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TSUTAYA図書館の選書問題が揺るがす「図書館の自由」 "不適切図書"は誰にとって不適切?

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選書問題に揺れる「TSUTAYA図書館」こと、神奈川県の海老名市立中央図書館 | 猪谷千香
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レンタルチェーン「TSUTAYA」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)などを指定管理者として、10月1日にリニューアルオープンした神奈川県の海老名市立中央図書館がタイの歓楽街ガイド本3冊を購入、市議らから「不適切だ」「女性を不愉快にさせる」と批判を受けた。

一時は、「貸出を中止」「教育長とトップにした選書委員会を立ち上げる」と報道される問題にまで発展。現在は貸出可能になっているものの、同じくCCCを図書館の指定管理者とする佐賀県武雄市や宮城県多賀城市でも、教育委員会が図書館の選書を「確認」するという事態になっている。

図書館の歴史の中で、その蔵書を「不適切図書」とみなし、図書館に介入するという問題は度々、起こってきた。静岡市立図書館でも1995年、アジアの児童買春阻止を訴える市民団体が「タイ買春読本」(データハウス社)の廃棄を要求。これに対し、廃棄は国民の知る権利の侵害や検閲につながるとする別の市民団体との間で、激しい論争が展開された。

結論から言えば、静岡市立図書館は「タイ買春読本」を廃棄せず、現在も閲覧・貸出を行っている。静岡市立図書館はなぜ、この本を守ったのか? 「不適切図書」とは誰にとって「不適切」なのか? この問題に深く関わった静岡市立図書館の元司書で、現在は「表現の自由」擁護するNPO「うぐいすリボン」の理事、佐久間美紀子さんに聞いた。

■「タイ買春読本」の廃棄をめぐって大激論

「タイ買春読本」とは、タイ国内の売買春をルポした書籍。1994年に初版が発行されたが、買春できる場所や料金、女性たちの写真が掲載されていたため、「売買春をあおる」として複数の市民団体が抗議。翌年、巻末に同書に対する抗議文と報道を掲載した「全面改訂版」が出版された。

静岡市立図書館では、図書館内の選書会を経て、この「全面改訂版」も購入。絵本「ちびくろさんぼ」など、出版について対立した意見のある資料も積極的に収集していた。当時、司書として働き、現在も図書館活動を支援する市民グループ「静岡図書館友の会」のメンバーでもある佐久間さんは、幅広い資料収集を行っていた目的をこう語る。

「たとえば、静岡市立図書館では、1995年にホロコーストを否認する記事を掲載して廃刊になった雑誌『マルコポーロ』の当該号を永久保存しています。今では、『歴史修正主義について調べたい』という研究者の方たちが利用するなど、ひどい内容であっても収集しておけば、資料として価値があるものになります」

「タイ買春読本」を購入した静岡市立図書館に対し、「アジアの児童買春阻止を訴える会」(通称カスパル)の静岡事務局が1995年12月、「タイ買春読本」の廃棄を求める要望を出した。要望を受けて選書会議で再検討、「廃棄はしない」「貸出は続ける」と結論づけた。この判断は、「対立する見解のあるものについては、原資料・賛成意見・反対意見をともに収集する」という原則から下された。

なぜ、図書館は本を守るのか。図書館界の「憲法」ともいわれる、日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」(1979年改訂)にその理由が掲げられている。

個人・組織・団体からの圧力や干渉によって収集の自由を放棄したり、紛糾をおそれて自己規制したりはしない。

「第1 図書館は資料収集の自由を有する」

静岡市立図書館が定める「静岡市立図書館資料収集および除籍基準」でも、同様のことが書かれている。図書館が国民の基本的人権のひとつである「知る自由」を保障するために、資料収集の自由を宣言しているのだ。これは、戦前に思想教育の場として図書館が利用されてしまったという反省に由来している。

つまり、もしも図書館が特定の個人・組織・団体の干渉を許してしまえば、図書館の中立性が損なわれ、その意見や思想を利用者、ひいては国民に押し付けることにもつながってしまう。どのようにその本を読むかは「読書の自由」とされ、「知る権利」と同じく、図書館で大切に守っているものと静岡市立図書館は意見表明した。もちろん、図書館はまったく本の廃棄を行っていないというわけではなく、除籍基準に基づいて、汚損や破損した本を日常的に廃棄しているが、外圧によるものではない。

この「タイ買春読本」の問題が新聞などで報道されると、激しい議論を呼んだ。静岡市立図書館の活動を支えてきた市民団体「静岡市の図書館をよくする会」(現・静岡図書館友の会)では、「本の廃棄は検閲につながる」として、カスパルに反論。2つの市民団体を中心に、1996年2月、静岡市内で公開討論会が開かれるまでに発展した。

■本を図書館から1冊、廃棄した先にあるものとは?

公開討論会を報じた当時の新聞記事を読むと、それぞれの主張は平行線をたどったようだ。その後、静岡市立図書館側が廃棄に応じなかったため、カスパルはあらためて廃棄の要望を出すとともに論争を打ち切った。「タイ買春読本」は現在も書庫に所蔵され、閲覧や貸出がされている。

静岡市立図書館の決断を、佐久間さんは振り返る。

「当時、『タイ買春読本』だけでなく、さまざまな『苦情』が図書館に寄せられていました。たとえば、とある女性からの電話で『娘が図書館からレズビアンの本ばかり借りてきて困る』とか、別の親からは『小学生になる息子がはだしのゲンを借りてきて、天皇陛下に批判的なことを言い出した。我が家では天皇陛下を尊敬するよう教育しているのに』とか。その都度、本を廃棄していたら大変なことになってしまいます。

図書館としては、反対意見の本も収集することで、批判的に本を読むという機会も提供しています。『タイ買春読本』についても、アジアの貧困問題についての本をきちんと揃えていました。しかし、1冊だけを取り上げられ、問題視されてしまいました」

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静岡市立図書館の元司書で、現在は表現の自由を擁護するNPO「うぐいすリボン」の理事、佐久間美紀子さん

一方で、佐久間さんはこうも指摘する。

「実は、1冊の本を廃棄することは大したことがないのかもしれません。しかし、本当に怖いのはその先にあるもの。さまざまな検閲と選書の自主規制を招きかねません」

例えば、2008年に大阪府の堺市立図書館で、ボーイズラブ(BL)と呼ばれる男性同士の恋愛を描いた本約5500冊が問題であるとして、市民や市議から廃棄が要求される事件が起きた。堺市側は、これらの本について「全て閉架に保存」「今後は収集しない」「青少年には貸出しない」と決定した。

これに対し、「図書館の自由」や「表現の自由」を守るため、東京大学名誉教授の上野千鶴子さんや市民団体、全国の議員などが反論、堺市町と堺市教育長に対し、市民97人、議員46人、7団体による申し入れがされたほか、上野さんを代表として堺市民などから監査請求も行われた。

この顛末は、中心的役割を果たした「ジェンダー図書排除」究明原告団事務局の寺町みどりさんのブログに詳しく、その中で寺町さんは「『どのような理由であろうと蔵書を排除しない』を基本原則としない限り、第二第三の『図書排除』事件は、起きるだろう」と指摘している。

佐久間さんも同じように懸念を示す。

「堺市立図書館のような事件になってしまうと、図書館としてはその後、BLの本を購入することを萎縮してしまいかねません。もしも、図書館の購入冊数が減っていたとしたら、たとえその時の本が現状復帰されたとしても、その抗議は成功しているわけです。そして、論争が起きそうな本は購入せず、あらかじめ中庸な本ばかりを図書館が揃えたとしたら、それは図書館としての役割を十分に果たせないことになります。『不適切図書』とは、一体、誰にとっての『不適切』なのか。よく考えなければなりません」

■武雄市や多賀城市では教育委員会が選書を「確認」

そして今、武雄市と海老名市で発覚したTSUTAYA図書館の選書問題に対処するために、武雄市と多賀城市では、教育委員会が選書に関わることを明言している。武雄市では、小松政市長が10月16日付のブログでこう述べている。

武雄市図書館における図書の選書については、これまで司書による選書作業ののち、教育長による決裁を経て購入を行っており、司書の裁量とチェック体制の両立を図りながら、適正な執行を進めてきました。

一方で、昨今の議論や関心の高さを踏まえ、さらなる透明性を図ることが市民にとって望ましいのではないか。このように思い至り、私の方から教育委員会に検討を依頼。

その結果、これまでの選書・購入のやり方に加え、合議制の執行機関である教育委員会での確認等も加えることになりました。これにより、今後は透明性をさらに高めるとともに、チェック体制の充実を図っていきたいと考えています。

多賀城市でも、10月14日の市議会本会議で、市議からの一般質問に対し、教育長が次のように答弁している。

多賀城市の主体性、責任性、そして選書に当たっても教育委員会の印鑑がなければ購入できないというふうな形になっておりますので、よろしくご理解を賜りたいというふうに思います。

つまり、TSUTAYA図書館は現在、複数自治体の首長や議員、教育委員会から選書について、「チェック」を受ける立場にある。国民の「知る権利」を守るために「図書館の資料収集の自由」の実現を目指し、自律的に選書を行ってきた図書館の根幹を揺さぶる事態になっているのだ。

■TSUTAYA図書館の選書問題が崩した「図書館の自由」の前提

佐久間さんは、海老名市立図書館で「不適切図書」と市議らから指摘されたタイの歓楽街ガイド本について、「CCCへの批判と図書館の選書問題を分けなければいけません。むしろ、CCCが選書した8000冊のうち、4000冊が料理本という方が、図書館の選書としては問題であることを指摘してほしいと思います」と話す。

「そして、1冊の本については、誰かが問題だと言ったから閲覧や貸出を禁止するのではなく、図書館の蔵書全体の中に、その本はどのような位置を占めているのか、図書館の収集方針と照らしあわせて廃棄するかどうかを最終的に判断するべきです。図書館の頭上で、首長や議員、教育長がやりとりすることは、容易に検閲へとつながってしまいます」

「不適切図書」を報道するメディアにも、その責任は生じてくる。

「マスコミがニュースで流すのは、問題となった本を置くべきかどうかという話になりがちで、図書館が変な本ばかりを買っているイメージをインプットしてしまいます。もっと幅広い本を集めていることはあまり報道されません。『図書館の自由』が、議論を呼ぶような本を守るだけではなく、他にもたくさんある大事な本を集める力になっていることが伝わっていないのです」

公立図書館の図書購入費は年々、減少傾向にある。佐久間さんは、さらに指摘する。

「予算獲得のために、図書館はこんなに利用者が来ていますということをアピールしなければいけなくなっています。そのためには、人気があって読まれる本をたくさん集めなければいけないというジレンマが生じる。だから、集客があると見込まれるTSUTAYA図書館に、首長や議員、行政の方たちが飛びついた。今の有権者を満足させられないと予算はつけられないと彼らは言い、『予算をつけるためには来館者数が第一』という風潮ができてしまっていました。しかし、図書館は本来、今の有権者のためだけではなく、100年後の国民のためにも本を選んでいるわけです」

■全国に広がるTSUTAYA図書館の選書問題の波紋

TSUTAYA図書館の選書問題は、CCCが関わっている自治体の図書館だけにとどまらず、波紋を広げている。佐賀市議会でも12月3日、嘉村弘和市議から「市立図書館の書物の配架と貸し出しについて」という質問がされた。

嘉村市議は、「中高生に好ましくない小説」として、佐賀市立図書館が所蔵しているD.H.ロレンス著「チャタレイ夫人の恋人」(中央公論社、1994年など)や、カトリーヌ・ミエ著「カトリーヌ・Mの正直な告白」(早川書房、2001年)、メラニー・ムレール著「私をたたいて!」(河出書房新社、2006年)などに「露骨な性描写がある」ことを指摘。「とても青少年に読ませられるものではない」として、閲覧への注意をうながした。

また、嘉村市議は「海老名市立図書館のタイ歓楽街ガイド本について、海老名市教育委員会が内容が望ましくないことから、貸出の中止を決めたという新聞記事があった」として、「佐賀市立図書館でも、配慮すべきではないか」と求めた(注:実際には海老名市立図書館は貸出の中止を行っていない。ただし、閉架書庫に配置されている)。

この質問に対し、中島博樹社会教育副部長は、図書の選定については図書館職員が一定の選書基準で選定をしていると説明。これら3冊については海外文学作品としてとらえており、九州の県都の図書館でも制限がかかっている事例はないとしたものの、「議員ご指摘の図書のように青少年の影響の判断が難しいというものは、図書館だけの判断ではなく、教育委員会会議の中で検討していきたい」と答弁した。

このように、TSUTAYA図書館の選書問題は、単なる運営上の不手際にとどまらず、他の図書館の「図書館の自由」にも影響を及ぼしている。事態を重くみた、全国の図書館員や研究者らで構成する「図書館問題研究会」でも、この問題は取り上げられた。12月24日に公表された「CCCの運営する図書館(通称「TSUTAYA 図書館」)に関する問題についての声明」では、海老名市立図書館の問題を指摘し、選書について強い懸念が示されている。

武雄市図書館や海老名市立中央図書館では、ネット新古書店の資料を購入したこと及び、その資料の選定が不適切であることが問題となった。その結果、海老名市では教育委員会が選定した資料について、個別に選書の妥当性を判断し、問題とされた資料の提供を取り止めるとしている。従来、図書館の収集及び提供の自由に関する問題では、図書館現場において専門性を持った職員が収集・提供した資料について、外部からの介入や自己検閲をいかに防ぐかということが想定されてきた。しかし、海老名市の事例では、資料選定の専門性が失われた(又は営利優先によってねじ曲げられた)結果として、資料提供への介入を引き起こしており、「図書館の自由」の前提を掘り崩してしまったという意味で大きな禍根を残すこととなった。

なぜ、図書館は自律的に選書を行わなければならないのか。TSUTAYA図書館問題から、私たちはあらためて民主主義社会のインフラであり、国民の知る権利を守る機関である図書館のあり方を考えなければならない。

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