「人権を守る」他の言葉で言い換えたら? 乙武洋匡、イギリスの障害者団体と語る

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6月8日に総選挙が行われたイギリス。EU離脱の交渉をめぐり国内は揺れているが、ロンドン・パラリンピック後の障害者政策はどう変わったのか。作家の乙武洋匡がレポートする。

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イギリス総選挙が行われる2日前、国内最大の障害者人権団体「Disability Rights UK」を訪れた。お話を聞かせてくださったのは、この団体で政策分野を担当するフィリップ・コノリー氏。ご自身も左目に障害があり、またパーキンソン病を患っているというコノリー氏に、イギリスにおける障害者の状況と政治との関わりについてお話をお伺いした。

——本日はよろしくお願いします。まずは、この「Disability Rights UK」ができた経緯と活動内容について教えてください。

それまで別々に活動していた4つの団体が統合して、いまから5年前に現在の形となりました。私たちの活動内容ですが、ひとつは障害者の人権に関するハンドブックを作成するなどの情報提供、もうひとつは政策提言とその実現に向けたキャンペーンの実施といったことを行なっています。

——イギリスの障害者政策にとても興味を持っています。

イギリスにおける障害者政策の転換期は、これまで2回ありました。ひとつは、1978年に医学モデルから社会モデルへと転換が図られたこと。そして、もうひとつは1995年に障害者差別禁止法が制定されたことです。

——日本で障害者差別解消法が制定されたのが2013年ですから、イギリスとは20年近い開きがあるのですね……。

ああ、そしてもう一つ、2010年に英国平等法が制定されたことも加えなければなりません。これは障害だけでなく、性別、人種、性的指向といったすべての差別を禁止する法律なのですが、その背景にはEU法があります。イギリスもEUが定めた基準に合わせていく必要があったんです。

——そうして一歩一歩、着実に進められてきたのですね。

しかし、現在、イギリス政府は障害者の人権を侵害していると言わざるを得ません。というのも、イギリスは障害者権利条約に批准しているのですが、いくつかの項目で基準を満たすことができておらず、国連から勧告を受けている状況なのです。

——政府にそうした状況を改善していこうという動きはあるのでしょうか?

残念ながら、状況は後退しています。特にこの数年、経済状況の悪化によって国家は緊縮財政となり、雇用や支援の面で障害者にとってはかなり厳しい局面を迎えているのです。たしかに赤字国債を減らすことは重要です。しかし、誰もが排除されない包摂的な社会を実現することの重要さを忘れてはいけません。

——明後日には、総選挙が行われます。どんなところに注目をしていますか?

今回の総選挙で保守党が政権を維持すれば、今後5年間はこの状況が続くと見ていいでしょう。また、今回の選挙における争点のひとつはEU離脱だと思いますが、私たちはEU離脱に対して明確に反対をしています。というのも、もしイギリスがEUから離脱してしまうと、もうEUが定めた基準をクリアする必要がなくなるため、障害者をめぐる状況はさらに悪化してしまう可能性があるのです。

——では、障害者は保守党ではなく、労働党を支持すべきとお考えですか?

うーん、そこはとても難しい問題ですね……。何しろ、緊縮財政を始めたのが労働党ですから。彼らが政権を握ったところで、雇用や障害者手当ての問題がどれだけ改善されるのか。大切なことは、どちらの党が政権に就こうとも、私たちは政治的な働きかけを続けていくということです。

——その「政治的な働きかけ」ですが、具体的にはどんな手法があるのでしょうか?

まずは、政治家に会いに行くという手段があります。それから、議会のなかで障害者に関する政策が立案されたとき、私たちのような団体が呼ばれてヒアリングを受けるので、そこで発言するといった機会もあります。あとは、“Eメール・アクション”でしょうか。

——“Eメール・アクション”?

まずは、私たちのなかで政策提言をまとめ、それに基づいてレポートを作成します。それを支援者たちにメールで送付し、賛同してもらえるなら、そのメールをまた別の誰かに送ってもらうのです。そうして少しずつ支援の輪が広がっていくなかで、いずれそのメールが有力議員や大臣のもとへ届きます。大臣のもとへ届く頃には、その政策に対する支持者が多く集まっているという状況をつくり出すことができるのです。

——カギは、どれだけ多くの支援者を集められるかだと思いますが、障害当事者やそのご家族だけでは、やはり数に限りが出てきてしまいませんか?

イギリスには、約1200万人の障害者が暮らしていると言われています。さらに、その障害者のケアに当たっている人が600万人です。ある研究では、障害者とケアする人々、さらにその家族といった関係者を含めると、世界の人口の53%に達すると言われているんです。

——なるほど。障害者同士はうまく連携できていますか。日本だと、障害の違いによって、「こちらの障害のほうが大変だ」「いや、こちらのほうが大変だ」と、まるで不幸自慢のような状況が始まってしまうこともあるのですが。

イギリスでも同じような状況がないわけではありません。しかし、彼らをひとつのグループとしてまとめていくためには、彼らの“違い”にはあまり目を向けないことです。あくまで政治的な目的を果たすため、“共通していること”に目を向けるようにするのです。

——なるほど、興味深い視点です。

また、そうした違いを乗り越えて結束していくためには、やはり対話を重ねていくことが重要です。それぞれ異なる障害を持つ人々が対話をしていくなかで、新しいアイディアが生まれていくといったことも珍しいことではありません。じつは、私たちはそうした対話がより多く生まれることが重要だと考え、それを容易にするためのアプリを開発しているところなんです。

——障害者同士がコミュニケーションを図るためのアプリですか?

そうですね。障害者のなかには、困難を一人きりで抱えてしまっている人が少なくありません。そうした人々にとって、『その問題を抱えているのは、あなた一人じゃない』というメッセージはとても救いになりますし、実際に同じ境遇の人々から解決の手段などを教えてもらえることもあるかもしれません。まずは、そうしたコミュニケーションを気軽に図れる場が必要だと思い、アプリの開発に着手したのです。

——どんな効果を期待していますか?

障害があることによりどんなニーズがあるのか、その意見の集約ができるようになります。そうして多くの意見が集まることで、それは政治的にも、消費者としても軽視することのできない存在となっていきます。一人の声は届きにくいものですが、数が多くなることで政治や経済からも振り向いてもらえるようになるのです。

——障害者のニーズには、具体的にどんなものがあるのでしょうか?

やはり、雇用に関することが最も多いように思います。そこで、いま私たちは3Dプリンターを用いたモノづくりに着目しています。あれなら障害者であっても遜色なく、すぐれた製品を作り出すことができると思うのです。イギリスでは、まだ3Dプリンターは一部の大学しか所有していないような状況なのですが、それを何とか障害者でも使える環境を整備できないか考えているところなのです。

——それは時代を先取りした、とても素晴らしいアイディアですね。

たとえば障害者でも1985年からコンピュータに触れることができていれば、1990年代に入った段階でそのスキルを高く評価され、容易に仕事を見つけることができたでしょう。それと同じです。2015年から3Dプリンターによるモノづくりに習熟していれば、2020年以降、仕事を見つけやすくなると思うのです。

——障害者自身で実際にすぐれた製品を製造・販売できるようになれば、雇用されることだけでなく、みずから起業するという選択肢も出てきますね。

おっしゃる通りです。私たちはそうした展開も十分に考えられると思っていますし、そのために必要な情報などのリソースを、そのアプリを通じて広く提供していくことができたらと考えています。

——イギリスでは、2012年にロンドンでパラリンピックが開催されました。やはり、そのことによって障害者を取り巻く環境は大きく改善されたのでしょうか?

交通インフラに関しては、その影響は大きかったと思います。ようやく主要な駅にもエレベーターが設置されるなど、大きくバリアフリーが進みました。しかし、そうした影響は一部に止まり、パラリンピックが終わると、むしろ障害者への予算配分は少なくなってしまったのです。

——それは先ほどのお話にもあったように、赤字国債を減らすための緊縮財政による影響ですね。実際、どのような分野における予算が足りていないと感じていますか?

やはり雇用の部分ですね。イギリスには仕事を持てずにいる障害者が360万人いると言われていますが、政府はその対策に3億5000万ポンド(約492億円)しか予算配分していません。一人当たり、年間100ポンド(約1万4000円)未満。これでは、真っ当な支援とは言えません。

——ここを増額すべきである、と。

そうです。一方、経済を活性化させるための予算は2450億ポンド(約34兆円)も用意されています。このうちの一部でも障害者雇用の対策に回すことができれば、状況はずいぶんと改善されるはずです。障害者も仕事を持ち、納税者に回ることになれば、結果的に社会全体が豊かになるのではないかと思っています。

——これは日本でもよく語られる理論ですね。

なにも障害者のためだけに新しい雇用を創出すべきだと言っているわけではなく、既存の仕事の一部だけでも障害者に担わせてほしいということなんです。例えば、新しく電車をつくる仕事には、年間6万人が従事していると言われています。そのうち1%を障害者に割り当てただけでも、600人分の雇用が生まれるのです。これは日本でも新しくスタジアムをつくる際など、同じような提言ができるかもしれませんね。

——オリンピック・パラリンピック開催により、経済は一時的な浮揚を見せますが、ギリシャの財政も破綻したように、開催後には下降線を辿っていく傾向が見られますね。

その通りです。そうして政府が『障害者への支援や対策は後回しでいい』という態度を見せることで、そのような空気は国民全体にも毒のように広がっていき、人々も障害者を軽視するようになっていくのです。その証拠に、ロンドンでパラリンピックが開催された2012年に比べて、いまでは障害者が犯罪の被害に遭う件数は増加しているのです。政府の対策の遅れは、健常者と障害者を大きく分断してしまっていると言わざるを得ません。

——それは、とても意外なデータですね。パラリンピアンの活躍によって、てっきり障害者への理解は深まっていくものと思っていました。

一般の人々が目にするパラリンピアンは一流のアスリートであり、支援を必要している障害者とは距離のある存在です。ですから、パラリンピアンの活躍を目にしたからといって、障害者一般への理解が生まれるわけではありません。また、一般の障害者にとっても、毎日トレーニングに励むことのできる環境に恵まれたパラリンピアンは手の届く存在とは言えず、決してロールモデルとなるわけではないのです。

——なるほど。「パラリンピックが開催されるから、きっと障害者を取り巻く環境も改善されるだろう」と安易に考えることは危険ですね。それとは別に、個々の問題にしっかりと取り組んでいく必要があることを感じます。

もちろん、一時的に改善されることもあるでしょう。それをレガシーとして、どう後世に残していくかが重要になってきます。もし、それが物理的なものであるなら維持費などの予算が必要になってくるので、私たちはそのためのチャリティー活動を行なっていますし、そのレガシーが制度的なものなら、政府や企業に対して、その制度をパラリンピック後も残していくよう契約を交わすといった働きかけが必要になってきます。

——福祉には国が提供しているものもあれば、自治体が提供しているものもあります。ただし、自治体には財政状況に違いがあるので、どうしても格差が生まれてしまいます。ロンドンのような大都市と郊外では、どうでしょうか?

たしかに、そうした格差がないわけではありません。一応、国で定めている基準というものがあるので、それを下回ることは許されないのですが、やはり自治体も税収にばらつきがあるので、基準値ギリギリの対応しかできていないところもあれば、それを上回る対応ができているところもあるのが実情です。

——そうした地域格差は、どのようにしたら解消していくことができるのでしょうか?

イギリスではチャリティーが根付いているので、地域ごとに適切な福祉サービスが提供されるための募金活動やファンドレイジングというものが行われています。また、資金が多く集まった地域が、資金があまり集まらなかった地域にその余剰分を送るといった仕組みも確立しています。

——先ほどの3Dプリンターのお話といい、いまのファンドレイジングのお話といい、イギリスでは国や自治体に頼るばかりでなく、「自分たちで何とかする」という意志が強く感じられますね。

障害者の状況を変えていくには、ふたつの方法があると思っています。ひとつは、やはり政府や自治体にきちんと支援してもらえるよう働きかけていくこと。もうひとつが、障害当事者や民間団体が動きを起こし、状況を改善していこうとすることです。

——なぜ、後者の動きが生まれるようになったのでしょう。

それは、まさに現在の状況がそうであるように、必ずしも公的機関が私たちに適切な支援をしてくれるとは限らないからです。私たちが政府に頼っているだけでは、私たちが貧困に陥ることを認めることになってしまうのです。

——“人権”とは、何より大切なものであるにもかかわらず、日本では長らく特定の思想を持つ人々が自分たちの主張のために“人権”という言葉を看板のように掲げてきた経緯があり、どちらかと言うと一般の人々からは敬遠される向きがあるんです。

へえ、それは興味深いですね。アメリカなどの資本主義国では、あれだけ人権、人権とうるさく言っているのに。文化というのは、じつに面白い。

——そうなんです。もし、コノリーさんが「人権を守る」という概念をほかの言葉で言い換えるなら、どんな言い方をしますか?

うーん、これはじつに面白い、そして難しい質問ですね。ちょっと待ってください。ええ、そうですね。やはり、『法によって、誰もが平等な機会や選択肢を得られるようにすること』になるでしょうか。それは、政治的に、経済的に、社会的に、文化的に、どんな分野でも障害者が参加できるようになることを意味しています。

——「平等な機会や選択肢」ですね。

そうです。他者と人間関係を築くこと、家族を持つこと、仕事をすること、教育を受けること、そして楽しい時間を過ごすこと——これらすべてにおいて、障害者であっても等しく享受する権利があるのです。そして、忘れてはならないのは、それらの権利は私たち障害者だけに認められるものではなく、すべての人に認められているものであるということです。

——深く共感します。私自身、日本に戻って活動を続けていくにあたって、今日はとても示唆に富んだお話を聞かせていただくことができました。感謝いたします。

こちらこそ、ありがとうございました。またお会いできることを楽しみしています。

(取材・文 乙武洋匡

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