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投資での損失に悩む高野山金剛峰寺

2013年08月17日 00時10分 JST | 更新 2013年08月20日 20時32分 JST
Reuters

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宗教団体や学校法人など多くの公益法人が、リーマンショック以前に行ったデリバティブ運用・仕組債投資による多額の損失に悩まされ続けている。

当時、上場企業に比べはるかに緩かった会計基準がもたらしたリスク管理欠如の結果だが、手数料を当てにする販売側の思惑も指摘されており、訴訟に発展するケースもある。同様の事例を持つ英国では、行政当局が乗り出して一部損失の返還で合意するなど進展がみられるが、日本では、損失補てんを禁止する法律との関係でこうした行政主導の解決は想定されていない。

弘法大師の開創以来1200年近い歴史を持つ和歌山県の高野山金剛峰寺。世界遺産にも指定されているこの古刹を総本山とする高野山真言宗も、その一つだ。同宗では、今年2月、過去数年間にわたる資産運用の損失が通算で6億8900万円に達した、と発表した。これをきっかけに、宗派執行部に対する内部批判が高まり、僧侶代表による宗会が、当時の庄野光昭宗務総長に対し不信任案を可決するという前例のない事態に発展した。

宗会議員の間では、執行部が損失をすべて明らかにしておらず、粉飾の疑いもある、との声が出る中、数か月にわたるお家騒動を経て、先月新たな宗務総長に、高野山高校の校長なども務めた、高野山蓮華定院住職の添田隆昭氏を選出した。

ロイターの取材に対し、添田氏は、損失の全容を解明することが責務だと述べる。

「前執行部の資料の出し方は不誠実だったし、私が思ったようなことは全国の末寺もみなそう思っていた。以前、ギリシャで政権交代が起きて、新しい政権ができたら前の政権が粉飾をしていたことがわかり、一気にユーロ危機が起こった。こういうことは、権力者が変わらないと出てこない」

高野山真言宗が損失を出した商品の一つが、パワー・リバース・デュアル・カレンシー債(PRDC)と呼ばれる、利率が米ドル・円、豪ドル・円などの為替レートに連動する仕組債だ。商品ごとに細かな違いはあるが、通常初年度は高い固定金利が確保され、2年目以降は円安になるほど利率が高くなり、逆に、円高が一定程度進むと利率がゼロになる、という点は、ほぼ共通だ。

円安局面では、国債に比べはるかに高い利率が得られるため、公益法人や個人の富裕層などに広く売られた。仕組債という形で、円の債券の体裁をとっているが、経済効果を見れば、本質的にはレバレッジをかけた外債投資だ。年限は30年物がもっとも多いが、実際には、円安に動いた場合にはノックアウト条項がついているため、債券は自動的に償還されるようになっている。つまり、投資家は、円安局面では数年間高い利率を得られる引き換えに、大きく円安方向に振れた場合の機会利益を放棄するだけでなく、30年という長い期間にわたって利率がゼロになる、というリスクを負っていることになる。実際、2008年の金融危機以降、大幅な円高が進行したため、多くのPRDCの利率がゼロとなり、PRDCの発行も激減した。

関係者によれば、高野山真言宗に仕組債などを販売したのは、主に野村証券と大和証券。両社とも、個別の取引案件については、取引の有無も含めコメントできないとしている。

トムソン・ロイターのデータベースによると、円建てで複雑な利率設定を持つ債券の残高は5.2兆円ほどある。このうちのかなりの部分がPRDCや類似商品とみられる。このほか、利率が日経平均と連動する日経平均リンク債などもこの数字の中には含まれている。

この巨額の残高が示す通り、高野山の損失は、低金利下でハイリスク商品に手を出す公益法人の一例に過ぎない。

さらに、PRDCに加え、債券ではなく相対のデリバティブ取引でもPRDCに似たような構造、あるいはそれ以上にリスクの高い、レバレッジのかかった取引も一部の公益法人の間で多く行われている。

名古屋市の南山大学は、これまでのデリバティブ運用を手じまいし、損失が合計229億円に達したと今年の初めに発表している。同大学はこのほかに仕組債も保有しているが、こちらの詳細については明らかにしていない。

経済学では、フリーランチ(タダ飯)はない、というのは大原則。不自然に利率の高い債券であれば、それ相応のリスクがある、というのは経済学の初歩のはずだが、それを教えるはずの大学でも、仕組債、デリバティブ投資での損失が後を絶たない。

一方で、金融機関が適切にリスクを説明せず、また、金融知識の乏しい投資家に不適切な商品を販売した、として、学校法人が訴訟を通じて損害賠償請求をするケースも増えている。

国内最大級の1500床を誇る大学病院も経営する、愛知県豊明市の学校法人藤田学園も、その一つ。過去、為替デリバティブなどで合計236億円の損失を被ったとして、取引先の野村証券、大和証券を今年訴えている。両社とも、係争中の件についてはコメントできない、としている。

また、駒沢大学もデリバティブ取引で155億円の損失を被ったとして、ドイツ証券、BNPパリバ証券、UBS証券を訴えた。ドイツ証券、BNPパリバは、係争中の事案についてはコメントできないとしている。また、UBS証券は「当社は原告の請求を否定しており、訴訟手続きにおいて、当社としての主張を行っている」としている。

一般に、公益法人の資産運用体制は貧弱で、専門家はおらず、少数の財務担当者が仕切っている場合が多い。駒沢大学を経営する曹洞宗のある関係者も「僧侶は金融のことなど何もわかっていない。おそらく証券会社から接待を受けてそのまま話に乗ってしまったのではないか」と推測する。

とはいえ、投資家だけに責任を帰するべきか、疑問を投げかける向きも多い。仕組債やデリバティブ取引は、その仕組みが複雑な故に、価格設定が一般投資家には見えにくい。そのため、顧客に気づかれずに、手数料を大きく取れるのが金融機関側の利点、というのは、多くの専門家の間で衆目一致するところだ。

隠れた手数料を考慮すれば、これらのデリバティブ商品は、投資家側に極めて不利にできており、金融機関自身が自らでは決して購入しないような商品、との指摘もあり、時価評価をすれば、それは一目瞭然となるはずだが、それが故に、販売先も、時価評価を必要としない投資家、すなわち公益法人や中小企業、個人投資家などに限られた。

金融機関が中小企業向けに販売した為替デリバティブの損失は1兆円に達したと見積もる玉川大学経営学部の島義夫教授は、収益目当てに金融弱者の無知に付け込む金融機関の販売スタンスを批判する。「日本の金融業者は、プロ野球球団なのにメジャーリーグとの試合を避け、リトルリーグだけを相手にしてぼろ勝ちしているようなものだ。そんなことでいいのだろうか」

この問題に詳しい本杉法律事務所の本杉明義弁護士によると、仕組債や為替デリバティブに関わる訴訟は、全国で何百件もあるのではないかという。ただ、訴訟を起こしているのは、個人や中小企業が多く、公益法人は少ない。というのも、公益法人の場合、そもそも損失を抱えていることを明るみに出したがらないケースが多い。損失が明るみに出た場合、高野山真言宗のように、責任問題や内紛に発展することを担当者が恐れているのではないか、と関係者はいう。

金融庁は、リーマンショック後には、販売業者の行為規制を強化している。「学校法人による仕組み債などでの巨額の損失のほとんどのケースが、リーマンショック以前の契約に基づくものと理解している。リーマ ンショック後に金融庁は、業者(販売会社)の行為規制を強化し、足下では著しく逸脱した勧誘の事例は見受けられない。投資家もリスクへの認識を高め、運用判断が適切かチェックできる組織・体制を整備してほしい」と金融庁関係者は話す。

一方、玉川大学の島教授は、損失が広範に及ぶことを鑑みれば、より踏み込んだ対策を取るべきだ、と主張する。同教授は、昨年、英国の監督機関、当時の金融サービス機構(FSA)が、大手銀行と中小企業の間でデリバティブ損失の一部を返還する、という合意に達したことを高く評価する。

「このような行政主導の合意は類似性の高い紛争を一挙に解決して個々に紛争を行う社会的コストをセーブする効果があると考えられる」と指摘する。

ただ、日本では、英国型の解決の道は現在、閉ざされている。金融商品取引法では、一部の例外を除いて、金融商品取引業者が顧客に対して損失を補てんすることを禁止しているからだ。

金融庁関係者は「裁判やADR(裁判外紛争解決手続)という制度の立てつけがある」とし、現在の日本の法律の枠組みでは、損失の補てん(返還)をするよう行政指導に乗り出すことはない、という。

(ロイターニュース 佐野日出之記者 取材協力 平田紀之記者 編集 橋本浩)

[東京 31日 ロイター]

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