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オウム真理教事件から20年、学ぶべきだった「普遍性」とは 森達也さんに聞く

2015年05月12日 00時12分 JST | 更新 2015年05月12日 00時12分 JST

1995年5月16日、オウム真理教(現・アレフ)の麻原彰晃教祖は、2カ月前にあった地下鉄サリン事件の殺人、殺人未遂容疑で逮捕され、のちに坂本弁護士一家殺害事件や松本サリン事件など13事件を指示した疑いで死刑判決が下った。山梨県の山中にあった「第6サティアン」にいた麻原教祖を警視庁が連行してから、まもなく20年になる。

テレビディレクターとしてオウムの事件に遭遇して以来、「A」「A2」など、オウム信者にレンズを向けたドキュメンタリーを撮ってきた映画監督の森達也さんは、事件が日本社会にとって大きな転機になったと訴えてきた。麻原教祖が一審法廷で意味不明な陳述を繰り返し、主任弁護人の逮捕や、東京高裁が控訴趣意書の未提出を理由に一審の死刑判決を確定させるなど、異例の展開をたどった裁判について「最も重要な要素である動機が解明されていない」とも指摘する。

教祖逮捕から20年を契機に、改めて、事件が残した影響や課題といったことについて聞いた。

事件の本質は、オウムによって変質した日本社会にある

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──地下鉄サリン事件から20年を迎えた2015年の3月20日前後は、イギリスにいたんですね。

マンチェスター、オックスフォード、シェフィールド、エジンバラの4大学共同でオウムのシンポジウムを開くので、「メインスピーカーで来てもらいたい」と招待されました。最初はちょっと戸惑ったんです。20年を迎える3月20日に自分は日本にいなくていいのだろうかと考えて。でもシンポジウムのタイトルが「サリン事件から20年、オウム事件が日本に与えたインパクト」と聞いて、行くべきだと思いました。日本社会にとって最重要なオウム事件の本質は、オウムそのものにあるのではなく、オウムによって変質した日本社会にある。僕はずっとそう考えてきたし、そう発言してきたつもりです。でもその視点は日本のメディアにもアカデミズムにもない。ならば日本にいる意味はない。

──アカデミズムも?

思いだしてほしいのですが、IS(イスラム国)による邦人拉致事件が起きたとき、ISに対しての新たな視点や交渉の提案は、敵を利する行為として激しく批判されました。あの原型はオウム時代に作られています。オウムに対して世間一般とは違う視点を提示した学者や知識人の多くは、オウムを擁護するのかと激しくバッシングされました。その帰結として、日本のアカデミズムはオウムについては極度に委縮しました。研究対象とすべきではないとの雰囲気です。

例えば20年を迎える今年、東大と京大と一橋と早稲田と慶応が共同してオウムのシンポジウムをやるなんてありえない。宗教は危険だとの意識ばかりが前景化されてしまい、アンタッチャブルな領域に置いてしまった。もちろんメディアは相変わらずオウムやその後発団体の危険性を煽るばかりで、本質を検証する意識などほとんどない。ならば日本にいても失望するばかりだろうと考えました。

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イギリスで開かれたシンポジウムのパンフレットから

──どういった意見交換を?

主催者は日本学の研究者が主体でしたが、シンポジウムには宗教学の専門家といった人がたくさん来ましたね。印象に残っているのは、一人の学生が手をあげて「こういったカルトと私達はどうやって共存できるのか」と質問したとき、僕の隣に座っていた宗教学者が「カルトという言葉を使っちゃいけない。それを使った瞬間にステレオタイプ化が始まっている」と指摘したんです。他の研究者や教授たちも強く同意していました。イギリスも今、ISの問題があります。彼らにとってもオウムと日本社会への検証は、ケーススタディーとして必要なことなんです。でも、カルトという言葉は、特に研究者であるならば、絶対に使うべきではないとの論旨です。

カルトは反社会的で危険な宗教であるとの意味です。ならばイスラムはカルトなのか。あるいはキリスト教にカルト的要素はないのか。そんな断言は誰にもできない。宗教とはそもそもが反社会的で危険な概念です。世俗の価値観に従属するだけなら、それは宗教ではない。ところがカルトは宗教を浅いレベルで二分してしまう。だから彼らはレッテル貼りを拒否します。同様に、テロという言葉も彼らは使わない。「その言葉を使った瞬間に暴力が一色になってしまう」と説明されました。とにかく安易なステレオタイプに対しては、徹底的に拒絶する。その姿勢には共感します。

──研究者たちは、オウム事件から20年たって、日本に与えた影響から、一体何を吸収しようとしたんでしょう?

いろんな意見が出たけれど、日本学の教授たちは、当然ながら日本を常にウォッチしています。そんな彼らから、「今の日本は大丈夫なのか?」と何度も質問されました。

オウム事件によって生じた日本社会の変化は、9.11以降のアメリカとよく似ています。テロとの戦いを掲げたアメリカの場合は、その帰結としてフセイン政権を強引に崩壊させ…このときは日本とイギリスはアメリカを強く支持したのだけど、それがISへと連鎖しています。そうした認識を、日本人はどの程度持っているのかと質問されました。少なくともイギリスはブレアを証人喚問したりして、イラク戦争の大義の検証をしているけれど、日本はまったく何もしていない。

印象深かったのは、各大学に日本からの留学生もいたんですけど、ほぼ一人残らず「日本に帰りたくない。今の日本では自分達の居場所がないです」という感じだったこと。彼ら、ネットで日本の現状を知るわけですよね。日本のネットニュースって産経ソースが多い。ちょうどイギリス滞在時に、鳩山由紀夫・元首相が政府勧告にそむいてクリミアに行ったことですさまじいバッシングをされていたけれど、みんな呆れていました。なぜ白か黒の二元論になるのかと。もちろん議論はあっていいけれど、なんでこんなに叩くだけなんだ?って。それはまさしく昨年の常軌を逸した朝日バッシングにも繋がります。その帰結としてメディアが委縮する。国の形が変わる。その意識を持つ日本人はどれだけいるのでしょう。

最も解明しなくてはいけない領域が、アンタッチャブルになってしまっている

第6サティアンで逮捕され、警視庁に移送される麻原彰晃(後方中央)被告(山梨・上九一色村) 撮影日:1995年05月16日 (C)時事通信社

──イギリスに行っていた期間を挟んで、オウム20年の報道が日本でもあふれました。

イギリスに滞在しているあいだは、当然ながら日本のメディアについてはほとんどノータッチなのでわかりません。でも行く前にテレビの特番などを少しだけ見ましたけど。まあ予想通りというか予想以下というか…。

──予想以下というのは?

視点も手法も20年前と何も変わっていない。相変わらず危険性を煽るばかりです。オウムだけではなくて「アレフ」や「ひかりの輪」についても同様です。これはテレビだけではなく各新聞も、信者数や資金が急激に増えているとの論調がとても多かった。この根拠となっている公安調査庁のデータは、増えた信者数だけなんです。減った信者数を公安調査庁は発表しません。ならば増えて当たり前です。実際は微減しています。公安調査庁はオウムの危険性を煽ることがレゾンデートルのお役所です。ならばメディアはこの低レベルなトリックくらい見抜かなければ。あるいは気づいても気づかないふりをしているのだろうかと思いたくなります。

未だに危険であるとの論調の根源には、今も麻原への信仰を捨てていないとの前提が必要です。もし麻原が保持していたとされる危険な思想と完全に分離されているならば、いくら信者が増えようが危険性は何もないはずです。ならば考えねばならない。そもそも麻原とは何者なのか。何を考えていたのか。どのように事件に関与したのか。これがオウム事件の根源のはずです。ところがそういう声もあがらない。

高橋克也や平田信、菊地直子の裁判には、おおぜいの死刑確定囚となった元信者たちが証人として出廷しました。でも最大のキーパーソンである麻原は証人として呼ばれない。明らかに不自然です。ところがこれに対しての疑問もない。無自覚なブラックボックスになっています。一連の事件を検証するうえでは、最も解明しなくてはいけない領域なのに、なぜかこれもアンタッチャブルになってしまっている。

20年で日本社会は「集団化」を加速させた

オウム真理教による地下鉄サリン事件で、地下鉄日比谷線神谷町駅構内から運び出され、路上で救護を待つ乗客ら(東京都港区) 撮影日:1995年03月20日 (C)時事通信社

──森さんはずっと以前から「オウム事件を契機に日本は変わってしまった」と言っていますが、20年たって、改めて考えることはありますか?

オウムをきっかけに不安や恐怖が刺激されて、社会をどんどん内側から変えていった。これは僕がずっと言っていることですけれども、そこにいろんな変数が加わった。例えば2001年のアメリカ同時多発テロがあり、2002年の拉致問題があった。何といっても大きかったのは3.11ですね。そういったことがどんどん背中を押して「集団化」が加速していった。3.11の時は「脱原発」の動きが示すように、もしかしたら集団化にブレーキかかるんじゃないかなと思ったけれど、実際には「絆」という言葉が示すように、さらに集団化に拍車がかかりました。当時は民主党政権でしたけど、集団化が加速している状況では民主党的なリーダーシップは微温的すぎて物足りないわけです。なぜなら集団は全員で同じ動きをしたくなる。そのためには号令が必要です。つまり強い指導者が求められる。こうした世相を背景に、近隣諸国に対して強気な言動を掲げる安倍自民党が返り咲いた。そう考えれば見事な構図だなという気がします。

──集団化?

生存への不安や恐怖を煽られて危機意識を持ったとき、人は一人が怖くなって、おおぜいの人たちとつながりたくなる。つまり集団の一部になりたくなる。これは人間の本能です。それが20年前の日本で、特に強くアクセルが踏み込まれたと分析しています。

集団はまず集団の中で異物を探して、それを攻撃したくなる。なぜなら異物とは少数派です。それを攻撃する自分たちは多数派でいられるから。ヘイトスピーチはこうして誕生します。次に集団は外部に共通の敵を探したくなる。敵を見つけたら皆と連帯できるわけです。ポストオウムでいえば、まずは北朝鮮、次に中国、韓国という仮想敵をどんどん見つけて、隣近所は全部敵になっちゃった。

実はアメリカも9.11の後、まず愛国者法を作って国内の異物をあぶりだす。次に敵を探して、アフガンやイラクに無理やり侵攻する。それを国民が支持するというプロセスをたどっています。集団は同じ動きを強要する。言い換えれば、同じ動きをしないものは異物になるわけです。だから「自己責任論」が脚光を浴びる。国家を批判する朝日新聞も不愉快だ。鳩山元首相は許せない。そうした意識が背景に駆動するから、皆と同じように動かないことが攻撃されてしまう。要するに「空気を読め」ですね。

こうした状況で人々は、論理ではなくて号令を求めます。論理とはある意味で個を主体とする近代合理主義ですから、集団と相性が良くない。こうして知性が憎まれる。

野生の群れる動物は本能的に集団内で同調しながら動くけど、人間は言葉の生き物だから、皆と一緒に動くためには、言葉の指示が欲しくなる。外部に敵が欲しくなるから、強い政治家が待望される。だからこそ9.11後のアメリカでも、「敵か味方か」などの短いダイコトミー(二分論)を口にするマッチョなイメージのブッシュがあれほど支持されたわけです。同じことが日本でも起きています。安倍政権がこれほど支持されるのは、そこに大きな要因があると思います。

──振り返ってみると、私自身、オウム事件に直接関わったわけではないものの、とても不快で不愉快な記憶なんですよね。それはどこかで多数派とか加害者側にいる自分を見つけてしまったのではないかとも思います。

事件後、各地でオウム信者の転入拒否がありました。あのときこの国の戦後デモクラシーが試されたような気がします。オウム信者の住民票不受理は明らかに憲法違反。行政も当然それはわかっている。でも住民たちは不安を訴える。「受理しないでくれ」と多数派が言ってきたときにどうすればいいか。結局は多数に流されるわけだけど、言い換えればその程度のデモクラシーしか僕たちは獲得できていなかった。そういう意味ではまぎれもなく、オウムは戦後初めて登場した「公共敵」ですね。心ゆくまで思う存分戦える敵。その存在を前にデモクラシーが膝をついた。オウムだからとの理由で。でも例外は絶対に前提になるんです。

トノサマバッタの仲?