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雇均法なんてなかった(3)

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自分は「なりたかった大人」になれたのか----5月公開の是枝裕和監督の新作映画『海よりもまだ深く』が投げかける問いへの答えを探ると、ちょっと苦い思いを禁じ得ない。その一方で、是枝さんが9歳から28歳まで暮らした「故郷」清瀬・旭ケ丘団地を舞台とするこの作品からは、ままならない人生だからこそ愛おしいという前向きで力強いメッセージも伝わってくる。自身の原点ともいえる団地を舞台に選んだ是枝さんの心情は、季刊誌『考える人』での好評連載「空の虫かご」を読んでいただけるといっそう深くわかっていただけるはず。
 
という宣伝はここまでにして、すべって転ぶからこそ人生はおもしろいし、ままならないから味わい深い、と思うに至った私自身の転んでばかりの就活話をもう少し。
 
雇均法施行前々年の1984年11月。新聞社の筆記試験に落ち、他社と重なって通信社の二次試験を受けず、テレビ局の最終面接を通過できなかった私は、どこも行く先がない状態だった。当時、マスコミを受験する学生の多くが夏に他業種の内定を確保した上で、秋のマスコミ試験に臨んでいた。実際、最終面接に至るまでに仲良くなり、そして共に落ちた他大学の学生たちは、翌春、確保してあった航空会社や役所などに入っていった。
 
だが、私が在籍していた国際基督教大学(ICU)では、川上ひめ子就職課長が「先決優先」というルールを学生に課していた(もちろん強制ではない)。先に決まった会社に入る。つまり、内定をもらったら蹴ってはいけない。言い換えると、希望の職種、希望の会社から優先順位をつけながら受けるように、と。当時、ICUはまだ建学から20数年。歴史の浅い大学ゆえに信用を築いている途上であり、内定を蹴るなどという失礼なことをしてはいけない。川上課長はそう説いていた。聞けば、最近の就職活動ではうまくいかない学生を尻目に、一方で何社も内定を溜め込む学生がいると聞く。企業の側も辞退を見込んで内定を出しているのかもしれないが、おかしな話だ。
 
秋も深まるなか、卒業後の進路が決まらない私はさすがに少し気落ちした。一人暮らしの地方出身者は、何が何でも仕事につかなければ生活していけない。
 
そんな私を拾ってくれたのは西武百貨店だった。「メディア事業部」といって〝ニューメディア〟に取り組む部署があって、おもしろい役員がいるからと川上課長に紹介されて面接を受けに行った。糸井重里氏の有名なコピー「おいしい生活」で絶頂期にあった時代のことだ(糸井さんの「いまさらだけど、マンガっていいなぁ。」も『考える人』で好評連載中)。
 
渋々入社したところだったが、おもしろい人たちに出会い、多くを学んだ。詩人でもある堤清二という屈折を抱えた経営者が「百貨店は生活情報産業である」と語るのを生で聞いた。消費財を売るだけでなく、そこにはライフスタイルの提案があるという、いまでは目新しくもない考え方だが、80年代半ばにはとても新鮮だった。
 
入ってみるとメディア事業部の業務の大半が当時は新規事業であるチケット販売だった。人気コンサートチケットの発売日(忙しさで記憶に残るのはアルフィーのコンサート)になると、300台の臨時電話(黒電話!)を設置し、300人のアルバイトを雇って電話を受けた。なんだかこう書くと、大昔の出来事のようだ。
 
これが現在のe+(イープラス)の前身である。数年前、当時の上司に地下鉄の駅でばったり出会い、うっかり「橋本部長......」と声をかけそうになって、「いや、いつまでも部長じゃないな」と思って口をつぐんだら、いつのまにかe+の代表取締役社長になっていた。
 
お中元の時期、売り場の応援にかり出されたものの、暇になると店内で借り物競走をして遊んだり(結局、百貨店の中には何でもあり、撮影使用などの名分があれば何でも借りられることがわかって、この遊びはやめた)、同期の男が、河合奈保子のコンサートチケットを買いに来たお客さんに「申し訳ございません。完売でございます。松本伊代ならございますが......」と無茶な売り込みをかけるのに苦笑したり、楽しいことはそれなりにあった。でも、私はやっぱり新聞記者になりたかった。

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