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Jリーガーの年俸、全部もらえるわけではなかった 松木安太郎、お金事情を暴露

2015年04月28日 17時11分 JST | 更新 2015年04月28日 20時51分 JST
Koji Watanabe via Getty Images
TOKYO, JAPAN - MAY 31: Yasutaro Matsuki in action during the Soccer Legends Match for the Sayonara National Stadium event at National Stadium on May 31, 2014 in Tokyo, Japan. The National Stadium in Tokyo, originally built for 1964 Summer Olympics will be demolished to make way for a 80,000-seat stadium which will serve as the main venue of the 2020 Olympics. (Photo by Koji Watanabe/Getty Images)

サッカー解説者の松木安太郎さんらが4月26日深夜にテレビ朝日系で放送された「Get SPORTS」に出演し、Jリーガーの年俸について暴露した。Jリーガーはニュースなどで報じられる年俸を、全てもらえるわけではないのだという。

この日、番組では「Jリーガーとお金」を特集。Jリーガーの推定年俸ランキングトップ10を紹介した。J1で1位はガンバ大阪の遠藤保仁選手で、1億8000万円。Jリーグ全体ではセレッソ大阪(J2)のディエゴ・フォルラン選手が1位となり、3億円(半年契約)だった。

しかし、Jリーグではこの年俸が全額もらえない契約システムだという。年俸が「基本給」と「出場・勝利給」に分かれており、年俸満額を受け取るためには、すべての試合に出場し、かつ、勝利しなくてはならないというシステムになっているためだ。年俸に占める基本給の割合は選手やチームによっても異なり、鹿島アントラーズに所属していた中田浩二さんは、海外チームに移籍する前は基本給7:出場・勝利給3の割合で契約していたという。

番組で進行を務めた中西哲生さん(元名古屋グランパスエイト)は、出場給の額はゲームに出場した時間の長さによって変わると説明。当時所属していたチームでは、46分以上出場しなくては満額もらえなかったと話した。

中田さんは、海外チームでは年俸がJリーグの基本給にあたり、試合に出場したり勝利したりするごとにボーナスが出るという仕組みを紹介。日本の年俸制が最高額を決めるものであるのに対し、海外の年俸制は最低額を決めるようなシステムだとした。中西さんは、海外チームから再びJリーグに戻ってきた際には、海外と同様のシステムで契約したと述べた。

松木さんは監督時代を振り返って、出場・勝利給のシステムをいじることで選手のモチベーションを挙げていたとコメント。「勝利ごとに、勝利給を倍々にしたり。延長戦やPKの時は別にボーナスが出たので、延長戦が始まる前にエンジンを組んだ際、『プラスいくらだから!』と言ったりした」と、当時選手に向かって激を飛ばしていたことを暴露した。

話が日本代表の話に及ぶと、1997年11月にマレーシアのジョホールバルで行われたワールドカップ・アジア予選でゴールを決め、日本代表をワールドカップ初出場に導いた岡野雅行さんは、当時の日本代表のお金事情を紹介。「当時は日本代表はボランティアのようなもので、名誉的なものだった。予選でもお金をもらわずに試合に出ており、僕はジョホールバルしか出てなかったので、お金にならなかった。日本に帰りたいと思った。Jリーグの試合に出たかった」と話した。

岡野さんによると、ワールドカップ出場が決まったことで当時の日本代表、井原正巳選手ら選手会が交渉し、ボーナスが出るようになったという。

1993年頃のJリーグと日本サッカー

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