避妊ピルリア充女子になってみた【これでいいの20代】

ある水曜日の夜だった。高田馬場にあるレディースクリニックの待合室で何年かぶりにVIVIを読んでいた。
鈴木綾

私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話、この連載小説で紹介する話はすべて実話に基づいている。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女の子の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

◇◇◇

ある水曜日の夜だった。高田馬場にあるレディースクリニックの待合室で何年かぶりにVIVIを読んでいた。

周りのお客さんは典型的なギャルばかりで、BGMに西野カナの電子ピアノアカペラバージョンがどこかのスピーカーから流れていた。

水曜日の夜にどうして私は埼玉のギャルたちとレディースクリニックで10代向けのファッション雑誌を読んでいたのか?

それは、私が付き合っていた東京の男性がコンドームを嫌がるから。

東京に来て初めて付き合った太郎と初めてセックスしたときから、彼はいつもコンドームは面倒だ、気分がそがれる、気持ちよくないと文句を言っていた。太郎と別れたあとに付き合った男性も、みんなコンドームを嫌がっていた。

彼氏と避妊のことを話すのは恥ずかしい。セックスをしている最中の話だから余計に恥ずかしい。

彼のコンドーム嫌いを受け入れることにした。真剣に付き合っていたので、彼がコンドームを使いたくなければ私が避妊ピルを飲む。それでいいことにした。条件は、 2人とも性病検査を受けること。

というのがことの次第。

私はピルに偏見はない。

生理痛が学校を休まなければいけなかったほど重かったので14歳のときからピルを飲み始めた。もちろん初めてセックスをするずっと前のことだった。だけど、東京に引っ越して今まで通っていたクリニックに行けなくなったのと、仕事で忙しくなったのとでずっと飲んでいなかった。

ピルをまた飲もうと決めてから、太郎の紹介である大学病院に行ってみた。

先生はとても優しい感じのおじさんだった。生理痛が重いからピルを飲みたい(彼氏がコンドームを嫌がるからピル飲みたい、じゃなくて)、と説明した。足の間を診てもらったら「素晴らしい子宮ですね」と言われた。いえーい、自慢しよう、と思ったら、先生が一言付け加えた。

「薬を出しますけど、子供を産むと生理痛は軽くなります」

絶句した。

大きなお世話だ。自分の体は自分のもので、子供を産むか産まないかは自分の判断。軽くなる人とならない人もいる。そもそも生理痛の原因っていろいろあるはず。子供を産めば治りますなんて、万能薬じゃあるまいし。女性の体はそんなに単純じゃないはずだ。どこのクソ医学部を出てるのか、って思った。

出してもらった2カ月分の薬がなくなったら違う先生に診てもらおう、と心に決めた。

仕事の後に行けるところが良かったので「レディースクリニック 夜 東京」をググった。

高田馬場のクリニックが検索の一番最初のページに出ていたから適当に選んだ。

水曜日は夜9時まで診療していた。

それで最初の話に戻り、埼玉のギャルたちと待合室で一緒に水曜日の夜を過ごすことになった。

VIVIから目を上げて壁の時計を見た。8時10分。

VIVIを読み終わってCanCamを手に取った。

自分の名前がようやく呼ばれた。

診察室に入った。先生が机に座っていた。ピルを飲みたい、と説明した。

「薬を出します」と先生が言ってくれた。

私が出ようとして立ったら先生がさりげなく言った。

「だけど、生理痛がそんなに重いんだったら子供を産んだ方がいいですよ~」

...。言葉が出てこなかった。

隣の部屋で検査を受けて西野カナアカペラの待合室に戻った。

その日の夜、シェアハウスのキッチンでシェアメイトとパスタを食べながらクリニックの話をした。

「先生がそんなこと言うなんて信じられないでしょー」

だけど彼女たちは先生の発言より、私がピルを飲んでいる方に驚いていた。びっくりなことに、彼女たちはあまりピルのことを知らなかった。

他の友達にも聞いたけど、一人もピルを飲んでいなかった。ほとんどの人が婦人科に診てもらった経験がなかった。それにしても、私の周りだけでも男性があんなにコンドームを嫌がってるのに、みんなが子供を産んでいないのが不思議。

避妊に失敗すると女性の方が辛い思いをする。なのに、避妊は男性の役割だと思っていて、自分からやろうとはしない。そのくせ、私のように、なかなか強く男性に「コンドームをつけてください」と言えない女性が少なくない。

なんでそうなっちゃうんだろう?それは、男性も女性も避妊についてちゃんとした知識を持っていないからだと思う。そもそもみんな自分の体のことを知らないのかもしれない。先生たちだってある意味実はよくわかってないのかもしれない。お互い相手の体のことを、全然わかってないのだろうか。

自分の体が毎日生産している精液一滴だけで女性を妊娠させられる、とわかったら、自分の体が持つ勝手な本能と野性の機能をわかったら、それでも男性はコンドームを嫌がるのだろうか。自分の体が持っている命がけで子供を作ろうとする力を女性がわかったら、ピルを飲もうと思うんじゃないのかな。

命を生み出せるセックスほどこわいことはない。

その危険を避けるために、自分の体のことも相手の体のこともちゃんと知る必要がある。絶対にそう思う。

だけど、自分の体のことを自分で知ってもそれだけじゃ十分じゃない。女性も男性も先生もみんなそのことをわからない世界では、相手を「信頼」できない。

「分かっていない相手」に自分の体をあずけるのが一番怖い。

わかってる相手にいつも巡りあえるわけじゃないので、避妊リア充女子たちは自分の身体に対する選択権を理解する必要がある。自分の身を守るのは自分だけ。