました。

それは、生命エネルギーに満ちあふれていて、とても眩しく感じられました。つたない部分はありましたが、制作者のまっすぐな思いがスカーンと胸に響いてきました----。

展示を見ている間、私は自分が病気だったことを完全に忘れていました。そして、美術大学の学生だった頃の制作意欲にみなぎらせて、未来の自分を想像して、目をキラキラさせていた、あの頃の私を思い出させてくれたのです。モニター越しに世界を見ていた自分が、モニターを飛び越えて、まるでその空間にワープして、まさに"自分がそこに立っている"ような重さを感じさせてくれました。まさに自分自身を取り戻していくようでした。

・アートは、自分の視野を広げてくれる


その作品は、治療に後ろ向きだった私を引き戻してくれました。もう少しラクな気持ちで考えてみようかな、と前向きに考えられるようになったのです。

これもアートが多面的な物の見方を教えてくれたおかげだと思います。平面的だった物の見方を、立体的に変えてくれる。立体的になると影ができ、光の当て方で影が動くことで影(デメリット)も光(メリット)に変わる。自分がデメリットだと思いこんでたことは、実はメリットと捉えられるのかもしれない。こうして私は、一つの作品のおかげで、治療を少しずつ柔軟に考えられるようになったのです。

美術を学んでいた学生の頃から、アイデアを広げるためにより多くの作品を見る習慣がありました。今でも気分が晴れないときは、自然とアートに触れるために美術館に出かけるようにしています。気に入った作品は、ポストカードやドローイングなどを買って自宅の壁を彩ったり、ティータイムにカタログをパラパラ見たり、展示を観なくても美術館内にあるミュージアムショップに立ち寄るだけでも楽しいですし、開放的な造りになっている美術館も多いので、ふらっと敷地内に入るだけでも良いです。

美術館にいる時間は、病気のことを忘れさせてくれます。美術館で出会う作品たちが、病気という籠にとられていた私の視野を拡げてくれました。おかげで、ステージ4のがんであっても不思議とパニックに陥ることはありませんでした。

・本当に居心地の良い場所はありますか?


また、アートとの出会いは、ネガティブな感情を落ち着かせる効果があるだけでなく、がん生活を彩りのあるものに変えてくれる役割も果たしてくれました。

美術作品というのは、正解がなく鑑賞者がどう捉えても良いという特徴があります。自由に解釈し、思いをめぐらし、想像する......。そんな自由で静かな時間を与えてくれます。

あなたが今ステージ4のがんでなくても、辛いことは生きていれば沢山起こります。そのたびにうじうじしたり途方にくれたりすることでしょう。そんなときに好きなものや場所に立ち帰ると、ホッとする。そんな経験をした方は多いのではないでしょうか? 人によっては海や山のような自然だったり、お気に入りのカフェや映画館だったり、小説を読む時間だったり趣味に没頭することかもしれません。それはきっと、自分にとっての居心地の良い場所です。

私の場合は、美術館でした。

あなたには居心地の良い場所はありますか? きっと本当に辛いとき、居心地の良い場所は助けになるはずです。