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永澤亜季子 Headshot

女性が輝く国 フランスから-法曹界と産業界を結ぶ最高裁判事

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フランスではヨーロッパでも最も裁判官職の専門化と女性の進出が進んでいる国の一つだ。

特に企業の経済活動や株式市場に関係する事件を専門に裁く裁判所の判事は、単に法律や判例の深い知識だけでなく、経済・産業界での実地経験を持ち、商事取引や科学技術に関する深い専門的、技術的な知識を実につけている。

近日EUで施行され、パリに本部が置かれる統一特許裁判所で、欧州特許を持つ日本の電気機械会社や薬品会社がフランス人女性の判事に裁かれる機会が今後多くなると思われるが、競争法と金融法、知的財産権を専門とするフランスの高等・最高裁判所で判事を務め、特に特許の分野でこの15年来第一人者のアリス・プザールさんに話を伺った。

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Alice Pezard
アリス・プザール (弁護士、元最高裁判事、パリ控訴院経済部裁判長、欧州特許庁審判員)

略歴

パリ第11大学で法律を専攻後、国立司法学院(ENM)に合格、同時に弁護士国家資格(CAPA)を取得する。ルーアン地方裁副検事、司法省中央行政機関付判事、外務省欧州人権裁判所担当判事としてキャリアを積む。

1986年に経済財務省に派遣され、当時エドゥアール・バラデュール経済・財務大臣〔注:ミッテラン大統領の元で元首相〕、の補佐官だったジャン=クロード・トリシェ 〔注:元フランス銀行総裁、欧州中央銀行総裁〕の補佐官を務め、1995年からは預金供託公庫〔注:19世紀に創設されたフランスの公的金融機関の1つ〕グループの法務税務部長となる。

2002年にパリ控訴院〔cour d'appel、日本の高等裁判所に相当〕の経済規制・知的財産権部の裁判長に任命され、独占禁止法と金融取引法の違反事件、知的財産権の侵害事件を裁く。2007年にはフランスの最高裁である破棄院 (Cour de cassation) の経済・金融部に昇進。

フランスの判事職と並行して欧州特許庁〔注:1973年に創設されたミュンヘンに本部を置く特許庁。一つの手続で欧州特許条約に加盟した38カ国で特許が取れるが、特許の効果は各国で発生するため、同じ発明が有効か無効かについて各国の裁判所で異なった判断が出てしまう問題がある〕の拡大審判部審判員、関税問題調停委員会副委員長、欧州委員会の欧州統一特許裁判所〔注:欧州特許庁がEU加盟26カ国で有効な一つの特許を付与する制度。 特許の有効性や侵害に関する訴訟手続も欧州統一特許裁判所で統一される〕規則制定委員も兼任。

金融市場の規制(インサイダー取引)、証券取引法(LBO, 投資信託)、金融取引倫理、競争法、コーポレート・ガバナンス、欧州特許法の分野で数々の著作、論文がある。

若者の教育に熱心で20年来パリ第2大学、パリ第11大学、HEC経営大学院、パリ政治学院などで教鞭を振るう。

2012年破棄院を退官してパリ弁護士会に登録、アメリカ系の事務所に在籍したのち今年3月より独立して国際仲裁事件、金融市場関連事件を専門に事務所を開設。世界知的所有権機関(WIPO)、フランス仲裁協会(AFA)、ICC仲裁裁判所及びロンドン国際仲裁裁判所仲裁人。

2006年にレジオン・ドヌール騎士号受勲。


永澤:先日のイギリスの国民投票で決まったイギリスの欧州連合脱退は、近日施行される欧州統一特許制度の効果にどのような影響を与えますか。

プザール:統一特許制度、統一特許裁判所制度のもととなっているのは欧州連合加盟国の条約ですので〔注:2012年12月17日に採択された欧州統一特許に関するEU規則No. 1257/2012、欧州統一特許の翻訳制度に関するEU規則No. 1260/2012 、2013年2月19日に署名された統一特許裁判所に関する合意書〕、原則的に欧州連合の加盟国にしか適用されません。これまでイギリスの専門家は積極的に同制度の整備に関わってきましたので、今回の国民投票の結果を非常に遺憾に受け止めています。

イギリスの欧州連合脱退に関わらず統一特許制度、統一特許裁判所制度が一定の条件で欧州連合加盟国外の国にも適用されるよう条約の追加議定書を準備することが、現在加盟国の閣僚会議で議論されており、数ヵ月後に決定が出る見込みです。追加議定書が採択されずイギリスに今後統一特許制度、統一特許裁判所制度が適用されない場合には、従来の欧州特許の手続で特許を取得し、特許が侵害された場合にはこれまでのように、イギリスの裁判所で別途侵害差止訴訟を提起する必要があります。


永澤:今年10月に日本に行かれる目的を教えて下さい。

プザール:10月2日から4日まで京都で開かれる「STSフォーラム」〔注:「科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム」、NPO法人STSフォーラムが主催する科学技術の国際会議〕に参加するためです。

日本にはこれまで仕事で数回行く機会がありましたが、STSフォーラムに招待されるのは初めてで、今回京都で科学技術、産業界のトップの人達に会い様々な情報と知識を交換できることを楽しみにしています。

新技術、イノベーションは私達の生活を豊かにします。遠距離で診断・治療・介護することを可能にする医療の技術革新、生活を支援するロボットの開発...、今では仲裁裁判ですらデジタル化が進んでいて、仲裁人が当事者に会わずに判決を下すプラットフォームの開発が進んでいます。

日本でもそうだと思いますが、欧州ではまたオープンイノベーションが進んでいます。コミュニティの中で共同開発を行いイノベーションをシェアしあうことは、知的財産保護の観点からも利点があります。オープンイノベーションでは特許と違い産業秘密、ノウハウが公開されません。

著作権として保護されるため保護期間は発明家の死後70年〔注:EUでは著作権の保護期間は著作者死後70年で統一されている〕、特許(20年)の保護期間よりも長く、権利化に費用がかからないからです。

一つの企業が特許でイノベーションを独占して他社を排斥することは社会の進歩を妨げますので、こうした見地から欧州では、現在テレコム産業で一般化しているRANDライセンス〔注:fair, reasonable and non-discriminatory licensing、FRANDライセンスとも言われる。標準規格に必須の技術について特許を持つ者に対し公平で妥当な条件で技術の使用許諾を他者に与えることを義務づけること〕を他の産業に広げることが進められています。

その他現在私がメンバーを務めている欧州委員会のグループでは、ブロックチェーンや仮想通貨(ビットコイン)の分野で個人情報を保護する新しいEU規則の制定を行っています。


永澤:国立司法学院〔注:ボルドーに所在するフランスの判事養成学校〕を卒業後すぐに裁判官にならなかったのはなぜですか。

プザール:国立司法学院の卒業生は国から任命されますが、裁判所で事件を裁くためには広い視野を身につけることが必要ですので、若い時は社会を知るために検事のポストを経験することは有益です。例えば少年の非行事件を担当すると、普段知ることのできない社会の問題や、不幸な人々のあり方を知ることができるからです。

1986年に私が経済財務省に派遣されたのは、当時ミッテラン大統領のもとで本格化していた、国営企業の民営化手続を補佐するためでした。

民営化の手続では、国が保有する国営企業の株式を民間企業に譲渡して、証券取引所で上場させます。私の役目は、ルノーやパリバ銀行、ソシエテジェネラルなどといったフランスの国営企業それぞれについて、株式が譲渡される契約の条件と、民営化後のフランスやヨーロッパ、アメリカの証券取引所における株式公開を監督すること、そしていくつかの金融商品について、銀行との元本補てん契約を指導することでした。

その後90年代末から2000年にかけてユーロの導入を準備し、通貨金融法典〔注:フランスの貨幣、預金、金融商品、銀行機関、証券市場に関する法律と規則をまとめた法典〕を法典化する作業と、全条文の注訳を担当しました。ある分野の法律を法典化する際には、そのまままとめる方法と法律を改正してからまとめる方法がありますが、法律を改正するには議会を通す必要がありますので、議員達と共に金融機関や金融市場、証券取引に関するフランスの新しいルールを生み出すという、非常にやりがいのある仕事でした。

フランスで株式公開買付けや投資信託の制度を新しくするにあたって、アメリカ証券取引法の制度を研究しにアメリカに何度も赴きました。

経済財務省で培った、こうした国の経済や金融制度に関する深い知識が、その後裁判所で経済・金融市場関連の事件を裁く上でとても有益だったと思っています。


永澤:裁判官時代印象深い事件はありましたか。

プザール:私が裁判長を務めたパリ控訴院の専門部は、公正取引委員会〔注:Autorité de la concurrence。2009年まではConseil de la concurrence 〕と証券取引委員会〔注:Commission des opérations de bourse(COB)。現在の金融市場庁:Autorité des marchés financiers (AMF) 〕が下す決定と知的財産権に関する事件を専門に扱う部でしたが、テレコム産業の分野で大きな事件がありました。

一つはフランス・テレコム。フランス・テレコムはもと国営の通信会社で、全国の電話線を所有しています。当時欧州では高速インターネット接続が普及しはじめ、90年代末から電気通信規制庁(ART) 〔注:電気通信事業を規制する国家機関。現電子通信郵便規制庁(ARCEP) 〕がフランス・テレコムに加入者線を開放して他の事業者がADSLサービスに参入できるようにすること(アンバンドリング)を命じていましたが、フランス・テレコムは限られた条件でしか命令に従わず、多くの通信事業者から独禁法違反で訴えられていました。

公正取引委員会はフランス・テレコムに対し8千万ユーロの課徴金の支払を命じ、この決定を確定させたのですが、それによってようやくフランスで電話線のアンバンドリングが進み、多くの通信事業者がADSL市場に進出できるようになりました。

もう一つは携帯電話市場に関する事件。かつてSFR, オレンジ(Orange) とブイグテレコム (Bouygues Telecom) の3社が全売り上げを占める寡占的な市場でしたが、公正取引委員会の調査で、この3社がそれぞれの会社の内部情報を交換して共通の販売・価格戦略を打ち出し、各企業の市場シェアを決めていたことが明らかになりました。

3社が同じ価格で同じ商品とサービスを提供していたので、消費者は安い携帯電話サービスを選ぶことができなかったわけですが、公正取引委員会は総額5億3400万ユーロ〔注:日本円で608億円以上〕の課徴金の支払を命じ、私達はこの決定を確定させました。欧州史上、最も制裁金の高い裁判判決です。


永澤:フランスで各分野の法律が毎年のように変わるのはどうしてですか。

プザール:法律は人々の社会を規律するルールですので、社会の進化と共に変わる必要があります。フランスは法律を世界のトレンドにできるだけ合わせるため、時代にそぐわない法律を廃止して新しい法律を制定することに積極的に取り組んできた国の一つです。

今日特に、グローバル化とデジタル化による人々のコミュニケーションの加速で、世界経済は日々進化しています。新しい経済のトレンドに国のルールを合わせることは、経済を発展させ、変調のリスクを避けるために不可欠です。

この点2012年以降の社会党政権は、世界経済のトレンドをうまく把握できない政権でした。全産業で新技術開発が進み、ベンチャー企業が台頭している中、事業を立上げやすい環境を整えることはフランス経済を活性化させるいいチャンスだったのに、企業への課税を重くして経営に介入したため、競争力を減退させて投資家が海外に逃げてしまう状況を作り出しています。

フランスでは労働者の労働時間が短すぎ、定年が早すぎることは明らかですが、この分野で法律の改正を遅らせれば遅らせるほど、次の世代に深刻な影響があるでしょう。あいにく政府は選挙で国民の票を集めなければという配慮から、大きな改正には消極的なようです。


永澤:フランスでは裁判官は女性が多数を占めつつありますが、女性が仕事のしやすい職ですか。

プザール:裁判官職では男女平等が完全に実現されています。みな同じ国家試験の学位の保持者、判事の昇進は能力・成果主義で行われます。完全な「同一労働、同一賃金」制です。

私が若かった頃は女性判事の数が増えていた時代で、そうした世代の女性達が今日破棄院や控訴院の重要なポストに就任しています。

また、裁判官は法廷日以外の日は家で仕事をすることができるので、小さな子供のいる女性が子育てと仕事を両立しやすいのもメリットです。

一つの事件を裁くためにはかなりの時間をかけて、事実関係と法律問題、当事者それぞれの弁護士が展開する議論を十分に検討しなくてはならないので、裁判官の仕事量は膨大です。一方で公務員なのでどんなに長時間働いても時間報酬はもらえないのですが(笑)、男性と完全に平等な条件でキャリアを高めながら家族生活の時間を見つけることができる点で、女性にとってとても仕事のしやすい職といえます。


永澤:法律以外の分野ではどのような活動をされていますか。

プザール:読書が好きで週に最低3 - 4冊は読んでいます。長年の夢だった、自分の出版社を立ち上げるために現在フランスと世界のエッセイと小説の作家を集めているところです。

日本の作家の中では特に小川洋子や村上春樹が好きですが、彼らのような才能のある日本の小説家の作品を見つけて、将来パリで出版したいと思っています。日本人が持つ自然観や細かな感性はフランス人読者の心を打ちますから。