南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領が12月5日、死去した。95歳。南アフリカのズマ大統領がテレビを通じて発表した。

マンデラ元大統領は1918年生まれ。南アフリカの人種隔離政策アパルトヘイトに対し、不服従抵抗運動の反アパルトヘイト闘争を指導。反逆罪で27年間獄中生活を送った。

1990年に釈放されると、翌年アフリカ民族会議(ANC)議長に就任。1994年には第8代大統領に就任した。1993年にはノーベル平和賞を受賞している。

マンデラ元大統領は昨年12月8日に肺感染症で入院して以来、入退院を繰り返していた。

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  • ネルソン・マンデラ・アフリカ民族会議副議長来日(1990年10月28日)

    「ネルソン・マンデラ来日歓迎ライブ」で手を上げて聴衆にこたえる南アフリカのマンデラ氏(東京・世田谷区の日本大学文理学部大講堂)

  • ネルソン・マンデラ(1960年代)

    政治家、アフリカ民族会議(ANC)議長、大統領

  • ネルソン・マンデラ氏(1961年)

    南アフリカの反アパルトヘイト(人種隔離政策)闘争のリーダーでアフリカ民族会議(ANC)メンバーのネルソン・マンデラ氏。1961年撮影。 

  • 釈放されるマンデラ氏(1990年02月11日)

    ケープタウン郊外の刑務所から釈放され、こぶしを突き上げるアフリカ民族会議指導者ネルソン・マンデラ氏(南アフリカ・ケープタウン)

  • マンデラ氏釈放(1990年02月11日) 

    11日、ケープタウン郊外の刑務所から釈放され、支持者に手を振る黒人解放指導者ネルソン・マンデラ氏(左)と妻のウィニーさん(南アフリカ) 

  • マンデラ氏釈放(1990年02月11日)

    釈放され、こぶしを上げ支持者にこたえる黒人解放運動家のネルソン・マンダラ氏(左)。右はウィニー夫人(南アフリカ・ケープタウン)

  • マンデラ氏釈放(1990年02月12日)

    初の記者会見後、カメラマンにポーズをとるネルソン・マンデラ氏(南アフリカ・ケープタウン)

  • マンデラ氏釈放(1990年02月13日) 

    13日、ヨハネスブルク郊外のソウェトで開かれた集会に到着し、歓呼にこたえるネルソン・マンデラ氏(南アフリカ) 

  • マンデラ氏釈放(1990年02月13日)

    アフリカ民族会議(ANC)のポスターを持ち演説集会に参加した聴衆(南アフリカ・ソエト)

  • マンデラ氏釈放(1990年02月14日)

    10万人以上が集まった演説集会で聴衆に応えるマンデラ氏(下は護衛官)(南アフリカ・ソウェト)

  • マンデラ氏釈放(1990年02月14日)

    カメラマンに追われながら散歩するネルソン・マンデラ氏(南アフリカ・ソエト)

  • ネルソン・マンデラ氏とデクラーク大統領(1990年05月04日)

    デクラーク南ア政権とアフリカ民族会議(ANC)が初の予備交渉、握手するネルソン・マンデラ氏(右)とデクラーク大統領(南アフリカ・ケープタウン)

  • 南ア政権とアフリカ民族会議(ANC)初の予備交渉(1990年05月02日)

    南ア政権とアフリカ民族会議(ANC)初の予備交渉。会談を前に記者会見するデクラーク大統領(中央)とマンデラ氏(右)(南アフリカ・ケープタウン)

  • 南ア黒人同士の民族抗争(1990年09月20日)

    ズールー族の民族文化解放運動(インタカ)との抗争で死亡したアフリカ民族会議のメンバーの合同ミサで演説するネルソン・マンデラ氏(南アフリカ・ソウェト)

  • ネルソン・マンデラ・アフリカ民族会議副議長来日(1990年10月27日)

    歓迎の人にもらった花束をかざす南アフリカのネルソン・マンデラ氏(千葉・成田空港)

  • 南アのデクラーク大統領とマンデラANC議長(1992年09月26日)

    デクラーク南アフリカ大統領(左)と黒人解放組織、アフリカ民族会議(ANC)のマンデラ議長がトップ会談(南アフリカ・ヨハネスブルク)

  • 南ア人種対立抗争(1993年08月05日)

    集会で手を振るマンデラ議長(中央)。この集会で同議長は、人種対立の殺し合いを終結させるように訴えた(南アフリカ・カトルホン)

  • ノーベル平和賞(1993年12月09日)

    ノーベル平和賞を共同受賞したネルソン・マンデラANC議長(左)とデクラーク南ア大統領(ノルウェー・オスロ)

  • 南ア制憲議会選挙(1994年01月29日)

    ANC選挙遊説の初日に行われたヨハネスブルクからソウェトへ行進で、支持者に向かって手を振るマンデラANC議長(南アフリカ)

  • 南ア・アパルトヘイト政策が終焉(1994年01月20日)

    地方自治体での白人優位政策を廃止する地方自治体移行法に署名後、握手するデクラーク南ア大統領(左)とネルソン・マンデラANC議長(南アフリカ・ヨハネスブルク)

  • 南アフリカ制憲議会選挙(1994年02月27日)

    民族衣装姿で選挙遊説をするネルソン・マンデラANC議長(南アフリカ・ビショ)

  • 南ア政憲議会選挙(1994年04月00日)

    政憲議会選挙に同意し、握手を交わす(左から)ブテレジ・インカタ自由党議長、デクラーク南アフリカ大統領、マンデラANC議長(南アフリカ・プレトリア)

  • 南アフリカ制憲議会選挙(1994年04月24日)

    選挙集会で自らのポスターの横に座って演説を聞くマンデラ・アフリカ民族会議(ANC)議長(南アフリカ・ソウェト)

  • 南アフリカ制憲議会選挙(1994年04月27日)

    ダーバン近郊の投票所で投票するマンデラ・アフリカ民族会議(ANC)議長(南アフリカ・オシュランジェ)

  • マンデラ(1994年04月30日)

    マハティール・マレーシア首相との会談を前に記者会見するネルソン・マンデラANC議長(南アフリカ・ヨハネスブルク)

  • マンデラ大統領就任式(1994年05月10日)

    就任式に臨む南アフリカのネルソン・マンデラ大統領(中央)。左はムベキ第1副大統領、右はマンデラ大統領の娘のジナニさん(南アフリカ・プレトリア)

  • マンデラ南アフリカ大統領(1994年05月10日)

    就任式で宣誓する南アフリカのネルソン・マンデラ大統領(南アフリカ・プレトリア)

  • マンデラ南ア大統領就任式(1994年05月10日)

    マンデラ大統領の就任を喜ぶ市民(南アフリカ・プレトリア)

  • マンデラ氏の長女(1994年05月24日) 

    南アフリカのマンデラ大統領(左、当時)と並ぶマンデラ氏の長女ゼナニ氏(南アフリカ・ケープタウン)  

  • マンデラ南ア大統領来日(1995年07月04日)

    マンデラ南アフリカ大統領のあいさつを受けられる天皇、皇后両陛下(東京・元赤坂の迎賓館)[代表撮影]

  • マンデラ南ア大統領来日(1995年07月04日)

    晩さん会で乾杯するマンデラ南アフリカ大統領(左)と天皇陛下(東京・皇居・宮殿「豊明殿」)[代表撮影]

  • マンデラ南ア大統領来日(1995年07月05日)

    日・南ア首脳会談を前に握手する村山富市首相(左)とマンデラ南アフリカ大統領(東京・元赤坂の迎賓館)

  • ロベン島で岩を砕くネルソン・マンデラ大統領(1995年02月10日) 

    かつて自身が収監されていたロベン島を訪れ、採石場で岩を砕くネルソン・マンデラ大統領(南アフリカ・ロベン島) 

  • 支持者にこたえるマンデラ大統領(1995年05月01日)

    エンボで部族長との会談の後、メーデー集会でアフリカ国民会議の支持者にこぶしを上げてこたえる南アのネルソン・マンデラ大統領(南アフリカ・エンボ)

  • マンデラ南ア大統領リビア訪問(1996年11月15日)

    リビアの首都トリポリで同国の最高指導者ガダフィ大佐(右)と手を取り合うネルソン・マンデラ南アフリカ大統領(リビア・トリポリ)

  • ザイール和平調停(1997年05月04日)

    大西洋上の南アフリカ共和国海軍艦艇上で行われたザイール和平調停後、記者会見する左からモブツ・ザイール大統領、マンデラ南ア大統領、カビラADFL(コンゴ・ザイール解放民主勢力)議長(コンゴ・ポアンテノワール)

  • ネルソン・マンデラ(1998年09月18日)

    ネルソン・マンデラ大統領

  • マンデラ南ア大統領米国訪問(1998年09月22日)

    ホワイトハウスでのレセプションの席上、握手するクリントン米大統領(左)とマンデラ南アフリカ共和国大統領(アメリカ・ワシントン)

  • 「真実・和解委員会」の最終報告書(1998年10月29日)

    プレトリアで、「真実・和解委員会」の最終報告書をツツ委員長(右)から受け取るマンデラ大統領(南アフリカ・プレトリア)

  • マンデラ大統領とモシシリ大統領(1998年11月19日)

    共同記者会見を終えて引き上げるレソトのパカリタ・モシシリ首相(左)とマンデラ南アフリカ大統領(南アフリカ・ケープタウン)

  • マイケル・ジャクソンとマンデラ南アフリカ大統領(1999年03月23日) 

    South African President Nelson Mandela (L) and US singer Michael Jackson clasp hands at a press conference at the President's home Genadendal in Cape Town 23 March 1999. Michael Jackson announced his latest project, 'Michael Jackson and Friends - The Adventure of Humanity' which will raise money to aid needy people around the world. The Nelson Mandela Children's Fund, UNESCO and the Red Cross are amongst the organisations which will benefit from the project which will include two concerts. 

  • 南アフリカ総選挙(1999年05月24日)

    遊説先で与党・アフリカ民族会議(ANC)の支持者の声援に手を振ってこたえるネルソン・マンデラ・南アフリカ共和国大統領(南アフリカ)

  • カダフィ大佐とマンデラ大統領(1999年03月19日)

    リビアの首都トリポリで行われた大会でリビアの最高指導者カダフィ大佐(右)と話をするマンデラ・南アフリカ大統領(リビア・トリポリ)

  • 南ア新旧大統領(1999年06月14日)

    揃って議会に登場した(左から)マンデラ南ア前大統、グラサ・マシェル夫人、ザネレ新大統領夫人、ムベキ南ア新大統領(南アフリカ・ケープタウン)

  • マンデラ大統領退任(1999年06月16日)

    退任を前に南アフリカのソウェトで行われた式典で、演説するマンデラ大統領(南アフリカ・ソウェト)

  • ワールドカップ・サッカー開催地に決まり喜ぶマンデラ前南ア大統領(2004年05月15日)

    2010年ワールドカップ・サッカーの開催地に南アフリカが選出され、W杯トロフィーをかかげて喜ぶネルソン・マンデラ前大統領。南アは1回目で過半数の14票を獲得した(スイス・チューリヒ)

  • 10年サッカーW杯開催国決定に喜ぶマンデラ前大統(2004年05月15日)

    2010年ワールドカップ・サッカーの開催地に選出された南アフリカ。マンデラ前大統領は、W杯トロフィーを掲げて喜びを表した。南アは1回目で過半数の14票を獲得した(スイス・チューリヒ)

  • 公的生活からの引退を発表した南アフリカのマンデラ氏(2004年06月01日)

    公的生活から引退すると発表して記者会見場を後にするネルソン・マンデラ前南アフリカ共和国大統領。着ているのはトレードマークのシャツ。アパルトヘイト(人種隔離政策)と闘って長い獄中生活を経験し、1990年に釈放。その後ノーベル平和賞を受け、94年に大統領に当選、99年に政界から引退した。しかし、引き続き内外の公的仕事を続けていた。今後は読書、思索に時間を割き、回顧録を執筆するという。2004年7月18日に86歳になる(南アフリカ・ヨハネスブルク)

  • 公的生活からの引退を発表したマンデラ氏(2004年06月01日)

    公的生活から引退すると発表し、マンデラ財団のスタッフとともに写真に納まるネルソン・マンデラ前南アフリカ共和国大統領。アパルトヘイト(人種隔離政策)と闘って長い獄中生活を経験し、1990年に釈放。その後ノーベル平和賞を受け、94年に大統領に当選、99年に政界から引退した。しかし、引き続き内外の公的仕事を続けていた。今後は読書、思索に時間を割き、回顧録を執筆するという。2004年7月18日に86歳になる(南アフリカ・ヨハネスブルク)

  • 五輪聖火・五輪聖火を掲げるマンデラ氏(2004年06月12日)

    ケープタウンに近いロベン島刑務所の中庭で、聖火リレーのトーチを掲げるネルソン・マンデラ前南アフリカ大統領。同刑務所は、かつて反アパルトヘイト(人種隔離政策)運動により、マンデラ氏が国家反逆罪で収容されていた場所(南アフリカ・ケープタウン)

  • 講演するマンデラ氏(2005年02月03日)

    トラファルガー広場で講演するマンデラ氏(イギリス・ロンドン)

 
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