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「塾に行く子に負けたくない」 子供の貧困から抜け出した内山田のぞみさん

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「貧困」「格差」という言葉は、2015年を語る上でのキーワードの一つだった。さらに、「子供の貧困」にも注目が集まった。母子家庭で育ち、都営住宅に暮らす慶応大学4年生の内山田のぞみさん(22)も、そんな「子供の貧困」の逆境から抜け出した一人だ。

子供を貧困から救うには、周囲の理解と支援が欠かせない。現在、貧しくて塾に通えない子供が集う「居場所」で勉強を教えるなど支援活動をしている内山田さんはハフポスト日本版に「塾に行く子らはずるいとも感じていた」「社会全体で子供たちを支えてほしい」などと語った。

内山田のぞみ(うちやまだ・のぞみ) 東京都出身、慶応大学環境情報学部4年生。子供の貧困対策に取り組む一般財団法人「あすのば」の学生理事。

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内山田のぞみさん=東京・赤坂の「あすのば」

■ある日、家に突然、黒い服の人が訪れて来ました

――貧乏だと自覚したのはいつごろですか。

私が4歳の時、おもちゃパソコンみたいなものを作っていた父の会社が倒産したんです。それまでは、一般の家庭だったと思います。父は失業しても就職活動をせずギャンブルにのめり込んで、300万円くらいを闇金から借りて利子が積み重なってしまいました。

ある日、母と私が家にいると、突然、黒い服の人が訪れて来ました。それで父に借金があることがばれました。結局、母がすべてを返済して父と別れることになりました。

――お父さんがいなくなって、生活が大変になったんですね。

そうです。母はバスガイドの仕事をしていて、うちって貧乏だとずっと感じていましたが、ご飯を食べるのに困るっていう程ではありませんでした。母は朝早く出かけるのですが、夜遅くに帰ってくるようなときは、テーブルに千円札が置いてあり、自分で食べるものを買っていました。だから、ほかの友達よりは財布にお金が入っていたと思います。

小学校4年の時に家賃1万円の都営住宅に当選して入ることができるようになり、かなり助かりました。

――欲しい物を我慢したということはなかったですか。

小学生のころ、ゲームなんかは最新のものは持っていませんでした。小学生の時、成績はよかったんですが、でも、お金がないと塾に行けなくて、塾に行けないといい大学に行けないと思いました。「塾に行きたい」という一言が母に言えませんでした。中学受験もしてみたかった。高校2年になるまで塾には行っていません。

生きて行くのに困っていたわけではなく、生活保護を受けていない自分は「グレーゾーン」にいると思っていました。私のような人たちは、贅沢を言ってはいけないと思い、我慢をしています。こういった人たちって多いんです。母に迷惑を掛けないため良い子でいないといけないと思い、ぐれることもありませんでした。

――高校入試はどんな状況でしたか。

高校受験は、失敗して私立の学校に行くわけにいかないと思っていたので、ランクを下げて推薦入試で合格できる高校を受験しました。本当はトップクラスの都立高校に行きたかったのですが、迷惑をかけてはいけないと思ったので、挑戦より安全を選びました。

そのころ、格差って嫌だなって強く感じるようになり、塾に通っている人には絶対に負けたくないと思いました。貧困から抜け出してお金持ちになるには、学力を付けて大学に行くのが一番の近道だと思っていました。負けず嫌いな性格のせいもあります。

――高校ではどんな生活でしたか。

高校に入ると、先生が「大学受験では、中高一貫校でやっている人と対等に勝負しないといけない」と言っているのを聞き、裕福な家庭の子供は受験テクニックを身に付けてより多くの情報が入るし、私がアルバイトをしている時間も塾に行っているんだろうなと羨ましく思っていました。バイトをしないと大学に行けないし、バイトをすると勉強する時間が減ってしまうというジレンマがありました。

入学当初はバイトを集中して大学の学費を稼ごうと思ったのですが、担任が部活はやったほうがいいとアドバイスしてくれました。大学の初年度の学費を貯めるのなら週1回のバイトで大丈夫だと言ってくれたんです。だから、バスケットボール部の活動はしながら、週末、家の近くの焼き肉店でバイトをしました。夜10時まで働き、勉強はそれからやりました。

――慶応大が第一志望だったんですか。

ええ。慶応の湘南藤沢キャンパス(SFC)の学部に行きたいと思っていました。それは、バイト先の焼き肉屋のおばちゃんが教育熱心で、その息子がSFCの卒業生だったこともあります。「SFCって格好いい」と思ったし、難関国立大は受験科目数も多くてもっとハードルが高いと思いました。

SFCなら何とか手が届くと思い、高2の夏からSFC対策の勉強をし始めました。高2だった1月からバイト代で塾に通い出しました。講師は大学生で授業料は安かったです。

SFC以外の大学や学部に自分の稼いだお金を受験料として払うのがもったいないと思ったので、受験はSFC一本に絞りました。模擬試験のSFCの合格判定はずっと「E」で、D判定が二度出ただけ。でも、「これだけやったから大丈夫でしょ」と思うほど勉強していたので、自信を持って試験に臨めました。

■生まれながらの貧乏人が慶応に入るためは半端ないほど苦労しているんです

――そしてめでたく現役合格。学費の目処は立ったんですか。

学費は年130万で、とても高いと思っています。実は母がお金を貯めていて、初年度は全部出してくれました。2、3年の時は一緒に支払いました。高校の成績がよければ給付型の奨学金を借りられるのですが、私はバイトをやっていることもあって成績がよくなかったし、借金については父のことがあって嫌なイメージしかないので、借りませんでした。

大学の学費免除制度は生活環境が急変した人が対象で、私は該当しません。世の中がもうちょっと、生まれついて貧乏な人にもっと優しくなってほしいと思います。

――周りで学費に不満を持っている人は少なくないのですか。

学費は高いと思います。生まれながらの貧乏人が慶応に入るためは半端ないほど苦労しているんですよ。裕福な家庭の子は塾に通えるけれど、そうでない子はバイトもして、塾にもあまり行けない。だからそこに至るまでの努力が違うんです。なんで入学した後でも学費の負担が重くのし掛かってくるのか、すごい不平等・不公平だと思います。

高校から慶応の男性の知人でも、お父さんの仕事が縮小され、お母さんは倒れちゃって「学費がやばい、どうしよう」という人もいます。また、母子家庭の男性はおばあちゃんが学費を出してくれているのですが、「おばあちゃんがいなければ、俺は慶応に来ていないな」って言っています。

――学業のかたわら、NPO法人「キッズドア」で活動をしています。どんな取り組み何ですか。

低所得家庭の子供に無料の学習支援をする団体で、大学2年のときから活動しています。キッズドアは8月、足立区内の生活困窮家庭の中学生を対象に学習室と居場所を同時に進める事業を始めたのですが、ここで中学生に勉強を教える一方、子供たちとトランプをするなど遊んだりもしています。生活に困って塾に通えない子供たちが来るのですが授業料は取らず、運営費は区が出しています。

一方、「子どもの貧困対策センター・一般財団法人あすのば」が6月19日に設立されました。ここには立ち上げから参加しています。「あすのば」は、政権に対して政策提言などをしていきます。

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「あすのば」代表理事の小河光治さんと話をする内山田のぞみさん=東京・赤坂

――子供の貧困がここ最近増えているのは間違いないですね。

ええ。この5年で子供の貧困が増えていることが表面化してきました。学習会に来る子はみんな「お金がないから大学行けない」って言います。いまの世の中、世帯収入によって就職先などが決まってしまうことも多いです。大半の子供が大学に行きたかったのに、進学しないで働いている。もっと上に行きたいのに挑戦さえできない、というのが一番の問題です。

――大学に行きたくても、家の事情で諦めてしまう子供たちは想像以上にいるんですね。

ええ、いると思います。いま私たちが支援している子供たちは、高校に行くことが大事だとさえ気づいていない場合が多いんです。私は、できれば大学にいった方がいい、それでないと希望する職につくことが難しい場合が多いと彼らに口を酸っぱくして言っています。周りのだれもそう言ってあげないのはよくないと思います。

「貧乏だから幸せだよね」「努力でなんとかなるよね」という人もいます。日本では、お金持ちに対していい印象をも持たない風潮があるのでしょうか。また、最近は「いまの世の中は学歴じゃ無いんだよ」という意見が増しているようです。でも、大学に行くと広がる世界観ってあります。いろいろな人がいるし、それに関わらないで生きるのはもったいないですよ。学歴がなくてもいいというのはきれいごと。私も大学に入ってからそれを知って、びっくりしました。遊べるだけでなく、知識的にも刺激されています。

――ところで、卒業後はどうするんですか。

春にウェブ広告会社へ就職することが決まっています。バリバリ働く感じのところです。

入学当初は将来どう働くのかあまり考えていませんでした。「お母さんになりたい、家庭を築きたい」とだけ思っていました。貧困でなければ、現在のこういった活動や、大学に入るためのここまでの努力もできなかったかもしれません。でも、そうでない、せめて子供を塾に行かせられるような生活もしてみたかった。

仕事でたくさん稼いで、余裕ができたお金を貧しくて学べない子供たちのために寄付でもできたらいいですね。

■希望の進路に挑戦さえできず、進めないのはとてももったいないことです

――お母さんは、お父さんを恨んだりしていませんでしたか?

まったくないです。その元気さが私を育ててくれました。すごいな、と思っています。母は39歳で結婚して40歳で私を産みました。「私がいなかったら人生つまんなかった」「あなたに出会えてよかった」と言っています。

私は母とは超仲良しですし、両親には全然恨みを持っていません。そのおかげで私が頑張れたのだから。

――お父さんと最後に話をしてから、どのくらい経っているんですか。

18年くらいです。母と離婚して引っ越す前に、一度、私の保育園に顔をだして「ごめん、お年玉も使った」といって、お金を渡してきました。でも母は「それでは全然足りないけどね」って言っていました。

いま、私が記事に実名で出るのも、父が目にしてくれるかと期待してのことなのです。でも、いまのところ連絡はありません。近いうちに、父と会ってみたいです。

――ほか、世の中に主張したいことはありますか。

私が記事に出ると、「私立大学に行っておいて何を言っているんだ」という意見も来ます。「貧乏人は学ぶよりも働け」という風潮があるのでしょう。でもそれって違うのではないでしょうか。

貧困家庭の子供からだって、社会に出て活躍する人がたくさん出てくると思います。彼らが希望の進路に挑戦さえできず、進めないのはとてももったいないことです。「そんなの親が悪い」って簡単に言うけれど、貧困になりたくてなっている家庭なんてありません。ひとり親になりたくてなっている家庭なんてないし、「自己責任」の一言で片付けるには大きすぎる問題です。社会全体で子供たちを支えていく必要があると思います。

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