風見しんごさん、娘を交通事故で亡くした翌年に長男が死産していた 新著で明かす

2007年に長女えみるさん(当時10)を交通事故で亡くしたタレントの風見しんごさんが、事故の1年後に男児を死産で失っていたこと明らかにした。

2007年に長女えみるさん(当時10)を交通事故で亡くしたタレントの風見しんごさん(53)が、事故の1年後に男児を死産で失っていたこと明らかにした。4月5日発売の著書「さくらのとんねる」(青志社)で記した。

えみるさんは自宅近くの横断歩道を青信号で渡っている時、3トントラックにはねられた。生きていれば2016年、20歳になって成人式を迎えるはずだった。

そして、風見さんは新著で長男が死産したことを告白したと、スポニチが次のように報じた。

悲しみに沈む中、風見が「初めて未来を考えるきっかけになった」と振り返る出来事が1年後にあった。妻尚子さん(48)の妊娠。胎児は男の子でダウン症と分かった。風見と尚子さんは「心で生きていく子供になる」との願いを込めて「こころ」と呼び、生まれて来る日を待っていたという。

08年6月、妊娠8カ月の尚子さんが胎動に異変を感じ、病院へ行くと胎児の心臓が止まっていた。それでも、尚子さんは「私は母なので」と陣痛誘発剤を打ってもらい、激痛に耐えて通常分娩で出産。出生届ではなく死産届を受け取り、数日後に夫婦だけで天国へ送り出した。

風見しんご、07年長女事故死の翌年に長男死産…著書で明かす ― スポニチ より 2016/04/04 06:30)

青志社のサイトによると、著書では、父の介護、次女ふみねさん(12)の決意、妻尚子さんの闘い、二匹の愛犬を通して届くえみるさんの心の声などを書き留めている。

そして、風見さんは次のように記している。

よく「悲しみを越えるには」と色々問答されるが、僕は、悲しみの中には、一生越えることのできない悲しみもあるのではないかと思うようになった。

だから越える必要もないと考えるようになった。確かに人生において越えなければならないものはある。しかし、越えられないものもある。そこには常に悲しみがついてまわるかもしれない。それでも、忘れようとするよりも、我慢せずに、愛する人や子供の面影を追い続けたほうが、生きることが楽になるのではないか。そうしたことが、えみるのことをちゃんと受け止めていく作業につながっていったのではないかと。(本文より)

さくらのとんねる:出版社青志社より)

風見さんは、えみるさんを失って半年後から事故防止を呼びかける講演活動を始めた。学校や地域の集まりで交通安全や命の大切さを訴え続けている。

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