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『子供は2人で豊かな暮らし』~政策が与える出生数への影響~

2014年04月01日 16時45分 JST | 更新 2014年05月31日 18時12分 JST

はじめまして。斗比主閲子(以下、面倒なので「topisyu」)と申します。個人Blogでつらつらと育児や結婚の話を書いていたところ、それがハフィントン・ポストの編集部の方の目に留まったようで「Blogを開設しないか」とお声掛けして頂き、今日からこちらでも記事を投稿することになりました。

■はじめに

編集部の方からは自由になんでも書いていいと言われていますが、いきなりtopisyuと姑の確執について書いてもそれを楽しまれる方はごく限られると思いますので、ハフィントン・ポストは『団塊ジュニアのビジネスパーソンが対象』ということですから、その方たちにとって懸案事項である可能性の高い、『育てる子供の人数』に関する話題を書いてみます。

topisyu家は現在複数の子供を育てています。子供の人数を何人とするかについては幾度となく議論が行われており、経済的な観点、キャリアの観点等から今のところはこの人数で落ち着いています。子供の人数を何人とするかを考える際に、パートナーとのお互いの希望をすりあわせるだけではなく、世の中で語られていることも確認しようと、少子化に関する本をいくつか読んでみました。

■政策としての少子化

それらの本を読んでいると出てくるのが、1974年6月公刊の人口白書『日本人口の動向』と1974年7月開催の『第1回日本人口会議』です。前者の副題は「静止人口をめざして」であり、後者では「子供は二人まで」という国民の合意を得ることについて宣言がされています。どちらも、当時問題になっていた人口増に対して警笛を鳴らすものであり、これらを契機として日本は少子化に向かったというものです。

確かに、出生数を見ると、1974年(昭和49年)をピークに今日までなだらかな減少傾向を辿っています。

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※厚生労働省『出生数及び合計特殊出生率の年次推移』より

■第1回日本人口会議の概要

どんなことがうたわれているのか興味を持って、「子供は二人まで」とした『第1回日本人口会議』の内容を見てみようと色々探していたら、国立社会保障・人口問題研究所(旧厚生省人口問題研究所)の刊行物『人口問題研究』の中で概要が書かれていました。以下、そこからの引用です。

宣言本文

(中略)

さらに人口統計専門家の計算によると、日本の人口は、現在の低増加率で進んだとしても、50年後には約1億4千万以上に達することは、必定だという。

(中略)

1.われわれは、人口増加の勢いを阻止するための節度ある、しかも効果的な対策が必要であると考える。

さきに人口問題審議会は政府に対して、わが国の"静止人口"達成計画の採用を答申したが、われわれはその趣旨に賛成であり、同時に"子供は二人まで"という国民的合意を得るよう努力すべきであるとさえ考える。

(中略)

1.最後にわれわれは政府に対し、次の諸事項について、可能なところから直ちに行動を起こすことを要望する。

イ.人口庁の設置、及び人口研究機関の拡充

ロ.学校及びマスコミなどを通じての、人口教育の促進

ハ.家族計画、母子保健行政により積極的な展開

ニ.ピル(経口避妊薬)、IUD(子宮内避妊器具)の後任と、新しい避妊法の研究推進

※人口問題研究『第132号 (1974年10月刊)【資 料】05 第1回日本人口会議の概要 青木尚雄より

まず、宣言の内容はこういったものだったそうです。これについて、青木氏による評価も書かれており、

(3)上にも触れた大会宣言は、予想外に全会一致のコンセンサスをみ、あっけないくらい簡単かつ力強く採択された。

(中略)

(5)この会議に関する新聞報道は、和文・英文、大新聞・北海道から沖縄までの地方新聞、社説・コラム・漫画を含め、150編以上にのぼった。中には"子供は2人まで"の強い語調に感覚的反撥を示したものもあるが、人口教育効果は大いにあがったといってよい。

非常に成果のあった会議だったとまとめられています。

この会議自体に、厚生省から国庫補助金が出ており、厚生省、外務省などの10機関の後援を得て行われていることを考えると、当時厚生省管轄であった人口問題研究所発刊の文書における評価が中立的なものと考えるのは難しいものがありますが、個人の記憶からは、『子供は2人で豊かな暮らし』という言葉がスローガンと合わせて、子供は2人までというアイディアはいつの間にか浸透していた印象があります。恐らく、読者の皆様にも、学校で人口爆発で資源が足りなくなることを口酸っぱく教えられた思い出がある方も多いのではないでしょうか。

■政策が出生数に与える影響

1974年以降具体的な政策がどのように行われたかは確認していませんが、国民ニーズがある上で、その後の少子化というのは政府による政策が奏功した、傑出した事例だったのではないかと思います。それが、1990年代以降に逆に少子化自体が問題とされるようになり、2010年代になっても解決せず、直近矢継ぎ早に種々の政策が検討・実行されています。

産休・育休を長期間・複数回取ると同僚・会社からネガティブな評価を得る、保育園を探そうにも認可保育園は競争率が高すぎて入れない、ベビーカーで電車に乗ると非難の目で見られるなどなど、現代日本では、子供を育てることが罰であるのではと思う場面に遭遇することがしばしばあります。

それらに対しては、政策による解決が提案されているものもありますが、そもそも、分母である、出産を検討している年齢層が薄く、婚姻者数が少ない中で、仮に政策が奏功しても、少子化対策としての効果は薄いかもしれません。

ただ、現在義務教育を受けている、私達の子供の世代の意識には、私達が子供の頃に身につけた『人口増は悪』とは反対の価値観が芽生えている可能性があり、それが長い時間をかけて出生数に与える影響はあるのではないかと、第1回日本人公会議の概要と、それにまつわる自らの幼児期の記憶を辿ってみて、思った次第です。

もちろん、1970年代の政府と国民の関係は今とは違っている部分も多いでしょうから、同じことがそのまま当てはまるということはないでしょうけどね。

P.S.

日々のモヤモヤ受け付けています!何かあれば、etsuko.topisyuアットgmail.com(アットは@に)までご気軽にメールください。

~以上~