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「私たちは自由になった」ISで2年間抑圧された女性たちの歓喜

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イラク北部の町ケイヤラを追われた女の子たち。8月29日、イラク治安部隊の車両でティクリートへと移動中。AZAD LASHKARI/REUTERS

イラク・ケイヤラからのレポート

重武装したIS(イスラム国)の兵士たちは、2年以上もの間、イラク北部の町に住む女性たちの生活を、あらゆる面で支配していた。

女性たちは世間から身を隠すことを余儀なくされた。体はゆったりとした黒い布で覆い隠された。手には手袋をはめさせられた。目は伏せるか、黒いベールで顔全体が隠された。そして、発言は認められなかった。

少女たちが学校に通うことなど問題外だった。また女性たちは、男性の付き添いなく外出することは許されなかった。

イラク軍がケイヤラからISを追放することに成功した1カ月前、こうした状況のすべてが変わった。

「私たちに自由はなかった」と、10歳の子を持つ母親ウンム・タレクさんは混雑した小さな医療施設の前で率直に自分の思いを語った。「私たちはISを必要としていなかった。でも、何ができるっていうの?」


看護師とイラク人女性たち。ケイヤラの医療施設の前で撮影。 SOPHIA JONES/THE WORLDPOST

原理主義者たちはまだ、町のすぐ近くにいる。しかしここにいる人たちはみんな、とりわけ女性がより積極的に、元の生活を取り戻そうとしている。

少なくとも一部の女性は、ISの支配下にあった頃の生活について、今では心の底から本音を自由に発言できるようになったようだ。ある女性たちは、町の医療施設内で記者と会話を交わしている時、ISの悪口を大声でまくしたて、大爆笑して盛り上がった。彼女たちは、もう我慢する必要がない。

「ISのせいで、私たちの生活は昔に戻ってしまいました」と、明るいピンク色のスカーフを頭に巻いた22歳の看護師、ヒンドさんは語った。「教育を受けてない世代がいるんです」

エネルギーが充満した彼女の小さな部屋には、女性看護師、患者、そしてハフポストの記者に「部屋から出ろ」とさかんに促すイラク人の当局者がいて、混み合っていた。彼は後から、安全上の理由からだと説明した。女性たちは彼を無視し、自分の話を伝えようと、お互いに話をさえぎりながら、ますます声を張り上げた。

かつて暴力的で、ISのプロパガンダに満ちたいわゆる「イスラム教育コース」に代わりこの地の学校、少なくとも空爆で破壊されていない学校の一部は、近々再開される予定だ。人々はそれを待ちわびている。


燃え盛る油井の近くに立つ子供たち。イラク軍がISを撃退してからおよそ1カ月後、ISの兵士が撤退時に油井を炎上させた。黒く立ち込める煙は目や喉を痛め、ケイヤラに住む人々は不快感と健康被害を抱えている。

しかし、ケイヤラがあるモスル市のフセイン・アリ・ハキム市長によると、学校には教科書、教師の給料、そしてカリキュラムの再構築を手助けしてくれる団体の支援が不足しているという。2年以上学校に通っていない子供たちの中には、仕方がないことだが読み書きができない子もいる。算数や理科については言うまでもない。

ある内気な6歳の女の子は、学校で一番好きなことは何かと聞かれ、顔を輝かせた。彼女は「勉強!」と、厚い黒煙に包まれながらも、嬉しそうな表情を浮かべ、喜んで答えた。撤退時にISが焦土作戦で炎上させた油井は、数カ月たった今もなお激しく燃えている。

しかし、煙に包まれても、子供たちは笑ったりふざけたりしながら手をつないで路上を歩きまわる。子供たちは何年もの間、家に閉じ込められるか、子供兵士になる訓練を受けさせられるかしかなかった。もうそのようなこともない。

彼らの母親たちもまた、新たに手に入れた自由を満喫している。朝、不安におびえながら着替えることもない。服は自分を表現する方法であり、自分の体も以前のように自らの思いのままになった。


「ダーイシュ(IS)が私の目を見るようなことがあれば、彼らは家族に10万イラクディナール(約9000円)払えと強要するだろう」と、中東の人たちがISを指す呼び名を使いながら、ヒンドさんは声をはりあげて言った。ヒンドさんはさらに、彼女が兵士たちに反論したら、看護師をクビにされたという。「目を覆われて、どうやって仕事をすればいいの? 見えないんだよ!」

ハフポストUS版のインタビューを受けたケイヤラの医療施設の人たちは、誰1人としてISの支配地域で見かけるような服装をしていなかった。代わりに、自分を必要とする人を相手にする医療専門家が堂々と、ヒョウ柄のヘッドスカーフ、キラキラとしたドレス、そして白衣を身につけていた。

地元の人々によると、IS支配下では、ISが認定した女性看護師が不足していたため、女性は自宅での出産を余儀なくされることが頻繁にあった。男性医師は、いかに病状が悪くとも、女性を治療することは許されなかった。

国内避難民向けのキャンプでも同様に、ケイヤラや周辺地域から避難した女性たちは、色のある服を身につけることのできる幸せを満喫している。赤、オレンジ、黄色、緑……これらの色の服はすべて「挑発的だ」としてIS支配下では禁止されている。

「そういう色の服を着ているところを見られたら、殺されるかもしれません」と、宝石をちりばめた赤色と青色のブレスレットをジャラジャラさせながら、マルワさんは言った。彼女は、ISに強制的に退学させられることがなかったら、今年10年生だったはずだ。

不当に着る服を強制され、現金を奪われた家族の多くがとても払えそうにない重い罰金を課されたり、それよりもひどい目にあったりするような日々はもう過ぎ去った。ISの支配下にある地域では、タバコを吸う、テレビを見る、サッカーをする、あるいは男性の場合ひげを伸ばさずに剃り落とすといった程度の軽犯罪で、投獄されたり、むち打ちされたりするのは当たり前のことだ。


かつてISが支配していた地区から家を追われたイラク人。クルディスタンにあるデバガ難民収容所で。 SOPHIA JONES/THE WORLDPOST

ISが最も悪質とみなす犯罪になると、凄惨な処刑が録画され、プロパガンダ映像に編集され、世間にばらまかれる。

ISの兵士たちは、ケイヤラのある家屋を牢獄に改修した。その2階は狭くて汚い、窓のない独房が並ぶ悪夢のような空間に変えられた。独房のドアの1つに名前のリストが貼り付けられている。以前、閉じ込められていた不幸な人たちの名前だ。

もうひとりの女性、アマルさんは、腹立たしそうに首を振りながら、つけあがったISの暴力的で歪んだイスラムの教えについて語った。町の大半を占めるイスラム教スンニ派住民はその教えによって、彼らとはほとんど無縁だった厳格な生活を強制させされた。

「間違っています」と彼女は言った。「こんなのは、イスラムの教えではありません」

地元の人間のほとんどがISの支配下で生きるのは地獄のようだったと語る一方、想像を絶する苦しみを味わったのは少数民族のヤジディ教徒の女性たちだった。ISの兵士たちはこのイラク北西婦の山岳信仰を異端と見なし、ケイヤラでヤジディ教徒の女性たちを性奴隷として拘束していた。彼らはイラクの他の地域やシリアでも同様の迫害をしている。

ISは2014年8月にイラク北部のシンジャル山脈を越え、何千人も虐殺し、さらに多くの人間を奴隷、子供兵士、人間の盾として人質にとった。

ヒンドさんは、足の間から大量に出血していたヤジディ教徒の妊婦を世話したという。手当して一時的に彼女の命を助けることはできた。しかし、ヒンドさんが彼女を見ることは2度となかった。


かつてISが使用していた不潔な独房内。ISの暴力的で厳しい規則に従わなかった場合、地元の人間はここに閉じ込められた。兵士たちはもともと普通の家だったこの家屋に、捕虜が逃げられないよう鉄のドアを設置した。

彼女はおそらく、他のヤジディ教徒の女性と一緒に撤退時にISに連行されたのだろう。地元の人間が知る限り、残されたヤジディ教徒はいない。他の男性に売ったり法外な身代金で家族に引き渡したりと、1人あたり何千ドルもにもなるヤジディ教徒の女性たちは、ISにとって貴重な金づるだ。

カリフ(イスラム国家の最高指導者)制国家を名乗るISにとってモスルは首都であり、カリフの民衆を失うことを恐れ、ケイヤラを厳しく統制していた。しかし住民の中には、勇気をもち、必死になって逃亡を図った人がいた。あるいは金銭的余裕がある人は、密航業者に1人当たり200〜500ドルを支払ってケイヤラから脱出し、すでに満杯状態となっているイラク領クルド系難民キャンプへとたどりついた。

2014年にISがイラクの広範囲を支配下に置いて以来、330万人以上のイラク人が行き場を失っている。専門家はその数が増加すると見ており、アメリカが支援する奪還作戦がモスルで開始されれば、さらに150万人の男女や子供がモスルを追われる可能性もある。イラク軍、クルド人部隊ペシュメルガ、シーア派民兵組織、またこれ以外のグループも参加するこの奪還作戦は、大規模編成で、組織は複雑で、おそらく混乱をきたすとみられる。

世界食糧計画(WFP)は9月初旬、ケイヤラにいる3万人を対象とし1カ月分の緊急食糧援助を行った。WFPイラク事務所のサリー・ヘイドック代表によると、住民は「食料供給の乏しい状況下で極度の空腹」に見舞われていた。支援団体が一般住民に接触できたのは、2014年6月以来のことだった。

2014年にISが台頭したのは、当時のヌーリー・アル・マリキ首相によるシーア派主導の政治に対するスンニ派住民の不満が背景にあったことが大きい。スンニ派の多くが、マリキ政権は権威主義的で極めて派閥的であると激しく非難した。


ISで禁止されている精巧な装飾が施された明るい色の服を着て腕を組む、10代のイラク人少女たち。

しかし、動きのないまま数カ月が経過し、ISこそ地元により良い未来を提供できるという期待よりも、ISの残虐行為に対する不満が強まり、当時得た支持も次第に薄れていった。

ケイヤラでは、イラク治安部隊がISを支持している疑いのある人間を検挙しており、いまだ緊張状態が続いている。

あるイラク人当局者は匿名で、「治安部隊は最近、ISを支持している疑いがあるケイヤラ住民65人を拘留した」とかたった。その中には女性や若い男の子も含まれている。地元のスンニ派アラブ住人を拘束、殺害しているという報告もあり、また彼ら以外に拘束を解除されない住民もいることから、人権団体がイラク軍に警告している。

町の大半は損傷を受け、略奪されたままだ。食料を求めて外出するのは今も容易ではない。近隣には完全に放棄された村もあり、扉が不気味に半開きになったまま放置されている家もある。つい最近まで手製爆弾が散在していたケイヤラへと向かう道沿いには、ISが掘った溝や燃やされた車が残されている。

しかしこのような悲惨な状況であっても、ウンム・タレクさんは解放感に浸っている。

「これで私たちは自由になりました」。満面の笑みを浮かべてそう言うと、彼女は腕を広げ、午後の光の中でキラキラと光るカラフルなビーズで飾られたドレスを誇らしそうに見せた。

カミラン・サドゥンのケイヤラからの現地報告

ハフポストUS版より翻訳・加筆しました。

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