政治

「政治の闇の深さを痛感した」松田公太氏が見つめる政局、そして衆院選

規制緩和に及び腰な日本、将来展望を持って議論できない政治を憂えていた。

2017年10月13日 18時34分 JST | 更新 2017年10月13日 19時06分 JST
Taichiro Yoshino

安倍首相による突然の衆院解散、小池百合子・東京都知事の「希望の党」設立、野党第一党の事実上の解党と合流、そして「踏み絵」による「排除」宣言と選別......。

めまぐるしく流動する政局を、この人はどう見つめているのか。

タリーズコーヒージャパンの創業などを経て、2010年の参院選に「みんなの党」公認で東京選挙区から当選した松田公太氏(48)。民主党政権と野党に転落した自民党の2大政党体制に、ベンチャー経営者として飛び込んだ松田氏は、「第3極」を標榜したみんなの党の上昇気流を象徴する人物でもあった。

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参院選出馬の記者会見でみんなの党の渡辺喜美代表(左)、松田公太氏(右)と握手する桐島ローランド氏=19日、東京・国会内(撮影日:2013年06月19日)

その後、みんなの党は路線を巡って分裂、解党した。散り散りになった元同僚たちは、希望の党に多くが合流した。自民でも、民進でもない保守「第3極」政党の躍進は、松田氏がみんなの党時代に望んでいた状況のようにも見える。

しかしTwitterで松田氏は、揺れる思いをつづっていた。

政策そっちのけで離合集散を繰り返す政治家の姿に失望を隠さず、経営者として日本の将来を見据えながら、規制緩和に及び腰な日本、将来展望を持って議論できない政治を憂えていた。衆院選公示直前の10月5日、東京・乃木坂のオフィスで話を聞いた。

――政界を引退してから、最近はどういった活動をしているんですか?

民間に戻り、経営者、アントレプレナーとして再びチャレンジをしています。2009年に朝食文化を広めるべくレストランチェーン「Eggs 'n Things(エッグスンシングス)」の世界展開権(米国除く)を取得し、2010年3月に海外1号店を原宿にオープンしたのですが、ほどなくして参院選出馬となったため、一旦事業の前線から退いて100%国会議員に専念していました。現在は、その「Eggs 'n Things」(国内19店舗)の海外展開に注力し、年内に台湾、シンガポールで出店予定です。

また、エネルギーの会社も立ち上げました。国会で「原発から自然エネルギーにシフトしよう」と提言し続けてきましたが、どうしても現政権は原発を推進してしまう。電力9社に集中しているエネルギーの権限を分散して、地産地消のエネルギー会社が生まれる環境をつくらなければならない。そうした議員時代の理想を辞めた後も追及したいと思い、小さな木質バイオマス会社を仲間と共に創業したのです。正直、このようなベンチャーの立ち上げは本当に厳しいのですが。

私は門外漢として政治の世界に入りましたが、政策一つ一つは魂を込めて訴えてきたつもりです。よく「国会議員は落選したらただの人」と言いますけど、訴えてきたことは辞めてからでも続けられるはず。政策をころころ変えてでも議員を続けようとする人は論外ですが、政治家を辞めてから当時訴えていたことと真逆のことを金のためにする人もいる。「あのとき声を大にして言っていたことは何だったんだ」と残念に感じます。日本の政治・経済を良い方向に導くためにも、リボルビング・ドアによる人材流動化を提言してきましたので、これまでの経験を活かして自ら実践していきたいと思います。

――突然の衆院解散に「希望の党」設立と民進党の合流と、日々めまぐるしく変わる政局ですが、今回の選挙の争点は何だと思いますか?

原発ゼロ、現実的な安全保障、そして消費増税の是非。ここは確かに争点にするべき部分です。ただそれ以外に、本来話し合うべきことは多いはずです。たとえば消費税の使い方。安倍さんは一部を教育に回すという話を突然しはじめました。野党は「消費増税凍結」で足並みが揃っているので、なかなか俎上に載せにくいのでしょうが、その場合はどうやって財政状況を改善させるのか、具体的な対策について議論を展開する必要がある。

経営の世界でも時々やる人がいますが、赤字決算になるのが見えた段階で、あえて新規事業を立ち上げたり別会社を買収したりする。そして、黒字が実現できないのを、そのせいにするのです。株主には赤字が膨らんだ理由を「将来への投資」と説明するのですが、ある意味、目くらましです。こんなことを続けたら負債を減らすことはできません。教育にあてると言えばみんな納得するだろうと考えたのかもしれませんが、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標は2回延期になっていますし、社会保障の仕組みを真剣に見直さないと将来世代が大きな損害を受けることになります。野党各党も消費増税を凍結すると言うならば、法人税の増税や内部留保課税のような安易な策ではなく、行政の組織改革をして歳入庁を導入するなど、抜本的な対案を持って議論しなければなりません。

Toru Hanai / Reuters
10月10日、福島県で演説する安倍晋三首相

――安倍政権の経済政策「アベノミクス」も検証されることになります。

金融緩和は安倍さんが言い出す前からみんなの党が提唱してきたことです。実際、最初のカンフル剤としては有効でした。円安になり、輸出産業の株価が上がり、資産価値が上がり、心理的にもプラス効果が生まれたのです。しかし、その間に徹底的な構造改革をしないと、一時的に盛り上がった後はじり貧になると私は訴えてきました。人口減少が不可避な日本のファンダメンタルは良くありません。金融緩和は万能薬ではないのです。副作用もある。今は恐れていたことが起こり始めています。規制改革も表向きは「ドリルになる」と言いながら、実際はほとんどできていません。

たとえばUber。日本ではタクシー業界団体等の強い抵抗にあい、道路運送法の緩和ができず、開店休業状態です。走行実験しか許されないセグウェイもそうですが、これでは実証が必要な技術革新を進めることは難しい。日本の最大産業である自動車メーカーの未来を占う自動運転の今後も心配になってしまいます。

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道の駅での自動運転サービスの実験を視察する石井啓一国土交通相(左から4人目)、茂木敏充経済再生担当相(同3人目)=2日、栃木県栃木市(撮影日:2017年09月02日)

――今の日本では初期段階の実験でも相当な規制が立ちはだかります。

おっしゃる通りです。自動運転への取り組みとして、アメリカでは今、Googleが何十万キロもの完全自動車運転に成功しています。これは各州がスピード感を持って法改正を行い、どんどん公道試験を許可したからです。ドイツでもそれが可能となっています。このままでは日本は必要なデータの蓄積で大きく出遅れてしまうでしょう。今後の自動車産業はITを中心に革新していきます。情報技術やGPSの力が最も大切になってくる。事故が限りなくゼロに近づけば、車体の硬度よりも快適性や軽量化が大切になる。電気自動車が中心となって、新規参入が増え、低いコストで製造されるようになる。安く作られる車はディーラーを通さずに家電店やネットで気軽に買うものになる。

50年後とかの遠い未来の話ではなく、10年後など、近い将来の話です。技術革新に乗り遅れないためにはどのような法改正が必要かというビジョンを持って政策を議論するべきなのです。日本の産業をさらに発展させるために、規制改革は必要です。携帯電話だって、NTTドコモが最初は世界的に進んでいたのに、今となってはガラパゴス化して「ガラケー」と呼ばれるようになってしまった。このままではまったく同じ状況に陥りますよ。

――政局の焦点は「希望の党」の動向になっていますが、主張を見てどう思いますか。

「日本を元気にする会」そして「みんなの党」のものと大変似ています。寛容な保守政党というのはまさにその通りで、憲法改正も、税金の有効活用もそう。ベーシックインカムも当時かなり議論していました。よって、政策だけ見ると応援したくなります。ただ、原発にせよ消費税にせよ、どこまで熟議して、思いを込めて書いているのだろう、どれだけ本気でやってくれるのだろう、と疑問は残ります。

たとえば「原発ゼロ」。小池さんは以前は原発推進派でした。「原発ゼロ」に変わったのならば、その理由を明確に国民に伝えるべきです。私も以前は原発を推進しても良いと思っていましたが、何度も被災地に行き、惨状を目の当たりにして、脱原発に舵を切りました。小池さんがどれだけ本気なのか見極めたいと思います。

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第48回衆議院選挙が公示され、第一声を上げる希望の党の小池百合子代表(東京都知事)=10日、東京都豊島区のJR池袋駅前 

希望の党が民進党の前職らと交わした政策協定書には「外国人の地方参政権に反対すること」とありました。総選挙は政権選択選挙であると同時に、この国を10、20、30年後にどういう形にしたいのか。未来を語る選挙でなくてはいけません。私も今の段階で外国人参政権は付与するべきではないと思いますが、未来永劫反対し続けるとは言い切れません。多様性ある社会を築き、人口減少に対応するためにも、知識や有形無形の資産を持っている他国の方々にどんどん日本に来て頂かなくてはならない。来日し、移住し、本気でこの国を愛してくれるようになり、多額の税金を納めてくれるようになった人たちを、どう処遇していくべきか。移民の受け入れをどうするべきか。思考停止にならず議論は続けるべきです。

――「みんなの党」や「日本を元気にする会」は保守・中道を軸とする「第3極」の結集をめざしていました。「希望の党」の誕生とその路線は、松田さんが望んでいた形に近いのではないですか?

当時、私たちが目指した自民でも民主でもない「第3極」は、「ど真ん中」でした。個別の政策ごとに是々非々で判断するという意味で、政策によって与党とも野党とも組むというスタンスがものすごく重要だったのです。そのあと、維新も「是々非々」と同じことを言い出しました。

「日本を元気にする会」では安保法案の修正を自公と合意し、与党寄りだと野党から批判されました。しかし、2015年2月の参院本会議ではリベラルや民主党に寛容な人が多い性的少数者(LGBT)の権利擁護の観点から、憲法24条が同性婚を容認するかについて安倍首相に問い質しましたし、社外役員を増やす会社法改正やネット投票の検討などでも民主党と共闘しました。

希望の党の小池さんも「ど真ん中」と言っていますが、最初から「自民との連立も視野」と宣言していることが気になります。与党にも野党にもすり寄らないのが真の改革政党です。そのスタンスを貫けるのか、注視しなければなりません。

――希望の党ができて民進党が合流し、小池代表の「排除」発言を経て立憲民主党ができたことについては。

そこは正直、分かりやすくなったのかなという印象を持ちました。小池さんの「排除の論理」が批判されました。しかし、この政策を本気で実現しようと思ったら、集まるメンバーは重要です。民進党はもともと考え方の違う人たちがたくさんいた。政策協定書にサインして入るのであれば、今後はそう簡単に変えられないだろうし、政策を推進するための制約が働きます。どうしても無理だという人は出て行きました。

ただ、安保法案の審議のときも体を張って「命がけで阻止する」と言っていた人たちが、こぞって希望の党に行った。政治家は政策を絶対変えるなとは言いません。変わることはあると思います。安保法制については今の北朝鮮情勢が理由かもしれません。しかし変わった理由は重要で、それを国民に説明する必要があります。それを納得してくれるかどうかは有権者の判断です。

Taichiro Yoshino
2015年8月30日、安保法制の採決に反対して国会前には大勢の人々が集まった

――2010年にみんなの党から立候補して当選後、「日本を元気にする会」の代表になりました。ご自身でベンチャー政党と言っていましたが、何か残せたものはありましたか。

2010年初頭に浅尾慶一郎さん、渡辺喜美さんに声をかけていただき、はじめは「向いていない」と断ったのですが、何度もお誘いを頂いて話し合った結果、出馬を決意しました。「みんなの党は政策の党だ。自民でも民主でもない」との部分にいちばん感銘を受けましたが、政治改革を実現しようと集まった人たちが本当にいると信じて国会に乗り込んだのです。

――その、みんなの党が解党した。

離党者が出たり、新党を結成して分裂する議員がでてきたりした上に、借入金問題で渡辺代表が辞任してしまいました。その後は浅尾さんが代表に就任しましたが、党内の一致団結が困難な状況でした。

そして選挙を前にして、選挙区事情をもとにした内部闘争が激化していったのです。民主党など他の野党との連携に意欲的な浅尾氏。それに対し、渡辺前代表は安倍政権への協力を訴えていたのです。私は中立的な立場で、結党の精神である改革政党に立ち戻ろうと訴え続けていました。途中から分党の話になりましたが、私はそれもみんなの党を支持して下さった国民に対する裏切りだと思いました。みんなの党は「自民でも民主でもない」と訴えて有権者に一票を投じて頂き、多額の政党助成金を頂いてきたのですから。

最終的には私の主張が通り、解党をして、残った政党助成金は全額国民にお返しするということになりました。実際、2015年9月に8億円以上返還しています。これは日本の憲政史上初のこととなりました。

みんなの党は「政策の党」と自負するほど、本当に国を思い、国民を思い、自ら身を削る覚悟の集団であるはずでした。それを当選のために覆してしまう同僚議員が多いことに落胆しました。みんなの党の基本政策を引き継ぐためにも、私は解党後、志を同じくする仲間と共に政党を立ち上げました。党首になって、他党と交渉をしたり、会派を組んだこともありますが、代表同士がサインをして交わした協議事項でさえ、いとも簡単に目の前で破り捨てられたことがあります。そんな状況では何も信用できないと私は政治の闇の深さを痛感しました。

そういう意味では残念ながら、希望の党の政策協定書もどれだけ拘束力があるのか。懐疑的な見方をしてしまっているところもあります。

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「日本を元気にする会」の屋外党大会で、気勢を上げる松田公太代表(上段右から2人目)ら。左はアントニオ猪木参院議員=17日、東京都新宿区のJR新宿駅東口前(撮影日:2015年03月17日)

――国会での活動をどう振り返りますか?

出馬するときに聞いて驚いた選挙期間中のネット使用禁止。急きょ公約にあげて、活動してきました。数年後にそれが実を結び、解禁となりましたが、ネットを活用して党のあり方も変えたいと思い、極力オープンな政治を目指してきました。「日本を元気にする会」では重要な政策についてあらかじめ国民にネット投票で意見を聞いて、政党の政策に反映させようと試行しました。

2015年の安保法案の審議では、与党と一部修正で合意しました。日本人がすぐに命の危険にさらされる状況ではないが、経済的にダメージを受けるかもしれない「存立危機事態」と首相を中心とした国家安全保障会議が認定した場合、自衛隊の派遣には国会の事前承認が必要な形に変えました。それは閣議決定され、付帯決議という形で残っています。また、国会が関与を続け、180日ごとのレポートを受けることや、派遣が終わった後の評価を徹底的に行うことも決まっています。イラク派遣の時もそうでしたが、日本の政治はやったらやりっぱなしで、見直して、しっかり評価をするという仕組みがありません。誰も責任を追及されたくないからです。PDCAで言えばCとAが無いのです。民間企業であれば、考えられないことです。

あのときは一部の野党から攻撃されました。「裏切り者」から「どうせ参議院の選挙区で自民党の2人目として出る裏取引でもしているんだろう」というものまでありました。そんなことは微塵も考えたことがなかったので逆に、えっ、なるほど政治家は再選のためにそう考えるべきなのだと驚いたことを覚えています。

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自衛隊を海外派遣する際の国会関与の強化で正式合意し、握手する(左から)改革・荒井広幸代表、公明・山口那津男代表、元気・松田公太代表、安倍晋三首相、次世代・中山恭子次期党首。3野党は安全保障関連法案に賛成する=16日、東京・国会内(撮影日:2015年09月16日)

――松田さんは経営者として自立していて、資産もある。大半の議員は明日の給料が心配だから、信念を曲げてでも政治家の椅子にしがみつこうとするのでは?

国会議員は多額の歳費を頂きます。それ以外にも都心の議員宿舎に格安で住めて、車が付く場合や、新幹線のグリーン車も飛行機も出してもらえます。そのような特権を合わせると約1億円の給与をもらっているようなものです。また、どこへ行ってもVIP待遇。大抵の人はその地位を手放したくないので、政策を曲げてでも再選を最優先とする。

本来、政治家は落選しても自立できるぐらいのスキルを持った人が堂々と手を挙げて挑むべきだと思います。

自分自身が自立できないのに、人のことを助けることや人のために働くことが本当にできるのでしょうか。

また、同時に落選者に再就職の門戸を開く企業がもっと必要だと思います。

また、夢のような話ですが「自分は1期でいい。再選のことは考えずに、その数年間で徹底的に改革しよう」と心から思っている人たちが大勢立ち上がり、政権を取るような状況が生まれたら素晴らしいのではないかと思っています。

――そうなったらまた立ち上がる?

それは何とも言えません(笑) ただ、志の高い、政治屋にならない人たちが大勢立ち上がって一気に変えないと、この国は駄目になるとは思っています。

まつだ・こうた 

1968年、宮城県生まれ。タリーズコーヒージャパン社長などを経て、2010年参院選で旧みんなの党公認で初当選。解党後の2015年に「日本を元気にする会」代表。2016年に1期で政界を退き、現在は企業経営者。