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シリア人質事件でわかる日本人の「自己責任」

2014年09月15日 23時48分 JST | 更新 2014年09月15日 23時48分 JST

内戦下のシリアで日本人男性が原理主義の武装勢力「イスラム国」に拘束されました。男性はシリアの反体制組織と行動を共にし、ホームページに戦禍の様子を掲載するため撮影などを行なっていたようです。

邦人が武装勢力に拘束されたケースとしては、2004年4月のイラク人質事件があります。3人の人質のうち2人は若いボランティア活動家で、NGOなどの団体に属さず個人でイラク入りしていました。当時は自衛隊が復興支援のためイラクに派遣されており、武装勢力が自衛隊の撤退を求め、被害者の一部家族が要求を受け入れない政府を批判したことから世論が沸騰し、「自己責任」を問う激しいバッシングにさらされました。

同じ2004年10月にはバグダッドで日本人バックパッカーが拘束され、ナイフで首を切断される場面がインターネットで配信されるという衝撃的な事件が起きました。このときはその悲劇的な結末もあって、軽率さを指摘する声はあっても世論は同情的でした。

日本社会に大きなショックを与えたのは、2013年1月にアルジェリアで起きた人質事件でした。アルカイダ系の武装組織が砂漠にある天然ガス精製プラントを襲撃し、日本人10名を含む外国人41名と多数のアルジェリア人従業員が人質になりました。事件の5日後、アルジェリア軍の特殊部隊が現場に突入し武装組織を制圧しますが、その戦闘で10名の日本人は全員が死亡しました。

このとき、米英仏など人質の出身国は現地に特殊部隊を派遣して人質救済に備えましたが、もっとも多くの人質を出した日本はなにひとつできませんでした。この事件を機に、「邦人救済の目的で自衛隊が出動できるよう法改正すべきだ」という議論が本格化します。

アルジェリアの人質事件は大手企業が派遣した技術者が犠牲になったことで、国民を保護する「国家の責任」が問われることになりました。その一方で、中東の紛争地帯では日本人も標的とされることがわかって、ジャーナリストなどを除けば個人が無謀な行動をとるケースは久しくありませんでした。

ところが今回の人質事件では、被害者は民間軍事会社を設立した直後で、事業の宣伝活動のために紛争地に入り、銃を所持して行動していたといいます。まさに想定外のケースで、これまでの人質事件のなかではもっとも「自己責任」の度合いが高いことは間違いないでしょう。そのわりには事件の特異性からか、本人の「責任」を問う声はさほど高まりません。

このことは、日本における「自己責任」とはなにかを示しています。それは、「国家(政府)を批判しながら、国家に救済を求めることは許さない」ということなのです。

日本人は、国家が国民を庇護するのは当然だと思っており、国家に甘えることには比較的寛容です。だからこそ逆に、母親のような国家を裏切る行為は徹底的にバッシングされるのでしょう。頭を低く垂れていればそれ以上の責任は追及されませんが、反論や抗弁はいっさい許されないのです。

自己責任は、本来は自由の原理です。国家が国民を完全に保護しようとすれば、“危険”と見なされる国への旅行の自由を厳しく制限するほかありません。だからこそリベラリスト(自由主義者)は自己責任を問わなければならないのですが、こういう議論は日本ではまだまだ難しそうです。

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(2014年9月16日「橘玲 公式サイト」より転載)