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安倍首相が「解散先送り」を決めた「蓮舫ファクター」--辻原修

2016年12月22日 15時30分 JST

今秋から永田町に吹いていた解散風だが、安倍晋三首相は年明けの衆院解散・総選挙を見送ることに決めた。解散は12月15日から16日のプーチン・ロシア大統領来日で北方領土問題の進展があればと思われていたが、11月19日のペルー・リマでの日露首脳会談でプーチン大統領が領土問題でハードルを上げたことから、大きな進展の見通しがなくなり、沈静化した。

しかし、首相が12月26日から27日に米ハワイ・真珠湾を訪問し、オバマ米大統領と会談することが決まり、再び解散風が強まり始めていた。そうした中で、首相が結局、見送りを決めた判断に大きな影響を与えた理由の1つが、民進党の蓮舫代表の存在だという。

領土問題の進展なし

「解決にはまだまだ困難な道は続く。まずはしっかりとした大きな一歩を踏み出した」

12月16日、2日間にわたる日露首脳会談を終えた安倍首相は、記者会見で成果を強調した。もっとも会談の成果として発表されたのは、北方4島での「共同経済活動」を実施するため協議を始めるなど、日露の経済協力がほとんど。

元島民らが査証(ビザ)無しで4島を自由に訪問できる仕組みを検討することでも合意したが、領土問題で交渉の進展はなかったようだ。共同経済活動が実施されたとしても領土返還に結びつくかどうかもはっきりせず、ロシアに経済協力だけを「食い逃げ」されるという懸念は強まっている。自民党の二階俊博幹事長は「国民の大半はがっかりしていると心に刻んでおく必要がある」と述べ、厳しい見方を示した。

事前に期待の大きかったプーチン来日は政権浮揚にはつながりそうにないが、現職の首相が米大統領と共に真珠湾で慰霊行事をするのは初めて。首相がオバマ大統領と共に、旧日本軍の真珠湾攻撃による犠牲者を慰霊することは、米国にも歓迎されていることから成功が確約されている。日米の和解と日米同盟のさらなる深化を強く世界にアピールすることになり、こちらは政権浮揚に大きな効果がありそうで、内閣支持率の上昇も見込まれる。

「3分の2」を保てるか

報道各社の世論調査で安倍内閣の支持率は6割近くになっている。12月7日夜、首相は自民党の茂木敏充政調会長と会談した際、「民主主義国家ではこれ以上は上がらないだろう」と述べ、支持率の高さに自信を示した。茂木氏は「支持率の高いうち」として、年明けの1月解散・総選挙を勧めたが、首相は首を縦に振らなかったという。

自民党の古屋圭司選挙対策委員長もこのチャンスに解散・総選挙に打って出るべきだとして選挙準備に動いていた。所属衆院議員のうち、2012年、14年と2回の衆院選で自民党大勝の追い風に乗って当選してきたため、選挙基盤の弱さが指摘されている当選1、2回生123人の選挙情勢を調査し、このうち約30人が当落選上にあると分析した。てこ入れのため、その中でも落選の可能性が高い数人は選挙区支部長から外し、候補を差し替える準備もしていた。

ただ、自民党の現有議席は294議席(自民党会派の無所属議員含む)で、公明党35議席と合わせて、13議席減れば、衆院の3分の2議席(317議席)を割ってしまう。憲法改正を悲願とする首相としては、憲法改正発議のために必要な衆院の3分の2の議席を失う可能性が高いのに、解散・総選挙に踏み切るには相当の覚悟が必要だった。官邸で首相を支える菅義偉官房長官は「3分の2の議席を失ってまで解散する必要はない」として、早期解散に反対していた。

早くても来年秋以降

首相は迷った末、1月12日から5日間程度の日程でのオーストラリア、東南アジア歴訪を決め、米大統領就任式(1月20日)後の1月下旬、訪米してトランプ大統領と首脳会談ができるように調整することを外務省に指示した。

通常国会の召集は1月20日以降で調整しているが、これで通常国会冒頭の1月に解散・総選挙をする日程的な余裕はなくなった。2月に入れば、17年度予算審議が本格化し、予算関連法案が成立する5月まで、衆院を解散することは難しくなる。途中で解散すれば、国会審議は遅れ、予算案の年度内成立は困難になる。

来年の通常国会では予算成立後には、天皇陛下の退位に関する法案や、衆院小選挙区の区割りを見直す公職選挙法改正案など、重要法案が控えており、解散・総選挙で国会を中断すれば、これらの審議にも影響は避けられない。

来夏には公明党が国政選挙と同様に力を入れている東京都議選が予定されていることから、前後の衆院選は避けてほしいと伝えられており、夏の衆院選は事実上不可能で、解散は早くても来年秋以降に先送りされそうだ。

くみしやすい相手

ほぼ1年先の来秋以降の衆院選となった場合、支持率が現在のような高い水準にある保証はない。それでも首相が先送りを決断できたのは、野党第1党の民進党の代表が蓮舫氏であるためだという。

蓮舫氏が代表になったのは9月だが、代表選の最中から「二重国籍」問題が発覚し、先行きが怪しくなった。それでも、蓮舫氏の知名度が選挙を有利にするとみられて、代表選に圧勝したが、10月の衆院補選では2連敗を喫した。

特に衆院福岡6区では、自民党系の候補2人が争う分裂選挙だったにもかかわらず、民進党候補は惨敗し、蓮舫氏の「選挙のカオ」というセールスポイントに疑問符がついた。その後も民進党の支持率は上がっておらず、報道各社の調査で軒並み1けた台にとどまっている。

共産党などとの野党統一候補の擁立の動きには民進党最大の支持団体の連合が強く反発していることから、共産党と連合の綱引きの中で蓮舫執行部は股裂きになって動きが取れなくなっている。

12月7日には、首相と蓮舫氏の初めての党首討論が行われた。蓮舫氏は「息をするようにウソをつく」などと激しい言葉で首相を批判したが、討論はかみ合わなかった。

橋下徹・前大阪市長は自身の短文投稿サイト「ツイッター」に、「人を嘘つき呼ばわりしたら、蓮舫さんなんか二重国籍問題ではバリバリの嘘つきだ。国民はしっかり見ている」と投稿するなど、批判も強かった。

首相も「岡田(克也前民進党)代表よりひどい」と周囲に語るなど、蓮舫氏の方がくみしやすいという自信を深めたようだ。また、菅氏周辺には、「蓮舫氏は二重国籍問題以外にも問題を抱えており、いずれ発覚する。それまで解散は待った方が得策」という判断もあるという。いずれにしても、自民党の選挙関係者の間では「蓮舫代表のうちに次の総選挙」とささやかれている。

「追い込まれ解散」の可能性も

もっとも自民党にはわずか3回前の衆院選で、解散先送りから大敗を招いた失敗例がある。2008年、当時の小沢一郎民主党代表を巡る「政治とカネ」の問題が事件化するという見通しから解散を先送りしたが、小沢氏は問題の責任を取って翌09年5月に代表を辞任、鳩山由紀夫氏に代表が代わり、8月の衆院選で自民党は大敗、政権は交代した。

首相は蓮舫氏の下で民進党の長期低落傾向が続くことに賭けたが、賭けが外れて解散できないような状況になれば、18年の衆院任期満了まで追い込まれ09年の再現のような大敗を喫する可能性もある。

先送りの判断が正しかったのかどうか。民進党を含めた野党の動きが答えを左右しそうだ。

辻原修

ジャーナリスト

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(2016年12月21日フォーサイトより転載)