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クリントンの「チャイナ・コネクション」(上)「力宝集団」総帥の流儀

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近年では稀にみる凡戦とも評されながらも、アメリカ大統領選挙は最終ゴールに向かって白熱化しているようだ。トランプ陣営に一時の勢いが感じられず、やはりクリントン有利に選挙戦が展開されていると伝えられるが、そこで俄かに注目を集めているのがヒラリー候補(というよりクリントン夫妻というべきだが)と中国との関係である。

かりにヒラリー・クリントンがホワイトハウスの主となった場合、クリントン夫妻を抱え込んでいるであろう「チャイナ・コネクション」が動きだし、アメリカの中国政策に陰に陽に影響を与えることになるのではないかという懸念があることからだろう。

事の性質上、クリントン夫妻のチャイナ・コネクションの全容を明らかにすることは難しそうだ。だが、インドネシア籍華人企業家で「力宝(リッポー)集団」を率いる李文正(モフタル・リアディー/1929年~)との関係をたどれば、あるいは同夫妻を取り囲むチャイナ・コネクションの大枠が明らかになるようにも思える。

それは同時に、政商的振る舞いの目立つ華人企業家によるワシントン中枢への接近ぶりを窺い知ることができるだけではなく、彼らを仲介役にしての北京による対米政治工作の一端を炙り出すことにも繋がるのではなかろうか。

李文正とは


そこで、先ずは中心人物である李文正の略歴を、人名事典風に簡単に記しておくと――。

両親の生まれは福建省莆田県(この地名を記憶しておいてもらいたい)だが、彼の生まれはインドネシア東部ジャワのマランである。マランは古くから中国との交易で知られたスラバヤの南に位置する。

スラバヤの華僑学校を卒業し、華僑学校教師に。インドネシア独立戦争参加容疑で逮捕され、1947年に中国送還処分を受ける。南京ではアメリカYMCA付属の東方学院(本人によれば国立南京大学哲学系)に学び、中華人民共和国建国を機に香港経由でインドネシアに戻っている。

1963年に銀行業界入りするや、銀行経営立て直しに手腕を発揮。1975年にスハルト大統領の"財布"とまで評された林紹良(スドノ・サリム)に厚遇を持って迎えられ、「三林(サリム)集団」中核のセントラル・アジア銀行(BCA)の頭取に就任。3年後には同行を地場最有力行に成長させている。同時期、林との共同出資で香港に中亜資本公司(CAC)を設立した。

以後、BCAの経営に当たる一方で、現在の力宝集団の前身である投資会社の「力宝ホールディング」を創業している。因みに、力宝(Lippo)は無限の力による財産増加を意味するとか。

1990年にBCAを離れ、翌年には林紹良との資本提携関係を解消し、力宝ホールディング経営に専心し、銀行と不動産開発に力を注ぐこととなる。

経営の特徴はキャッシュ・フローを極大化することであり、「コンセプトを売る」ことで知られる。1990年代のバブル期に不動産開発で経営規模を急拡大させた。97年のアジア危機と98年のスハルト大統領失脚前後の混乱期に際しては、政治的に巧妙に立ち回り、被害を軽微に止めている。

90年代初頭から香港を拠点に中国、東南アジア各地、大洋州、北米へと海外進出を積極化させる一方、内外の有力政治家との関係を強調することで自らと企業イメージのPRに努める。敏腕な銀行家との評価がある一方、政商イメージも強い。

弁護士、州知事時代に関係が


1981年、アーカンソー州リトルロックの「Worthen銀行」経営陣にメルボルン大学を卒業したばかりの若者が加わった。李文正の4男で、少年時代をマカオで、中学から大学までをオーストラリアで過ごした李白(ジェームス・リアディー/1957年~)である。

同銀行で筆頭顧問弁護士を務めていたヒラリー・クリントンの夫であるビル・クリントンは、当時、アメリカで最も若い州知事として脚光を浴びていた。この時期、ヒラリーはカーター大統領によって法律扶助機構理事に指名されるなど、ヒラリー夫妻はホワイトハスへの長い道のりの第一歩を踏み出そうとしていた。因みに、知事就任前のビル・クリントンは州司法長官(1977年~79年)を務めている。

李白が父親から与えられた任務は、アーカンソー州最大といわれながら営業不振に喘いでいた同銀行の経営立て直しだった。2年をかけて経営の健全化に成功しているが、この過程で築かれたに違いないヒラリー弁護士、そしてビル知事との「関係」が、同夫妻とチャイナ・コネクションとを結ぶキッカケとなったであろうことは想像に難くない。

家長絶対の華人企業家一族の経営手法からして、李白が独自の判断でクリントン夫妻との関係を築いたとは思えない。やはり李文正の指示があったとみるべきだろう。

米司法当局が捜査


はたして李文正・李白父子は最初からクリントン夫妻を標的にしていたのか。あるいは偶然がそうさせたのかは不明だが、「井戸の水を飲む時、井戸を掘った人を思い出せ」という格言に従うなら、彼等にとってクリントン夫妻は「井戸を掘った人」、いや「井戸を掘った夫婦」とでも形容できそうだ。

「井戸を掘った夫婦」の夫の方が、後に超大国の大統領を、しかも2期(1993年~2001年)務めているわけだから、1996年に報じられたクリントン大統領ら民主党首脳たちへの中国側からの1000万ドル以上にも及ぶ「裏献金」は、「双贏(ウイン・ウイン)関係」がもたらした当然の"報酬"と見做すこともできるだろう。

1998年には中国人実業家が不正献金で逮捕されて有罪が確定した事件もあったが、その際、アメリカ司法当局の捜査の標的は大統領ではなく、ヒラリー夫人だったといわれる。

そして今、夫に次いで妻が第45代大統領を目前にしている。あるいは来年早々に行われるであろう大統領就就任式典には、1993年1月のビル・クリントンの大統領就任式典の時と同じように、李文正・李白父子は招待されるだろうか。

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樋泉克夫

愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。


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(2016年8月24日「フォーサイト」より転載)