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満月の夜、一晩かけて編む聖なる布と、命の誕生

2017年12月05日 13時09分 JST | 更新 2017年12月05日 13時09分 JST

11月の満月の日......今年は11月4日がその日だったのですが、「コティン・チボル・ダン」というチャクマ民族(仏教徒)の恒例行事がチッタゴン丘陵地帯ランガマティのボノ・ビハール(周辺で一番大きな寺院)で行われました。

この地域に入るようになって4年目。撮影者泣かせの日程定まらぬ行事も徐々にパターンが読め、ようやく順調に撮影できるようになってきました。遅いかもしれませんが、マイペースな私らしい。

コティン・チボル・ダンとは、直訳すると「堅い・袈裟・布施」。これらについて、今回は紹介していきたいと思います。

また、その行事の一週間前、同地域の村に住むチャクマの友人夫婦に第二子の男の子が生まれました。出産のためのお手伝いをした経緯から、なんと私が名付け親となることに! 出産に関しては次回以降また改めてお伝えしたいので、今回はその子の紹介だけでもしておきたいと思います。

11月満月の夜行われる「コティン・チボル・ダン」

Natsumizo

11月の満月に行われる「コティン・チボル・ダン」。前々回記事(リンク)で、「プロバロナ・プルニマ」という10月の満月の行事を機に、およそ3ヶ月間、習わしとして大きな仕事を控えていた僧侶たちが仕事を再開し、各行事が始まっていく......と書いた通り、その後に行われるこのお祭りは、仏僧や仏教徒たちにとって非常に重要な行事です。

「チボル」とは僧侶が着る「袈裟」のことです。日本では、僧侶は黒めのものを着用しているイメージですが、こちらのアジア圏のそれは橙・赤系です。そもそも「袈裟」の語源はサンスクリット語の「Kasaya」で、濁った色、渋色、柿色、褐色といった意味なのだそう。仏教の発祥の地インドに近いところから、赤に始まり、西へ向かってミャンマーで赤茶、タイで黄、韓国でグレーになって日本で黒となる......という考察を聞いたことがあります。

そして、「コティン」は「堅い」、「ダン」は「お布施」(僧に施し与える物)という意味です。

つまり「コティン・チボル・ダン」とは、「僧侶の袈裟を堅く仕立て奉納する」行事なのです。

しかも! そのチボルは「一晩で」仕立て上げられるのだから驚きです。

過去2年それを見るチャンスを逃し、特に去年は大泣きしたので(政府が意地悪で私に入域許可書をくれない~と思って)、今年こそはと準備をし、待ちわびていたのでした。

夜9時頃から行程は始まりました。

袈裟を仕立てるのはたったひとりではありません。1チーム5~6人程の女性たちで、大きな会場におよそ100チームが収まり(一区画2畳くらいのスペース)、行われます。

行程は、私なりに、大きく分けて7つです。上の写真は、行程1.綿から糸を紡ぐ です。

糸を染め、火で炙る

Natsumizo

2.糸を染める

3.火で炙る......綿を糸縒車(いとよりぐるま)にかけ「糸」にした後、それを束で染色、絞り、火で炙ります

糸玉にして、布のベース作り

Natsumizo

4.糸玉にする

5.布のベースを作る

これらはおよそ夜10時頃に始められました。行程3の後、糸は写真手前の状態(大きな輪っか状)で配られるので、各チームでこのチョルカという台車にかけ直し、写真奥のおばちゃんが巻き取っているように、糸の玉にします。

コティン・チボル・ダンではない日常でも、チャクマ民族のおばちゃんたちは家の庭先で伝統の布を織っています。私がいつもよく見かけるのはこの行程からです。

しかし、行程5(布のベースを作る)は初めて見ました。糸の玉を握った片手を、右の棒⇔左の棒へとくねらせ、下の方から巻き付けていきます。それはもう、目にも止まらぬ早さで!

ついにベンブナ!そしてカッティング!

Natsumizo

6.ベンブナ(織る)

7.裁断

午前0時を回る頃、行程5で巻き上げていき、「縦」に広がり糸の壁のようになったものを......ここがびっくり!「横」にしてそれが編み機に変形しました!

おばちゃんたちは、行程ごとに選手交代したり、特に行程6が本勝負なので、代わる代わるひとつのチボルを織り上げていきました。

午前5時を回るとあちこちでチボルが完成し始め、規定の長さを計る担当のおじさんからOKが出ると、協力して終わりにはさみを入れ......。

そうしてできあがった布を広げた後、ぎゅっと握りしめおでこに当てて、数秒間離さず願いを込める姿に、とても感動しました。

そして明け方、おばちゃんたちは一度家へ帰っていきました。

コティン・チボルを載せた御神輿

Natsumizo

朝6時からお昼まで、私も一旦眠りましたが、一晩中寺院からは「サドゥ、サドゥ、サドゥ」という僧侶のお祈りが地域中に鳴り響いていました。

そして午前10時頃からお経を読むことや式典などが行われ、午後2時頃、昨夜みんなが仕立て上げたコティン・チボルが御神輿に担がれ、道を練り歩きました。

圧巻の風景「ダン」

Natsumizo

Photo by Anvil Chakma

本会場に辿り着いたコティン・チボルを、まずはチャクマ・ラジャ(チャクマの王様)が頭に乗せ、ダン(お布施)として壇上の僧侶たちへ奉納しました。隣はチャクマ王妃です。

チャクマ民族、マルマ民族、トンチョンギャ民族など、このあたりに暮らす仏教徒・少数民族の人々がみんな出てきたと言っても過言でないほどの人の波で、そのみんなが一斉に掲げるダンは美しく、厳かで、見ている私は思わず息をのむ光景がありました。この一晩の仕立て行程とダンの瞬間が見たくて、私はこの日をずっと待ちわびていたのです。

強く感じたのは、宗教やブッダの存在の大きさ。またチャクマの女性たちにとっては、ベンブナ(編む)という伝統作業をこなすことが、ここではとても大切にされていて、人々の心のバランスを保つ支えなのだということです。

そして、気掛かりになったのは、今のような「コティン・チボル・ダン」の風景は、仕立てる行程ができないという若い世代が大きくなった時には失われてしまうのだろうな、ということです。

多くの伝統が既に失われつつある日本から来た私が、そんなことを嘆き悲しむ権利はないのかもしれませんが......そうして伝統がプロが行う仕事に移行していってしまうのは、今この場所でどの女性も編み物や伝統舞踊ができることに畏敬の念を感じる私にとっては寂しいです。

私にとってチッタゴン丘陵地帯は「遅れている地域」ではなくて、こういったものを「未だ遺し、教えてくれる場所」です。

「ユニコ」

Natsumizo

冒頭で書いたように、チャクマ民族の友人夫婦に第二子の男の子が無事に誕生しました。

とあるきっかけで、私が名付け親となることに! そんな大役本当にいいのかなと思いつつ、そんな貴重な機会を嬉しくも思い、日本人からの贈り物として、この場所にも合いそうな名前を真剣に考えました。

そして、私は友人夫婦に3つの名前を提案しました...それは、「Unico」「Tezuka」「Sunao」。

父親がチャクマの絵描きさんなので、日本の素晴らしいアニメーターの片渕須直さん(『この世界の片隅に』『マイマイ新子』、"素直" という意味でも良いかと思い)、それとも手塚治虫さん(作品に『ブッダ』もあるので)か、作品のキャラクター名(かつ私の好きな「水曜日のカンパネラ」の曲名でもある「ユニコ」)はどうかと提案し、家族が選んだのが「ユニコ」でした。

かなりいい名前~、と近所や周りの子どもたちから言われているそうです。

それにしても、この写真、食卓にかけるネットですよね? こんな風景、日本にもかつてあったような......可愛い。

「私の小さな宝物♪」

Natsumizo

これは私の好きなアーティスト、コトリンゴさんの『こどものせかい』という曲のワンフレーズです。片渕須直監督(兼 母校の教授です)の『マイマイ新子と千年の魔法』のエンディングテーマなのですが、ここランガマティの村で見かける、ちょっと古めかしい家屋(竹の家)や子どもが遊ぶ風景(竹馬、ビー玉、タイヤ転がし、木にかかったブランコなどなど)は、時々この歌を私に口ずさませます。

写真は、ユニコのお姉ちゃんになった5歳のムトゥラのおままごとの跡。

お祭りの光景もとても美しいですが、この場所のこんな素朴な生活風景こそが、私は大好きなのです。

Ambassadorのプロフィール

Natsumizo

Natsumizo

1985年、宮城県女川町生まれ、青森県育ち。日本大学藝術学部映画学科在学時に、ドキュメンタリー制作のためバングラデシュを訪れる。卒業後、Documentary Japanに務める。2014年、学生時代作品への心残りや日本よりも居心地の良さを感じていたバングラデシュに暮らし始めることにし、作品テーマや自分の役目(仕事)を再び探すことに...その中で出会ったこの国の少数民族に魅力とシンパシーを感じて、彼らと共に生活していきたいと思う。ドキュメンタリー作品『One Village Rangapani』(国際平和映像祭2015 地球の歩き方賞および青年海外協力隊50周年賞受賞 http://youtu.be/BlxiN2zYmjE)、カメラ教室、クラウドファンディングや写真集『A window of Jumma』の制作などを行ってきたが、この地で映像作品制作を続け、この先は映画上映会(配給)や映画祭などの企画にも挑戦していきたいという夢を抱いている。