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「天から降ってきたドゥテルテ」が中国から「ぶんどったもの」

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フィリピンのドゥテルテ大統領による衝撃的な訪中で浮かび上がったのは、世界の大国でありお金持ちの中国から、徹底的にぶんどれるだけぶんどろうという小国のリアリズムだった。

ドゥテルテは、現在というタイミングが、中国からできるだけ多くの利益を引き出す千載一遇のチャンスだと見て、一気に行動に出た形である。ドゥテルテが進める麻薬犯罪対策による治安回復の次は、景気の引き上げと地方の活性化だ。

今回の訪中を契機に、ドゥテルテが世界を驚かせた米国への「決別宣言」の代わりに引き出したチャイナマネーが、フィリピンに一気に流れ込むだろう。

当面の解決を見た「南沙諸島問題」

習近平・国家主席から「争いは棚上げできる」との言質を引き出したことで、ドゥテルテの訪中外交は勝利だったと言えるだろう。中国外交部は、南沙諸島のファイアリークロス礁付近でのフィリピン漁民の操業については「適切にアレンジする」と述べ、漁民の入漁を認める姿勢も示している。

この会談で、オランダ・ハーグの仲裁裁判所による判決は、事実上、無効化された。少なくとも提訴の当事者であるフィリピンが判決にこだわらない姿勢を示したのである。その判決の客観的な正当性は残るかも知れないが、もともとの紛争解決という意味では当面の解決を見てしまった形だ。

ドゥテルテの勝ち取ったものは、それだけではない。中国は、麻薬中毒者の更生施設のために90億ドル(約9300億円)の低金利ローンを支援するという約束を行った。さらに、150億ドル(約1兆5500億円)に達する13項目の経済協力案件に署名し、鉄道などのインフラ、製鉄所の建設などに着手する。

フィリピンの輸出商品であるフルーツについても、37品目の輸入を認める。また、中国ではフィリピンに渡航する旅行者に警戒情報を出していたが、それも解除される見通しである。

「米国へのグッドバイの時」

ドゥテルテが中国との関係改善に使った説明は、まさに小国の論理だった。

「一部の国(米国)は、我々を批判することしか知らない。しかし、1つの瓦すらくれたことはない。中国は違う。中国は金持ちでよその国に介入せず、善人で、いい友人になれる」

また、彼は中国在住のフィリピン人たちとのパーティーでこう語った。

「フィリピンは米国と長い間パートナーであったが、フィリピンの利益は大きくなかった。米国にしか利益はない。米国にグッドバイを伝える時だ。さらば友よ」

「米国へのグッドバイの時だ」という発言をどう読み解くのかは意見が分かれそうだが、ドゥテルテの言葉からはそれなりの「本気度」が伝わってくる。

「米国に私が行くことはない。行っても侮辱を受けるだけである」

少なくとも、アキノ前大統領時代の米フィリピン関係の蜜月には、これで終止符が打たれたことは確かだ。さらにドゥテルテは、フィリピンからの米軍撤退にも言及している。現在、フィリピンでは米軍が5つの基地を使用していると言われる。

まずドゥテルテは、テロとの戦いの一環で南フィリピンに駐留している米特殊部隊の撤退を要望すると語っている。米国の南シナ海における対中包囲網の形成にとっては、大きな打撃である。米国とフィリピンが簡単に同盟関係を切ることはないにしても、深い亀裂が入りつつあるのは明らかだ。

中国とフィリピン関係の展開によっては、米国はアジアにおけるパートナーの1つであるフィリピンに対する主導的立場を失いかねない。「鉄は熱いうちに打て」という言葉がある通り、中国はおそらく最速のスピードで今回のコミットメントの実行を進めるだろう。

こういうときの中国の対応は、あきれるほど素早い。すべてにおいて政治が優先する一党独裁国家ならではと言える俊敏な機動力を見せるはずである。

徹底的な対中リップサービス

山場に差し掛かって情勢が混迷する米国の大統領選。南シナ海の仲裁裁判所の判決によって中国が苦境に陥ったこと。米中の綱引きによってASEAN(東南アジア諸国連合)諸国に入った亀裂。

そうしたすべての状況を見越して、中国に吹っかけるだけ吹っかけて、あらゆるものを受け取った。それが、ドゥテルテ訪中の結果だったと言えるだろう。

ドゥテルテは訪中にあたって徹底的な対中リップサービスを展開した。

『中国新聞週刊』という有力ニュース誌とのインタビューで、ドゥテルテはこんなことを語っている。

「大事なのは(我々が)中国に助けを求めていることだ。そして中国に友好の手を差し伸べたい」

「フィリピンの財政は緊迫している。資金に欠けて経済が発展できていない。中国の投資、中国の技術、中国のカネが必要だ」

「中国の助けがなければ、フィリピンは発展できない」

あまりにもあからさますぎて笑うしかない。

南シナ海については、こんな風に語っている。

「南シナ海問題は議題の1つだが、言い争いの対話にはならない。強硬な要求も突きつけない。軟らかい態度で解決の方策を探りたい」

「仲裁裁判所で我々は勝利した。しかし、あの海域は中国政府が中国のものだと主張しており、対立が起きている。我々は裁判所の勝利を大声で宣伝しないし、中国を怒らせるつもりもなく、すぐに中国と論争したいわけではない。

いま2つの可能性がある。対立を続けて戦争になるか、兄弟のように平和に向けた話し合いになるかだ。中国とフィリピンは近く、多くの華僑が我が国には暮らしており、対話を重ねることで我々は本当の友人になれるはずだ」

「私は何も恐れない。中国は誠実な国家で、誰も欺かず、戦争を望んでいない。中国はこれだけ豊かなのに、戦争をやって発展の成果を浪費しないはずだ」

リップサービスもここまでくれば、あっぱれである。

中国にとって「有り難い存在」

ドゥテルテの政治態度は、中国語では「親中疎美」、つまり、中国と親しみ、米国を疎かにする、という意味だ。そんなドゥテルテのことを「天から降ってきたドゥテルテ」と評する言葉が、中国メディアで大流行した。

中国政府が仲裁裁判所の判決をいくら「紙くず」だと批判しようが、世界中での中国の主張に対する信用は大きく傷つき、宣伝戦で不利な状況に追い込まれた。当時の中国外交当局は習近平指導部から大目玉を食らったとされる。

中国にとって、彗星のごとく登場したドゥテルテは、それほど有り難い存在だったのである。仲裁裁判所の判決は紙くずにはならないが、すでに新しいページがめくられてしまった過去のページのようなものである。

もともとフィリピンと中国は必ずしも関係が悪かったわけではない。コラソン・アキノ元大統領の時代は、フィリピンと中国は蜜月とも言えるほど親しかった。ただそこに誰も注目していなかっただけである。

同じアキノでも、前大統領のベニグノ・アキノ氏は親米路線を採った。しかし、コラソン・アキノ氏が親中路線を歩んだからといって支持率が下がったという話は聞かない。外交的に中国と接近することと国内での人気の関係は、フィリピン人には本質的にそこまでは影響しない問題なのではないだろうか。

米中を手玉に

ドゥテルテの訪中に対して、フィリピンではいまのところ厳しい批判の声が上がっているという話は伝わってこない。半年間に限って行うとしていた大規模な麻薬撲滅作戦もいつの間にか延長され、まったく世界の批判を気にしないかのごとく継続されている。フィリピンでの世論は、いまなお、ドゥテルテの麻薬対策に拍手喝采を送りながら路線を強く支持している。

米中関係でどちらにつくかという国際情勢と、フィリピンでの支持率はそれほど強くリンクしてはいない。小国にとっては目先の安定と利益が重要である。それが、前任のアキノ大統領の後継者であったロハス氏やポー氏がドゥテルテに敗北した一因だった。

中国から大きなプレゼントを引き出したドゥテルテに、フィリピンの世論は拍手を送るに違いない。ドゥテルテは、堂々と小国の論理で米中を手玉に取ろうとしている。いつまでも成功するとは限らないが、いまは誰もがドゥテルテに振り回されているのは確かである。

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野嶋剛

1968年生まれ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2016年10月26日フォーサイトより転載)