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【北朝鮮】金正恩氏、50年ぶり「党委員長」に就任 背広で演説、その狙いは

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5月9日、党大会で登壇した金正恩氏

北朝鮮の首都・平壌で開かれていた第7回朝鮮労働党大会は5月9日、最高指導者の金正恩氏を、党の最高位として「委員長」に選出し、閉幕した

党委員長のポストが復活するのは50年ぶり。1949年に南北朝鮮の共産主義政党が合併して「朝鮮労働党」が発足した際、金日成氏(のちの国家主席)を初代「委員長」に選出していたが、1966年に廃止され「総書記」が党の最高位となっていた。2011年に息子の金正日総書記が死去した後、その息子の金正恩氏は、新設した「第1書記」のポストについていた。旧ソ連で独裁者スターリンの死後、最高指導者となったフルシチョフが書記長職を踏襲せず「第1書記」を名乗った前例を踏襲しているとみられる。

kim il sung
平壌市内に飾られた金日成主席(左)と金正日総書記の肖像画

36年ぶりに朝鮮労働党大会を開いて、金正恩氏の党委員長就任を宣言したことは、故・金正日氏時代の軍優先の統治から転換し、「党優位の支配体系を固めるという意味」(韓国・聯合ニュース)と受け止められている。祖父・金日成氏を彷彿とさせる背広姿を披露し、金日成氏と同じ「朝鮮労働党委員長」の職に就任するということは、絶対的な独裁者として君臨した祖父の威光に重ね合わせるカリスマ戦略もあるとみられる。

■現地取材メディア、最終日まで異例ずくめ

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党大会初日の5月6日、会場の外観を撮影する海外メディア

党大会が開幕した6日、海外からの取材陣は会場入りを許されず、建物の外観を撮影することしかできなかった。「その後も党大会自体の取材はできず、案内されたのは産婦人科病院や人民文化宮殿などで、取材先が急きょ変更され、混乱する場面も」あったと、テレビ朝日は伝えている。

平壌入りした海外メディアは、最後まで翻弄されたようだ。

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平壌市内のホテルに設けられたプレスセンターで、国営テレビの放送をウォッチする海外メディア

9日午後、共同通信やNHKAP通信など一部を、党大会の会場に案内した。共同通信によると、外国メディア約120人のうち約20人だけ、午後になって「突然正装して集合するように言われ、行き先を告げられないまま小型バスで移動した」という。

市中心部の施設で一度降ろされ、撮影機材などの念入りなチェックを受けた後、再びバスで移動した。携帯電話やパソコンはその場で預けさせられた。バスが会場の「4・25文化会館」に到着した時点で初めて、報道陣は取材対象が党大会であることを確信。ようやく訪れた取材機会に、バスの中は沸き立った。

朝鮮労働党大会が初公開わずか10分…約20人だけ - 社会 : 日刊スポーツより 2016年5月10日0時16分)

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壇上中央に着席した金正恩氏に拍手する参列者

その中の一人、NHK中国総局の長砂貴英記者によると、北朝鮮ナンバー2の金永南・最高人民会議常任委員長が、金正恩氏の「党委員長」就任を告げた。

しばらく待っていると、突然、行進曲が響き始め、着席していた代表らがはじかれたように立ち上がりました。「万歳」と拍手のなか、スーツにネクタイ姿のキム・ジョンウン第1書記がひな壇に姿を現し、中央に着席したのでした。そして、キム・ヨンナム最高人民会議常任委員長が、「朝鮮労働党委員長であるキム・ジョンウン同志を首班とする党中央委員会政治局と政治局常務委員会が組織された」と述べ、キム第1書記が新たに設けられたポストの「党委員長」に選出されたことを告げたのでした。

朝鮮労働党大会で見えたもの | NHKニュースより 5月9日 23時55分)

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壇上の金正恩氏に拍手する党大会出席者

共同通信は「取材を許されたのはわずか10分」で、当局者に退席を促され、会場を後にしたと報じた

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北朝鮮・朝鮮労働党大会(2016年5月6~9日)
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