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米大統領選は「嫌われ者どうしの戦い」 池上彰氏、トランプ旋風の背景とヒラリーの弱点を語る

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IKEGAMI
Kazumoto Yoshida
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アメリカ大統領選は11月8日(現地時間)に投票が始まる。過激な発言を繰り返す共和党のドナルド・トランプ氏の出現に象徴される今回の選挙戦は「ありえないことの連続」とも言われる。

その底流には、アメリカ社会が大きな変化を遂げていたことがあった。ジャーナリストの池上彰氏が、現地取材をもとに、深層の地殻変動をリポートする。

(新著『アメリカを見れば世界がわかる』からの抜粋です)
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■誰も予測できなかったトランプ旋風

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なぜアメリカ人はトランプを選んだのか? その答えを知りたくて、2016年に何度もアメリカ取材に出かけました。

私を含めて、多くの人たちが見誤ったことが二つあります。

一つは白人労働者たちが不法移民に抱く危機意識です。

不法移民は正規の労働に就けないため、足元を見られて安価な労働力として利用されています。白人の中でも、単純労働に携わる低所得者層は、不法移民に仕事を奪われているという危機感を募らせています。

アメリカはもともと白人が建てた国なのに、中南米からのヒスパニック系の移民が増え、白人は少数派になりかねない状態です。しかも移民が自分たちから仕事を奪っていく。こうした不満と危機感を抱く人々の心を捉えたのがトランプの「メキシコ人は強姦魔だ」「不法移民を送り返せ」といった言葉です。

彼らはもともと共和党の支持者ですが、近年の共和党の姿勢には不満を抱いています。2009年以降、共和党はオバマの政策に頑なに反対し続け、大統領と議会の「ねじれ」によって政治の停滞を招きました。

以前なら共和党と民主党は政策で対立しても、ベテラン議員どうしが落とし所を探って政治を進めようとするのが普通でした。しかし、近年の共和党では、こうしたベテランたちに代わって「ティーパーティー運動」と呼ばれる保守派が台頭しています。彼らが強硬な議事妨害などによってオバマのあらゆる動きを封じ、「決められない政治」を作り出してしまったのです。これに苛立ちを感じているアメリカ人は少なくありません。トランプならこうした現状を変えてくれるかもしれないという期待も背景にあります。

もう一つは、共和党が乗っ取られたということです。従来の共和党なら、トランプが大統領候補になることなどありえなかったでしょう。もともと無党派層だった人々がトランプを支持するために大量に共和党員に加わったのです。

予備選挙や党員集会には、「共和党を支持するから投票したい」と言えば、誰でも登録して参加できます。費用もかかりません。当日参加が可能な州さえあります。

2016年前半あたりから、「トランプを大統領候補にしよう」という新たな層が大挙して共和党の予備選挙にやってきたのです。従来の共和党員から見れば、あたかも乗っ取られたかのようです。

私を含め多くの人はこうした無党派層の動きを読むことができず、トランプを泡沫候補扱いしてしまったのです。

■テレビ局もトランプ旋風の共犯者

当初は白人の単純労働者を中心に支持を集めていたトランプですが、過激な発言を繰り返してテレビでの露出が高まると、高学歴の白人インテリ層や、アメリカ国籍を持つヒスパニック系の人々も彼に魅きつけられるようになりました。とくに「ポリティカリー・コレクト」に辟易していた白人インテリ層の心を捉えました。また、正規に働いているヒスパニックの人々にとっては、不法移民は迷惑そのものです。彼らもまたトランプを支持するようになりました。

こうした動きを加速したのがテレビです。トランプが暴言を吐くと、視聴者は喜んで見てくれます。視聴率が上がるのです。とりわけ共和党の公開討論会のテレビ中継は軒並み高視聴率を叩き出しました。

テレビは中立・公正でなければならないなんてルールは現在のアメリカにはありません。視聴率が取れてスポンサーに広告料引き上げを求めることができるのなら、いくら偏っていようと共和党の討論会を中継するのがビジネスとして当然というわけです。

共和党の公開討論会を各局持ち回りで中継し、ニュースでもトランプの発言のおいしい部分をクローズアップして紹介。さらにニュースショーにトランプを呼んでインタビューし、過激な発言を引き出します。

これを日々繰り返すため、テレビはどの局もトランプだらけになります。実際、2016年2月からトランプのおかげで高視聴率が続き、テレビ局の広告収入は大きく伸びました。テレビ局が共犯者となって、怪物をつくりだしてしまったのです。

■ヒラリーはなぜ嫌われる?

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一方、ヒラリー陣営とて盤石ではありません。彼女は主に二つの点で嫌われています。
 ひとつは「メール問題」。国務長官時代、自宅のパソコンを使って、私的なアカウントで公務のメールをやりとりしていた問題です。

日本のわたしたちにしてみれば、そんなに重要な問題? と思いがちですが、アメリカでは大問題となっています。高度に暗号化された国務省のメールとは違い、私的アカウントのメールはロシアや中国に読まれているかもしれません。仮にヒラリーが同じテーマについて両方のアカウントでやりとりを繰り返していたら、それらを照らし合わせることで国務省のメールの暗号も解読されてしまうかもしれません。

国家を危機にさらしたヒラリーは、大統領にふさわしくないとして批判されています。

メールのやり取り自体も非難の対象ですが、この問題に対するヒラリーの対応もよくありませんでした。そもそも謝罪しようという姿勢がみられませんでした。

さらに、当初は「法律違反ではない」「国家機密は含まれていない」と主張していましたが、実際には国家機密が含まれていたことが発覚。その上、3000通ものメールが削除されていたことも明らかになりました。証拠隠滅工作をしたと疑われています。

トランプ陣営は「Hillary for President(ヒラリーを大統領に)」というキャッチフレーズを、「Hillary for Prison(ヒラリーを刑務所に)」ともじって批判のネタにしています。

また、アメリカ人に「ヒラリーというと、どんな言葉を思い出す?」と聞くと、「liar(噓つき)」がもっとも多いそうです。はじめは認めないと言っていたサンダースの主張を受け入れたり、勝つためとあれば態度を豹変させる姿勢も不信感を招いています。

ヒラリーが嫌われるもうひとつの理由は、アメリカ人は一般にエスタブリッシュメントの政治家を嫌うという事情です。

エスタブリッシュメントとは、ワシントンで国政に長く関わったベテラン政治家など、本流・正統派の人々を指します。既得権益層という意味もあります。アメリカではワシントンでの政治家としての生活が長いと、腐敗した政界に毒された人というイメージを持たれ、大統領に選ばれにくいのです。

実際、歴代の大統領はワシントンの政治家以外から登場しました。ジミー・カーターはジョージア州知事、ロナルド・レーガンはカリフォルニア州知事、ジョージ・ブッシュはテキサス州知事、ビル・クリントンはアーカンソー州知事でした。オバマは上院議員でしたが、まだフレッシュな新人議員でした。

ヒラリーも初めは新鮮なファーストレディーだったのですが、8年も大統領夫人であり続けた上、上院議員、国務長官と、長くワシントンで働きすぎました。すでにエスタブリッシュメントそのものとなってしまったのです。

アメリカ人は基本的には連邦政府を信用していません。隙さえあれば、自分たちから権利や自由を奪おうとする存在だと警戒しています。連邦政府が力を持って巨大化しないように、首都ワシントンは、ポトマック川の河畔の沼地を埋め立てた、夏は暑く冬は寒い、居心地の悪い場所に築かれたと言われています。

ヒラリーは当初、政治のベテランであることを売りにしようとしましたが、ワシントン経験はマイナスだとわかり、方針を変えました。その点、まったく政治経験のないトランプはフレッシュには違いありません。どう変えるかはともかく、現状を変えてくれそうな期待は持てます。

2016年大統領選は、いわば、嫌われ者どうしの戦いです。「どちらも嫌いだが、より悪くないほうを選ばざるをえない選挙」などと言われています。

■トランプは意外に現実主義の穏健派?

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2016年7月21日、共和党全国大会で演説するペイパルの創業者ピーター・ティール氏

今回の共和党大会で印象的だったのは、オンライン決済の大手ペイパルの創業者ピーター・ティール氏が「ゲイであることを誇りに思う」と演説で表明したことです。会場からは大きな拍手が起きました。

従来の共和党では考えられないことです。共和党員は一般に同性婚や妊娠中絶を認めません。4年前、共和党の予備選挙を取材したとき、集まっていた共和党員に「大統領はどんな基準で選びますか?」と聞いたところ、「妊娠中絶を認めないこと」「同性婚を認めないこと」。経済政策も外交政策も関係なく、それだけでした。

トランプ支持者の多くは、従来からの共和党保守派とは違い、LGBTにも妊娠中絶にも寛容です。トランプ自身も妊娠中絶に強固に反対はしていません。演説の中でも「我々はアメリカ国民を守る。LGBTの人々も守る」と言っていました。

トランプは現実的であるのと同時に、意外に寛容な面もあるようです。

過激な言葉で注目を集めているトランプも、共和党の中では実は「穏健派」です。徹底的に「小さな政府」を追求する保守派は、アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)や教育省の廃止を訴えています。トランプと大統領候補を競って敗れたクルーズは、教育省・商務省・エネルギー省などの廃止論者です。

共和党がこぞって反対するオバマケアについても、トランプは当初廃止を求めず、制度の改善を提案していました。

また、トランプは「アメリカ・ファースト」を主張しています。「アメリカが第一。アメリカさえよければいい」という方針です。これを支持するアメリカ人が多いことに対して、アメリカは内向きになったという見方もありますが、アメリカは歴史上、常に「世界の警察官」として振る舞ってきたわけではありません。

たとえば古くは「モンロー主義」があります。1823年、第五代アメリカ大統領ジェームズ・モンローが提唱した外交方針です。アメリカは南北アメリカ以外、つまりヨーロッパには干渉しないという一国孤立主義をとりました。第1次大戦後、国際連盟の創設が提唱された際も、アメリカ議会はモンロー主義を掲げて反対しました。第二次大戦でも、当初はドイツ軍がヨーロッパ諸国を蹂躙するのを傍観していたのです。

「アメリカ・ファースト」は今に始まったことではありません。トランプの主張も決して突飛なものではないのです。

こうしてみると、怪物のように思えたトランプも、生まれるべくして生まれてきたようにも思えます。

ikegami

池上彰著『アメリカを見れば世界がわかる』PHP研究所刊。定価1300円(税別)

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